うちの庭の中に幅1m位の排水路が南北に貫いている。 なんで個人宅内を公共の水路があるのかわからない。 TOMがこのうちに来るずっと前にできていた。
それが夏になると匂いがしたり、やぶ蚊の発生源になったりであまりいい思いはしない。 それを渡る橋も自前で建設しなければならないし。
もう、我慢の限界になったのでひとりドブ掃除に取り掛かった。
ここまでで約50m。 もうすぐ半分終了。 がんばれ!
頭を下げてかがんだ姿勢で橋の下を通過。 ケツはびっしょりで匂いはこの上ないので呼吸も困難。 というのは、この地区は下水道がまだなく、これが総排水のため生活排水がすべて流れ込んでいるのだ。
ただ、汚泥は排出せずに下流に押し流すだけなので、下流域の住民にはナイショの作業。 なるべく音をたてないようにひそかに進めた。
3時間以上かかったが、目標の110mが完了した。 体中ドブ臭くなったのでシャワーを浴び、ちょうど来たマネージャーさんにたのんでケツと背中にシップを貼ってもらった。 いいとこに来てくれたよ。
雨が降ったりやんだり。 少しの間でも何かやろうとして外に出ると待っていたかのように降ってくる。
噴霧器のメンテナンスをしようとバラして洗っていると大粒の雨に見舞われた。 何をしてもうまくいかない。
知人に頼まれていた部品の塗装もさっぱり進まない。 40年以上前のバイクの部品の塗装で、うちにそんな都合のいい色があるわけもないが、引き受けた以上は努力せねば。
サフェーサー状態のステーを自作の台に固定し、青く塗装。
おーい、これまじめにやってんの?と、言われそうだが、そもそも40年以上かかってサビついた車両の一部分だけを新たに塗装し、たった1時間で40年分の「くたびれ」を表現するのだから限界がある。
塗装屋さんのように各色取りそろえているわけじゃないので調色なんてものもない。 青く塗ってサビは筆で書き、艶消し剤もないので吹き方や仕上げ方で風化を再現するしかない。
これで文句があったら黒と黄色のねじりツートーンにして踏切の竿にしてやろうかと思っている。
最近また体脂肪率が低下し始めた。 しばらく7%台をKeepできていたのに今週は下がる一方。 昨日・今日は共に6.2%。 もう少しでまた測定限界以下。
東証株価のように毎日気にし過ぎなのかもしれない。 でも気にしなければいいというものでもないし。
本屋で「太らない食事」などという雑誌があって、それのやってはいけないことをあえて進めればいいかもしれない。 と、以前から目をつけていた通り、寝る前にカップラーメンと缶ビール。
ラーメンのスープは全部飲んでしまうと塩分の取り過ぎなので、スープの素は1/3しか使わない。 そうすれば飲み干した達成感を得られながらも減塩でき、残ったスープの素はロールキャベツなどの煮物のスープとして使える。
こんなこといちいち思いついているようでは一人前の中年にはなれないかもしれない。
先日、外出したついでに実家の近くの駅に寄ってみた。 特に意味もなかったが、たぶん平成になってから初めての訪問だと思う。
天竜浜名湖鉄道といって、その昔は国鉄だった路線で、SLが走っていた。 現在は一両編成のレールバスが数本走るのみ。 乗り遅れると一時間近く待つことになる。 乗らない人にとってはこの踏切で引っかかったものなら、そうとうツイテないことと思える。
この日はラリーのようなイベントをやっていた。 数年前までは駅舎内に駅長室を改装したそば屋があったらしいが、その面影もなかった。 それ以来は無人駅の様子。
5月にはNHKで石田純一や熊田曜子、原口あきまさらが出演したクイズでGo!ローカル線の旅~静岡・天竜浜名湖鉄道~
が放送されたが、当該駅は残念ながらとばされてしまった。
一度くらいは始発駅から終着まで乗ってみたいものだ。
きのうの県知事選挙の投票所の小学校で見つけたもの。 朝顔の栽培。
懐かしいことと、そういう季節なんだという二つが同時に感じられて微笑ましい。 しかし、ちょっと気になることもある。 TOMの時代は素焼きの植木鉢に緑色の針金で作られた支え棒とリングを突き刺し、種をまいて休日は当番が水やりをしていた。
今時の朝顔は・・・
花より鮮やかな色遣いの器具に加えて、なんと水補給装置まで装備されている。 自然を学ぶはずの栽培なのに、教材会社はなんか勘違いしてはいないか? きれいな花を観賞したいのに、それ以上に派手な色遣いとはいかがなものか?
