前回の続きです。これが最終回となります。
分析手続きに関する専門的な説明がありますが、心理尺度の分析結果を知りたいならグラフを見れば分かるように書き換えました。太字部分だけを読んでもOKです。
また、こうした量的なデータを用いた方法だけではなく、個人を対象にした質的データの分析についても解説しています。
この論文は、学術的スピを念頭に置いて書いたものですが、この論文は個人のWEBに書いただけのものだったのが、どういうわけかスピ研究者が参照するようになって、多数の論文に引用されました。
のちに、いくつかの論文を書くための「たたき台」になったプロジェクトとして筆者は位置づけています。
共分散構造分析によるスピリチュアリティ概念の構造
つぎに、スピリチュアリティが個人の主観的幸福感に影響を及ぼしていると考えて、そのモデル化を試みた。使用した統計プログラムはAmos4.02である。まず、基本モデルとして、因子分析の結果得られた7つの因子を代表する項目のZ得点を観測変数とし、その潜在変数をスピリチュアリティとおいた。一方で、人生満足感、物質・経済的満足感、精神的満足感のZ得点を観測変数とし、その潜在変数を主観的幸福感とおいて、スピリチュアリティが主観的幸福感を規定しているという因果モデルを設定した。
その上で、2つの潜在変数の規定関係を探索するための多重指標モデルの検証を共分散構造方程式モデリングによって実行した。その際、すべての観測変数を含んだ基本モデルの検定から出発し、Wald検定及び適合性指標の結果を見ながら、因果関係の薄い変数を除外したり、観測変数間に共分散を仮定しながら、修正モデルを決定していった。
要するに、スピリチュアリティの7つの構成要素が、主観的幸福感の3つの側面と、どのような関係があるかを示す最適解を決めていったわけです。
調査対象者全員のデータを共分散構造分析によって、解析したところ、スピリチュアリティの構成要素として、「生の意味と目的」がもっともパス係数が高く、以下「霊性の自覚」、「命の永続性」、「自然との一体感」までが説明力の高い観測変数として残った。
他方、主観的幸福感の要素からは物質・経済的満足感が脱落し、人生満足感と精神的満足感のみが幸福感の主要構成要素として残った。
スピリチュアリティは人生の質や精神的な側面に対する幸福感を高める関係にあることが上図からうかがえる。物質的・経済的な幸福感とは無関係。
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次に、男女別にスピリチュアリティモデルの検証を行った。基本的に男女で大きく構造の異なる部分はないが、男性では「無償の愛」がスピリチュアリティの要素として残っている。
世代別の分析では、10代・20代のスピリチュアリティモデルは、きわめて単純な構造になっていることが認められた。すなわち、生の意味と目的、命の永続性の2側面だけが意味のある構成要素であり、物質・経済的満足感は幸福感の要素から除外されてしまっている。
若年層にとってのスピリチュアリティとは、生きること、いのちの側面が重要な課題であり、超越的な要素はスピリチュアリティには関係の薄いものと見なされている。
60歳以上のグループになると、それに加えて「霊性の自覚」がスピリチュアリティの重要な側面になってきていることが分かる。人間を越えたもの、超越的な意識の次元に関心が向かうようになっている。
また、若年層と比べても命の永続性に対するパス係数が高くなっており、老いと死を自覚するようになるこの年代の関心事であることが示唆されているといえる。
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年齢の3次関数としてのスピリチュアリティ
スピリチュアリティ構造の年齢による差異が見られたことから、さらに加齢によるスピリチュアリティ(経験;信念;価値観)の発達的変化をとらえるために、回帰分析を行った。その結果、霊性の自覚と命の永続性のZ得点には、加齢による3次関数的な関係が認められた。
つまり、これらの要素は30代くらいまでは上昇するが、30-50代では停滞あるいはむしろ低下する傾向にあり、60歳を過ぎた頃から急上昇のカーブを描いている。スピリチュアリティの中核的要素でもあるこれらの側面は、老年期における意識の発達にとって、重要な意味を持っていることがうかがえる。
スピリチュアリティを一種の心の成長、意識の発達の指標と見るならば、それはWilber(1990)が言うような単純上昇直線となるのではなく、アップダウンを経て老年期になってようやく「枯れた境地」に到達できるようになるのではないだろうか。あるいは、老いと死を意識し始める頃になって、スピリチュアルな側面へのニーズが高まることの証拠と見なすこともできるだろう。
