今年は、様々なバレエ団が「ジゼル」を上演する当たり年!
というわけで、ロマンティックバレエの名作「ジゼル」にまつわる雑学シリーズ第3回。
過去2回は、こちらから。
今回は、「ジゼル」の作中で登場する、草花に込められた意味をご紹介します。
「ジゼル」ほど、沢山の草花が登場するバレエも珍しい気がしますが、これらはただ登場しているわけではなく、ストーリーを伝える重要な意味をもっているのです。
マーガレット
第1幕の有名な花占いで用いられるマーガレット。
ジゼルは、ロイス(アルブレヒト)の愛が、本物であるかを確かめるため、マーガレットの花びらをちぎります。
実は、マーガレットを用いた花占いは、ゲーテの「ファウスト」でも登場します。
ファウストとヒロインのマルガレーテが散歩をする場面で、マルガレーテが花びらをちぎりつつ、こう呟く場面があります。
「私をお好き?お嫌い?お好き?お嫌い?」
(最後の花弁をむしり、悦ばしげに)
「あの方、私がお好きだわ」
ファウストは、こう返しつつ、マルガレーテの手をとります。
「そうだとも。その花の言葉を神の言葉と
思いなさい。ぼくはあなたを愛している。
その意味が分かりますか。ぼくはあなたを
愛しているんですよ」
思いなさい。ぼくはあなたを愛している。
その意味が分かりますか。ぼくはあなたを
愛しているんですよ」
『ファウスト』 秦 豊吉訳より
シャルル・グノーのオペラでも、こちらの花占いが出てきます。
他にも、「ジゼル」と「ファウスト」は、主人公の男性が若く無垢な女性を弄び、彼女を狂気へ追いやってしまうという設定が類似していることは、既に指摘されています。
結末が、「魂の救済」であることも、2つのストーリーの共通点ともいえます。
ゲーテの「ファウスト」は、19世紀の芸術界へ大きな影響を与えており、数々の絵画や音楽が生まれています。
また、「ジゼル」の作曲家であるアドルフ・アダンは、1833年にロンドンで初演された「ファウスト」のバレエ作品の作曲を手がけているというつながりも。
「花占い」は、当時の流行を表す風俗画のようなものかもしれません。
マーガレットは、観客にとっても分かりやすいアイテムだったのでしょうね。
ローズマリー
ウィリーの女王ミルタが持つ魔法の杖。
この杖が何の植物でできているかは諸説ありますが、一般的にはローズマリーであるとされています。
ローズマリーは、「追憶」や「記憶」を意味する他、19世紀には「あなたは私を蘇らせる」というメッセージを表していたそうです。
「ジゼル」では、ミルタがウィリーたちを呼び起こすために、ローズマリーの杖を用いますが、それはここから来ているのですね。
一方、ローズマリーは、「貞節」を象徴する植物として、中世の時代から結婚式でも用いられてきました。
新婚夫婦と客人たちがローズマリーを身につけたり、結婚式を終えたカップルが、ローズマリーを植えたりする風習があったとか。
また、ローズマリーは、神秘主義の儀式で用いられるアイテムとしても知られています。
ツィスカリーゼ氏の解説では、「ジゼル」の重要なテーマの1つは、「キリスト教」と「土着信仰」の対立。
土着信仰を表すウィリーたちが、キリスト教の象徴である十字架の前で力を失い、ローズマリーが折れてしまうのは、この対立を表現しています。
バージョンによっては、ミルタが持つ杖は、ローズマリーではなく、アスフォデルと呼ばれるツルボランとされています。
これは、ギリシア神話で黄泉の国で咲くとされている花。
オレンジの花
諸説ありますが、ツィスカリーゼ氏によれば、ウィリーたちの頭飾りには、オレンジの花が使われています。
オレンジの花は、ヴィクトリア女王が用いて以来、19世紀の花嫁が被る頭飾りとして広く使われてきました。
ウィリーたちは、生前着ることができなかった花嫁衣装を着ているという設定ですから、この解説には説得力があります。
ユリ
「ジゼル」といえばマーガレットと同じくらいユリのイメージがありますが、意外なことにユリの花は、元々の台本では明記されていません。
アルブレヒトがジゼルの墓へ手向けるのも、「花」とだけ記載があり、ユリだという記述はありません。
ユリの花は、「純潔」を意味することから、聖母マリアの象徴とされてきました。
そのため、ツィスカリーゼ氏は、アルブレヒトがユリを持参するのはおかしいとしています。
1956年のボリショイ・バレエ版では、アルブレヒトが持参するのは、「真の愛」を示す白薔薇です。
ジゼルが、ミルタへ許しを求める際は、ユリを捧げています。
一方で、1951年のロンドン・フェスティバル・バレエ(現イングリッシュ・ナショナル・バレエ)の映像では、アルブレヒトがユリを持参しているように見えますから、ここは諸説あるのだと思います。
ギンバイカ
そして、とある登場人物の名称の由来にも、草花が用いられています。
それは、冷酷なウィリの女王ミルタ。
「ミルタ」の名前は、ギンバイカを意味するラテン語“myrtus”に由来するそうです。
ギンバイカは、ヨーロッパでは古くから女神へ捧げる神聖な樹とされた他、結婚式のブーケにも多く用いられてきました。
英国王室のロイヤル・ウエディングでも度々用いられており、エリザベス女王のブーケには、あのヴィクトリア女王の時代から伝わるギンバイカが使われています。
そして、女王の葬儀の際、棺に飾られたのも、そのブーケの挿し木から育ったギンバイカでした。
そんなギンバイカの花言葉は、「愛」「愛の囁き」「記憶」。
生前に男性に裏切られ、死後はウィリとして、男性に復讐するしかないミルタの名前が、「愛」を象徴する花から来ているのが、あまりにも切ないです。
参考資料