現場や本質を知らずに売れやすい教材について追及した成果があからさまに表れているのがわかってしまい、残念を通り越してかわいそうになてしまった。
こんなことが世の中まかり通って行くんだな。 現場も知らずに理論や理想、成績が即座に評価されることが「できる人」で、今の立派な人のようだ。
朝7時に静岡県知事選挙の投票に行った後、お寺の草刈りをし、知人と旧車イベントの見学へと走った。 16年続いた前知事の後継のため、関心も高く、投票所には朝から行列ができていた。
そして旧車イベント。 こちらは昭和時代のホンダ車が全国から集合。 主催者が千葉県の方なのに浜松で毎回行われているらしい。 位置的に日本の真ん中あたりなことと、交通の便、安く広い会場などが理由か?
習志野、大阪、広島など遠方のナンバープレートが並び、40分かけてやっとたどり着いたTOMの気分は一気に吹き飛んだ。 目の前の浜名湖で偶然潮干狩りをしていた知人が砂だらけのサンダル姿で現れてびっくり。
TOMのTN360は、エントリー車ではないので隣の駐車場へ停めたが、隣には見覚えのある左ハンドルのS800が。 空冷エンジン車はTOMだけだったのが残念。 一通り見学した後Ferrari FXXを降ろして知人と最高速トライアルをした。
オンボードコンピューターの記録では過去最高速が25㎞/h。 知人はこれを上回ったが、運動不足のTOMは、自己記録更新さえできなかった。 シフトアップのタイミングが決め手のようだ。 自転車に乗って足を鍛えて次回に期待したいところ。 誰か参戦してくれればおもしろいが、年齢区分は必須!?
今住んでいる環境で15年以上経っているが、いまだにわからないことがたくさんある。 たとえば同居している母は、小さい食器を選ぶ習慣がある。 こんなささいなことなのに気になる。
実家に住んでいた時は、TOMもまだ若かったので母が一回り大きな茶わんを買ってきてくれたことがあって、それが割とうれしく感じたものだった。 それが急に最小限の食器になると、見た目は「山盛り」なのだが、食べにくい。 箸をつけると崩れてあふれたり、茶碗が小さいとご飯に卵をかけると高確率で白身が犠牲になったり。
どこかで遠慮があるのか、それらを否定するかのように食器を買い替えるには至らなかった。 山型に盛りつけられたものは、さすがに食べにくいので一回り大きな(それが普通)の皿に入れなおす。 当然洗い物は倍に増える。 これはここ10年来母にお願いしたがわかってもらえていない。 なにかポリシーがあるようだ。
永谷園のお茶漬けを食べる時はご飯は普通の半分くらいしか入れられない。 お代りをするのが面倒なので結局小食になる。 そこで、今日思い切って(かなり大げさ)100均でやや大きめの茶碗を買ってきた。 ここまで15年…。 なぜうちの茶碗がこんなにも小さいのか聞いたら、来客用の茶碗だと。(養子のTOMは来客!?)
この状況で不思議に思うのは、母自身が不都合を感じていないこと。 実家の母とは対称的に太っていることからもわかってはいたが、茶碗が小さくても、とにかく食べる量、味の濃さはTOMの2倍。 熱いものも関係ない。 ただ、食べる時間だけはTOMの半分以下だ。
血縁はあってもこれだけ違うと、長年かかって身についた食生活っていうものは、もう変えられないのだろうか?