いずれにしても、魂の成長とは単純に生じるものではなく、人生における苦難や苦悩を中年期に経験して、一度は人は「脱スピリチュアルな存在」になり、日常生活の目に見える世界の方に注意が向かいやすくなる時期があるのであろう。このような知見は、Washburn(1990)のいうようにトランスパーソナルな発達には、根源への回帰、より高次へと進んでいく前の後退が必要だとする見解に一致するものと言うこともできる。
こうした、上昇と下降のパターンは、人生周期の長いスパンで起こっているものだろうが、短期的なスパンにおいても生活上の苦悩や困難を乗り越えながら、次のステップに昇っていこうとする「マイクロ・アップダウン・プロセス」が存在するのかもしれない。
意識の変容と発達のプロセスとは、葛藤や障害に直面して、簡単には解決、解消できない問題を克服していく「成長のための苦悩」、「発達の手前の暗闇」の存在を仮定してみることができるのではないだろうか。一見すると悪い状態(mal-being)に見えるものが、実は成長への糧、発達課題としての「よい不幸プロセス」ととらえることもできるかもしれない(e.g.,松本,1997)。
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性と年齢層によるスピリチュアリティの差異
性と年齢層を独立変数とし、スピリチュアリティの各要素を従属変数とする2要因分散分析を行った結果、生の意味と目的、霊性の自覚、命の永続性、自然との一体感の4つの側面において、男性よりも女性のスピリチュアリティが全体的に高く、しかも年齢層があがるにつれて、これらの得点が上昇する傾向が認められた。
無償の愛については、年齢層による主効果のみが有意となり、加齢に伴って無私の愛、すなわち見返りを他者に求めないようになる傾向が見いだされた。
逆に、個人性については高年齢層における個人性の低下が著しい。個人主義的な価値観が老年期では、重視されなくなっていくことがわかる。
最後に、自我固執については、性と年齢層の交互作用効果が有意になった。すなわち、女性ではどの年齢層でも自我固執に違いがないのに対し、男性では30代以上になって急激に自我への執着が増加し、それは60歳以上の群においても高得点を示している。
男性の場合、社会人としてのキャリアを通じてアイデンティティが確立され、定年後も「過去の栄光」にしがみついて、そこから脱却できないでいる光景が浮かんできそうである。
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スピリチュアリティのナラティブ・アプローチ
意識の拡張は認知の拡張のプロセスとして描くことができる。Wilber(2000)の統合心理学の構想によれば,意識の主観的側面,個人的な気づきは「私」の領域と呼ばれる。下の図の左上の象限はあらゆる個人の内的意識体験を含んでいる。すなわち、「私」が感じ,認識するものすべてがリアリティとなる。審美性や美的な感性もまた,この内的-個人的な意識のリアリティに属するものとしてとらえる。
これに対し,右側の象限は意識の内的な状態を客観的,外的にとらえた場合のリアリティの世界を意味する。神経生理学や認知科学の研究者は脳のメカニズムや神経細胞の信号伝達が意識を生み出していると考え,個々の有機体に関する科学的事実に基づいて,意識を第三者的,客観的に説明しようとする。
ここで,Wilberの言うフラットランドとは,人間の感覚とその外延(望遠鏡,顕微鏡,写真など)によって実証的に観測された物質/エネルギーのみがリアルであるという信念(世界観)である。フラットランド的世界観では,われわれの内的な経験や心理的な現実はすべて客観的,外的な用語によって説明され,物質的なプロセスに還元されることになる。
フラットランドの問題点は,宇宙は基本的に物質(もしくは物質/エネルギー)から成り立っており,物質的肉体と物質的脳を含むこの物質的宇宙こそが科学によってのみ研究できるとする態度にある(Wilber,1998)。
これが現代の西洋において支配的な公式の哲学,科学的唯物論として知られる世界観である。科学的唯物論は客観的なプロセス,「私」の言語や「我々」の言語ではなく,単に「それ」の言語で記述されるすべてのものから構成される宇宙(universe)に関するものであり,それには意識,内的なもの,価値,意味,深み,そして神聖なるものが欠如している(Wilber,1998)。
