【万死に値する!】とか言う人 | 【実録・倒産社長の奮闘記】~こうして店は潰れた!~小林久ブログ

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老舗スーパー三代目→先代の赤字1.5億円を2年で黒字化→地域土着経営で中小企業の星に→中小企業診断士試験に出題→早過ぎたSDGs →2017年まさかの倒産→応援団がクラファンで3,000万円支援→破産処理後は「笑って泣かせる」講演講師に。『現代ビジネス』コラムニスト



国会中継で、いい年コイた大人が「あなたは万死に値する💢」とか言う人を観た。鬼の首を取ったかのように格好つけたドヤ顔で、「あんたは裁判長か?」とツッコミを入れたくなる。こんなこと言ってると人からは絶対尊敬されないし、ブーメランが返って来るものだ。

🤞🏻「万死に値する」とは「お前は一万回死んでもいいくらいの罪を犯したんだ!」という意味。つまり普通に死ぬくらいでは罪滅ぼしにもならないってこと(><)。しかしそんな罪はおそらく無い。一回で十分(笑)

「地獄に堕ちろ!」は強迫で、「万死に値する」は国会の議事録に載せても削除されないのだろうか?

✅物は言いようである。人を責めるために威嚇なんかしても効果は無い。お巡りさんの取り調べだって、昔みたいに恫喝なんかしない(聞いた話ですよ!)

🎤アカデミー賞の受賞スピーチでも、みんなの心を打つのは笑いを込めた話だ。私も人前で話すことが多いが、拳を振りかざしても誰も聞いてくれない(^^; 笑いの中に刃物を仕込む…。

諸外国ではスピーチやユーモアはもはや学習して身につける物だという。日本では面白いことを言う人気者は「お笑い芸人になれ!」と言われ、度が過ぎると「不謹慎!」と怒られてしまう(^^; 大学の弁論部でスキルを身につけても、選挙演説にしか使えない。

👤「この人良いこと言ってるのにもったいないなぁ…」
よくある光景である。

いくらITが発達しても、最後は人と人の繋がりがものを言う。人を追い込む時には、まず自分の姿を鏡に映してからだ。

・自分にはこれを言う資格があるのか?
・相手を追い込んだ後のリスクを取る覚悟があるか?
・この言葉遣いは相手の人格をも否定していないか?

✅『言論の自由』とは言っても、根拠のある事実の範囲の中に収めるべきで、何を言っても許される免罪符ではない。

私はいくら気に入らない相手でも「万死に値する」などとは言えない。「お前、一回◯んでくれ🙏🏻」が精一杯である。

✅『人を呪わば穴二つ』をモットーに、
『九死に一生を得た』私の感想でしたm(__)m