村田蔵六=大村益次郎については、小説ではなくいつかはきちんとノンフィクションで読んでおきたいと思ってました。

2022年にミネルヴァ書房から刊行された良い評伝を知ってようやく読めました。

鋳銭司郷土館でもらったしおりを使う日もようやく来ました♪)

 

箇条書きで、主に「花神」との相違、気付き、備忘をつらつらと。

・弟が居た

・適塾において長州藩の俊材が多く塾頭を務めた。蔵六さんの前は久坂玄機(玄瑞の兄)

・「夏は暑いものです」は本当。元奇兵隊士談。「春はこんなもんです」もあり(笑)

・一方で家族、同輩、門人への世話焼き、気遣いの人であった。

・あだ名の元となった火吹き達磨の写真と使い方解説ありグッ

・柳井、大畠など山口というより周防の地が良く出てくる。地理、情景と共に分かる!

・宇和島藩は好待遇で招聘したのではなく自分から行った。当然最初は処遇は良くなかった。後に改善しお琴さんを呼び寄せている。更にその後弟も。お琴さんはその後江戸にも

・宇和島で医業をやめ軍事に専念。その時名を良庵から蔵六に改める。

・宇和島でのクライマックスの蒸気船の建造。その時の嘉蔵さんの活躍。ここは「花神」ではふんだんに盛られていると思ってましたが、嘉蔵さんはその時町人嘉蔵だったりと描かれた通りでした。

・蘭学塾におイネさん入門。

・宇和島藩へ書簡にて、吉田松陰が

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

と詠んだこと書き送った。

・四境戦争では芸州口に最大の2000人の兵を送った。

・上野戦争でのアームストロング砲の効果再検証必要

・世話焼きの一面が、戊辰戦争戦没者慰霊~靖国神社の設立に現れる。その間の京都・霊山神社、霊明神社のいきさつもよく分かりました。

・維新後京都の治安は非常に悪く、横井小楠も京都で暗殺(なので、蔵六さんは伊地知氏の教唆有無に関わらず危ないのに変わりはなかった)

・最期の時を看病したのはおイネさんの娘

 

読んで一番の感想は、

やはり司馬遼太郎「花神」は偉大!

多少盛ったりフィクション入れたりはありますが、過大、過小になることなく大村益次郎の魅力、業績をしっかり描いてくれてくれてたのでした拍手

 

もう1つは、

妻のお琴さんを大事にし仲は良かったということで、お墓に詣でたときの印象が合っていました。

また近くに行った時には、と思っているのですがなかなか近くに行くことがない山口県人です(笑)

 

あとは、大河ドラマでそろそろ主要人物として登場して欲しいところなんですが・・・2027年にちょっと期待。