しかし,意識とはこうした外的,客観的な装置や基準によってのみとらえることのできないものであり,「私」が感じた主観的事実や「我々」が共通して認める共同主観的な事実もまた意識の働きが与えるリアリティであると考える。中村(2003)の提唱する「スピリチュアル・サイコロジー」は,個人の主観的な心理反応と科学的手法によってとらえられた行動の両面を等価のものとして扱う。
トランスパーソナルな体験は、従来個人的、内的な体験の領域、すなわち「私の領域」に押し込められてきた。しかし、Ferrer(2002)はスピリチュアルな体験知のもっている、共同主観的な広がりの可能性について考察を行っている。
Ferrerの主張によれば、トランスパーソナルな現象は
(1)内的主観的な体験ではなく、出来事(事象)である
(2)それは個人、他者との関係性、共同体、集合的アイデンティティ、場所といった異なる場で生起するマルチ・ローカルな現象である
(3)それは霊的な世界の共同創成において、霊的な力と相互作用するために、あらゆる次元の人間性のもつ力と力動性を招来しうるという意味で参画的なものである
(4)参画的な知とは、合理的精神による知のみならず、ハートの情動的、熱狂的な知、身体で分かる感覚的身体的な知(体感知)、魂によるヴィジョンや直感的な知を含む多次元的なリアリティへの接触を意味する
という要点にまとめることができる。このように、スピリチュアリティないしはトランスパーソナルな体験は、個人にとどまらず集合的な現象としての性質も持っているといえる。
「私」の領域……意識,主観性,自己,及び自己表現(アートと美学を含む);真実,誠実性;還元不能で,直接的な活きた気づき
「我々」の領域……倫理とモラル,世界観,共通文脈,文化;共同主観的意味,相互理解,適切性,公正さ
「それ」の領域……科学技術,客観的性質,実証的形式(脳と社会システムを含む);事実命題;個とシステムの客体的外形
ここで、Wilber(1998; 2000)のリアリティの3層構造モデル(ビッグ3)から言えば、社会構成主義(e.g., Gergen,1994)に代表されるポストモダニズムの潮流は、いわば「われわれ」に関するリアリティに関する理論群になる。しかし、ポストモダニズムの急進派は、「それ」の領域のリアリティ=客観性を拒絶する。ポストモダンは、物語を「虚構」であると考える。すなわち、絶対的なリアリティを拒絶して、物事をすべて相対化してとらえようとする。人間の「意味づけ」や解釈を重視するあまりに、科学的現実を否定して、外的観察、定量化に基づくデータさえ軽視する。
これに対し、Wilberは、「わたし」=主観、「われわれ」=共同主観、「それ」=客観、 この3つのモードのリアリティを認める。Wilberによれば、ポストモダニストは主観的領域以外のリアリティを拒絶しすぎてしまっており、「グランド・ナラティブ」や、「メタ・ナラティブ」を拒絶してしまっているという。つまり、ポストモダニズムは、普遍的なもの、本質的なものを拒否しているとWilberは批判する。
ポストモダンは、 「現代の神話」である科学的実証主義を徹底的に批判した。しかし、社会構成主義は「わたし」から「われわれ」への現実の構築を試みるものだと筆者は考えている。主観的現実から共同主観的現実の構築である。ナラティブ・アプローチは、そういう意味で、社会的な価値を主観の共有によって作り上げていくための1つの接近法であると考えられる。
自然科学の基本的スタンスは善悪の評価や価値には中立である。そういう「物語」を作るのが科学的リアリティの本質である。
しかし、「人間科学」というものは価値に中立であるはずもなく、目標指向性をもっているものであり、それを主観の共有によって作り上げていくための方法論を提供するものであると考えられる(杉万,2000)。"我々"が善良であると考えるもの(共同主観的現実)を構築していく、そういう位置づけで、人間科学は経験的事実を元に互いの認知したものを重ね合わせて、より良いとわれわれが思えるような「世界」を構築していくことが目的となるのである。
ここで、社会構成主義から臨床心理学に応用され、普及していったナラティブ・セラピーについて概観しておこう(Cf.,小森・野口・野村,1999; 長谷川・若島,2002)。ナラティブ・セラピーとは、日本では会話を重視する短期療法、家族療法の新しいアプローチの総称として用いられている心理臨床学的な技法である。その中に物語療法が含まれる。特に、1980年代以降の家族療法のアプローチをまとめて、ポストモダン・モデルと呼ぶことがある。
