ロマンティックバレエの名作「ジゼル」にまつわる雑学シリーズ第2回。

 

第1回はこちらから。

 

 

 

前回は、「ジゼル」のテーマである、精霊ウィリの言い伝えをご紹介しましたが、今回は、そこからどうやって「ジゼル」というバレエが生まれたか、当初の構想をご紹介します。

 

「ジゼル」といえば、村娘ジゼルが、青年と恋に落ちるものの、彼が貴族で婚約者もいることが分かり、生命を落としてしまう、というストーリーであることは、今さら語る必要もないくらい知られていますよね。

(現代に置きかえると、マッチングアプリのプロフィール詐欺に引っかかって亡くなる、みたいな話ですが、どうしてこんなに感動的になったのでしょう😅)

 

↓伝説のプリマ、オリガ・スペシフツェワが演じるジゼルの狂乱の場

 

 

 

実は、元々は、今知られているストーリーとは全く異なる台本が作られており、あのヴィクトル・ユーゴとも意外なつながりがありました。

 

第1回でご紹介したとおり、「ジゼル」という作品のテーマは、各地に伝わる「若くして亡くなった花嫁の魂」

とりあえず、「第2幕で、精霊ウィリを登場させる」ということは決定済みでのスタートといえるかもしれません。

つまり、言い方が不適切ですが、「1幕でヒロインが亡くならないことには、企画倒れ」というわけ。

 

結末ありきの推理小説か?という感じですが、そもそも、「ジゼル」という作品が創作されたのは、カルロッタ・グリジを紹介したいという劇場側の意向がきっかけでした。

 

当時、パリ・オペラ座バレエは、マリー・タリオーニやファニー・エルスラーといったスターが国外へ移って不在ということもあり、一時期の輝きを失っていました。

 

そこへ現れた若いバレリーナが、カルロッタ・グリジ。

1841年、オペラ「ラ・ファヴォリート」(ドニゼッティ作曲)で、劇中のバレエシーンをリュシアン・プティパと踊って、パリ・オペラ座デビューを果たした逸材でした。

 

 

↓「ラ・ファヴォリート」を踊るグリジとプティパ

 

 

 

 

 

グリジをもっと重要な役で踊らせたいと考えた劇場側は、当初「ラ・シルフィード」のリバイバルで彼女を配役することを検討。

ただ、プリマのアデル・デュミラトルが、「ラ・シルフィード」は自分が踊るはずだったと抗議したため、劇場側が折れて、これは実現しませんでした。

 

↓ディアナを踊るアデル・デュミラトル。「ジゼル」初演で、ミルタを演じ、引退後は、伯爵夫人となったそうです。

 

「ラ・シルフィード」がボツとなった後、支配人レオン・ピエは、グリジのために新しいバレエを創作することを企画。グリジからの「踊りやすい作品を」というリクエストの中で浮上したのが、ゴーティエが構想した「ジゼル」でした。

 

ゴーティエ自身、グリジのパリ・オペラ座デビュー公演で、彼女のファンとなった1人。

そもそも、若きグリジを主役に据えたいというところからのスタートで、ハイネのウィリにまつわる記述へ肉づけする形で台本が書かれたため、ストーリーは後回し、とも言えるかもしれません。

 

では、「ジゼル」の1幕で、ヒロインにどうやって死んでいただくかですが、当初の台本は、ヴィクトル・ユゴーの「東方詩集」の「幽霊たち(Fantômes)」を拝借したものでした。

 

 

 

この詩には、15歳のスペイン人の少女が、踊りが大好きなあまり、とある舞踏会で生命を落とすという記述がありました。

ゴーティエは、ここからアイデアを得て、1幕の舞台を、とある貴族が主催する華やかな舞踏会としました。

舞踏会が始まる前、ウィリの女王ミルタが、彼女の杖で床に魔法をかけて、踊りに熱狂した少女の生命を奪い、新たな仲間を得ようと試みます。

そこへやってきたジゼルは、恋人が他の女性を踊りへ誘うのをやめさせるため、一晩中踊り続けることに。

そして、明け方に家路へ着こうとした時、朝の冷気に触れた衝撃で、ジゼルは死んでしまうのです。

 

ただ、このストーリー、ヒロインの魅力も伝わらず、第2幕への新鮮さにも欠けるということで改変。

その結果、第1幕の舞台は、ドイツのライン川流域の村へと変更され、ストーリーも今知られているものとなったのです。

 

第2幕は、元の台本でも、現在上演されるバージョンと大差はありませんでした。

1つ決定的な違いは、「元々は、ウィリの場面は、バレエ・ブランではなかった」ということ。

 

ウィリの群舞は、各地の舞踏会で生命を落とした娘たち、という設定だったため、スペインやハンガリー、インドといったオリエンタルな衣装に身を包んだ踊り子たちが、各国の踊りを披露することになっていました。

では、さぞ色とりどりだったかといえば、そうではなく、どれも色褪せた風貌とすることで、統一感を出す想定だったそう。

 

↓マルシア・ハイデ版「ジゼル」。ウィリたちが色とりどりで、元々のイメージに近いかも

 

 

 

 

このアイデアも、より伝統的なバレエ・ブランを好んだ台本作家サン=ジョルジュが変更し、ウィリは皆、白いドレスを着ることになりました。

ロマンティック・バレエの始まりは、マイアベーアの「悪魔のロベール」(「オペラ座の怪人」のオークション場面で出てくるアレです)の尼の踊りですが、その頃から、いわゆる「白いバレエ」が流行っていたんですよね。

 

「悪魔のロベール」のバレエシーンは、姦淫の罪で罰を受けた尼たちが墓から蘇り、騎士を誘惑するという設定。当時はガス燈の照明に白い尼たちが浮かび上がり、とにかく色気たっぷりだったそうです。

 

↓ギレーヌ・テスマーの映像

 

 

↓パリ・オペラ座での「悪魔のロベール」全幕

 

こうした変更を経て、「ジゼル」は、恋人の裏切りで生命を落とした少女が、死後の世界で恋人へ復讐するか、彼を赦して救いを与えるかを選ぶという、よりドラマチックなストーリーとなり、今でも人気を誇るバレエ作品であり続けています。

 

余談ですが、「ジゼル」という名前、「誓い」や「所有」を意味するゲルマン語、geisilに由来するそう。

この意味を含めてヒロインの名前を決めていたとしたら、なるほどと思わされます。

 

参考HP