1) 解決志向アプローチ……問題解決をするのではなく、解決構築をしていく。目標作りの協同的話し合い。ミラクル・クエスチョン、スケーリング・クエスチョンなどの質問技法が編み出されている。また、観察課題の技法や、解決が起こったふりをする課題の技法も考案されている。
2) ナラティブ・モデル……書き換え療法(re-authoring therapy)とも呼ばれる。すなわち、クライエントのドミナント・ストーリーを改め、違った新しいストリー(オルタナティブ・ストーリー)の創出をセラピストたちはクライエントと共にめざす。ストーリーは対人的相互作用を通じて生まれ、維持され、書き換えられると考える。このモデルで開発された技法として(1)問題の外在化の技法、(2)相互の影響を尋ねる質問技法、(3)行為の展望に関する質問技法があげられる。社会構成主義に沿った方法の1つである。
3) リフレクティング・プロセス……面接の途中で照明スイッチを切り替え、セラピストとクライエントらが観察・傾聴している前で、チームがそこまでの面接を傾聴しながら感じたことや考えたことを話し合う技法である。つぎに、再び照明スイッチを切り替え、セラピストは、家族にチームの話し合いについてのコメントを求め、さらに面接を続ける。すなわち、舞台装置つきの家族療法である。この結果、内的対話と外的対話の往来により差異が生じ、膠着したシステムに変容が生じる。システムの自己治癒力を尊重するアプローチである。
4) 協働的言語システムアプローチ……もっとも新しいアプローチといわれている。ポスト・モダンモデルの典型例である。解釈学や社会構成主義の考え方を徹底的にモデルに引き込んでいる。言語活動を通じて現実や意味が創られることを強調し、対話を通した意味生成を重視する。対話をしながら、習慣化されたものが語り直され、話されていなかったことが話されて、その必然的結果として意味(現実)が変化していくと考える。また、問題を解決せずに解消しようと考えるのも特徴である。セラピストのクライエントに対する「唯一正しい理解」はないと考える。このとき、無知の姿勢をセラピストはとる。セラピストはクライエントの「語り」に好奇心を持って傾聴し、偏見や即断なく会話を続け、文脈の中で共同探索していく姿勢を重視する。「介入」をセラピストやチームが「デザイン」することはなく、自然に会話の中で生じるものと考える。
このように、社会構成主義的なセラピーでは、基本的にセラピストとクライエントの対話を通じて、クライエントを支配している「人生シナリオ」の変容をめざすのが特徴である。
Gergen & Gergen(1988)、及びGergen(1994)は、自己の物語(self-narrative)について、いくつかの人生シナリオのパターンが存在することを指摘している。
まず、自分自身の人生の質について、変容の認められない安定的な物語である。そこには、ライフイベントにおいて、大きな変化は認められない。首尾一貫したフラットな語りがそこには展開される。
つぎに、進歩的あるいは退行的な人生の質に対する主観的評価の変容のパターンがあげられる。ここでは、クライエントの語りは自らの人生の出来事について単純上昇的な事象の連続や否定的な出来事の累積によって単純に評価の低下するパターンが語られることになる。
第3に、人生に対する評価が悲劇的な結末に終わるパターンと一度否定的な方向に低下して、その後になって幸福な出来事で締めくくられるコメディーロマンスのパターンも考えられる。
第4に、時間の経過に伴って幸福感が急激に増して、その後安定した人生に対する評価の得られる物語もある。さらに、山あり谷ありの出来事の経験を経て最後にハッピーエンドを迎える「英雄神話」の物語も存在する。劇的な転換点を何度も経験して、それを乗り越えて最後に成功や勝利を収める人の個人的な人生脚本である。
このように、人生における物語にはいくつかのパターンが示唆されているが、Gergen(1994)は、異なる自己の物語を他者と共有していくことで、これまでの人生脚本の書き換えが生じうることを指摘している。
こうした社会構成主義の主張は、私の領域で起こっている(認知されている)出来事に意味づけを行い、個人的な神話のモチーフから他者と共有されることによって、物語の方向性が異なる方向に編み出され、変容していく可能性を示唆しているものと理解できる。さらに、それが社会的、文化的に規定される「集合的神話」へと広がっていく可能性について、人々の相互作用を通じて、「われわれの領域」のリアリティに再構築していく方向付けを試みるアプローチもあることを指摘することにあるものと考えられる。
このことは、Wilberなどのトランスパーソナル心理学の指向性と必ずしも矛盾するものではない。むしろ、人間の意識の変容を多元的なリアリティの側面からとらえていくための枠組を提供するものとして、社会構成主義的なアプローチはトランスパーソナル心理学の方法論的な発展にとっても建設的な役割を果たすことができるのではないだろうか。
筆者の得たスピリチュアリティの加齢による3次関数的関係は、マクロのレベルで人々の意識の変容がコメディロマンス的な展開をしていることを「語る」ものである。そこには、人々の生活事象の中での悲喜こもごものプロセスがあることを定量的な分析によって明らかにしたといえよう。
しかし、集団的なデータの分析には、個々の物語性が反映されることはない。それを補完するには、事例研究等の質的な研究法を適用することによって、その短期的な意識の変容やスピリチュアルな発達に大きな個人差があることを明らかにしていく努力も必要な仕事になるといえる。
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スピリチュアリティの定性的分析
スピリチュアリティ概念の多様性をとらえるには、集団的データの定量的分析によって示された「共通因子」が、個人の心理的空間においても見いだされるかどうか、また個人の意識的、無意識的なスピリチュアリティ観に関する「特殊因子」の切り取りも必要になってくる。つまり、法則定立的なアプローチと個性記述的なそれとの相互補完的な役割を念頭に置いて、研究が進められることが妥当である。
基本的に、心理学的なアプローチは、実験や調査、面接における対象者の行動や言語報告をデータとして重視する。スピリチュアリティについても、個人の体験、信念、価値の言語化および行動として表出される。そこで、まずはこれらの指標に焦点を当てながら、データの収集を試みることが原則となる。
それに加えて、Ferrer(2002)の言うように、参画的な知とは、合理的精神による知のみならず、ハートの情動的、熱狂的な知、感覚-身体的な知、魂によるヴィジョンや直感的な知を含む多次元的なリアリティへの接触を含んでいる。したがって、研究者は単なる合理的、客観的な観察者、分析者である必要は必ずしもなく、対象者との対人的相互作用を通じて、対象者のスピリチュアリティに関する情動に共感し、体感的反応の共有化も試みながら、協同作業を通じて参画的なデータを得るようにする必要がある。
Gergen(1994)などに代表される社会構成主義、そしてナラティブ・アプローチは「言語」を重視するきらいがあるが、実際の臨床場面では、対話は言語的なコミュニケーションにしたがって行われるだけでなく、非言語的な信号のやりとりも重視されている。
さらに、対象者の深層意識との交流を重んじる筆者の祈祷療法では、トランスコミュニケーション(中村、2003)が発生することが多く、死者や憑霊との対話も重要な要素となっている。実践を研究にするためには、研究者自らが「場」の中に参画して、体験的な理解を図りながらデータを得ていく姿勢が重要である。
市井の人々を対象とするスピリチュアリティの研究に際しては、彼らの心理的イメージ空間に着目することもまた重要な側面である。個性記述的アプローチは、これまで事例研究を中心に行われてきたが、心理臨床学的な研究は膨大な量の逐語録から、対象者の内的世界の読み取りを行い、研究者がそれに解釈を加えるという方法で実施されている。しかし、得られた事例データをどのように解釈するかは、最終的に研究者の主観による部分が多く、データの吸い上げが恣意的であるという欠点を持っている。
こうした心理臨床学的研究法の限界を克服しようとする試みの1つに、PAC分析(個人別態度構造分析)があげられる。PAC分析は、内藤(1997)が開発した、質的分析(言語連想)と多変量解析(クラスター分析)を組み合わせ、研究者と研究協力者(いわゆる被験者)の対話を重視した、新しい研究法である。この方法は、そもそも社会心理学の領域で提唱され、次第に心理臨床や関連諸分野に広がってきている研究法である。基本的には質的分析でありながら、多変量解析の結果を対象者にその場で提示して、焦点となる概念の「外在化」を行うことで、劇的な治療効果も生じることがあり、通常1~2時間の面接で完結する短期療法的な性質も持っている心理臨床的な技法でもある。
筆者は、スピリチュアリティをとらえるためのパラダイムとして、こうした質的な分析と量的な分析の両面から得られたデータの編み込みを試みていくことにする。
(完)
びゃっこ 拝
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巫師麗月チャンネル
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