バレエ「眠れる森の美女」の豆知識をご紹介する雑学シリーズ第三弾。
過去2回はこちらから。
今回は、作中でオーロラ姫を守る役割を担うリラの精にまつわる雑学です。
プロローグでは、生誕祝いに招待された妖精たちが、様々な美徳を授けていきます。
しかし、リラの精が贈り物を授ける前に、宴に招かれなかった悪の妖精カラボスが乱入し、姫に呪いをかけます。
急遽、死の呪いを100年の眠りに差し替える魔法を贈り物としたため、本来の贈り物を贈ることはありませんでした。
(リラの精も、他の妖精たち同様、ヴァリエーションを踊っているのに、贈り物はまだ、という設定はチートの気もしますが 笑)
では、リラの精は、本来オーロラ姫に何を贈る予定だったのでしょうか。
妖精たちが象徴する美徳については、演出ごとに違いがありますが、ここではプティパ初演版での設定をご紹介します。
↓マリインスキー・バレエ(ヴィハレフによる復刻版)より
①The fairy Candide(日本での役名:優しさの精)
偽りのない純粋な心
②The Fairy Coulante(日本での役名:元気の精)
Coulanteとは、流麗さを意味するフランス語。
こちらの妖精は、別名"Fleur de Farine"とも呼ばれます。
"farine"という言葉には2つの意味があり、1つは化粧として使われていたおしろい。
また、人々を踊らせる魔力をもつとされる花の通称でもあるらしく、踊りの上手さを表すとも。
美しさ、そして踊りの上手さという、宮廷でもてはやされる美徳を授ける妖精として描かれています。
③Miettes Qui Tombent(日本での役名:鷹揚の精)
直訳すると「パンくず」のこと。
ロシアでは、昔からパンは客人をもてなす際に提供され、歓迎や豊穣、富の象徴として扱われてきました。
また、古い慣習で、女児のゆりかごの周りにパンくずを散らすことで、将来の多産を願うこともあったそう。
17世紀の王家では、子供、それも世継ぎを産むことは、最重要課題ともいえるので、この妖精は、オーロラ姫が嫁いだ暁に子宝に恵まれることを願ったのです。
↓初演でリラの精を演じた、プティパの娘マリー・プティパ
↓マリインスキー・バレエ(ヴィハレフによる復刻版)より
ここで興味深いのは、ギリシア神話では、女神アテネは織物の技術の高さでも知られていたということ。
彼女と織物の技術を競ったことで怒りを買い、蜘蛛へ姿を変えられた娘アラクネーの逸話等が残されています。
その女神アテネを彷彿とさせるリラの精が、紡錘を道具としてオーロラ姫を死に至らせるカラボスと対峙する構図、というのも、背景を知ると興味深く思えます。
↓マリインスキー・バレエ(ヴィハレフによる復刻版)より
リラの精が知性の象徴であることは、第2幕で、デジレ王子がオーロラ姫を目覚めさせる場面にも表れています。
初演時の演出では、デジレ王子がカラボスと闘って勝利するといった派手さはありません。
「目覚めるべき時が来たので、城を覆っていた茨が自然に王子に道を開けた」というペローやグリムの童話に近く、王子はリラの精に導かれ、オーロラ姫が眠る部屋に辿り着きます。
物理的な障害はありませんが、まるで死んだように眠る姫や周囲の人々に戸惑う王子。
そんな王子にリラの精は、こう問いかけます。
「彼らは、ただ深い眠りについているだけです。さあ、お考えなさい。あなたは愛する人へ会いにきたのでしょう。」
王子は、暫く考えた後、愛の告白に来たのだから、と姫へ口づけをする赦しをもらい、オーロラ姫を目覚めさせます。
ここでは、「知性が悪に打ち勝ち、光をもたらす」というテーマが、より表現されているのです。
(この「考えなさい」というマイムは、英国ロイヤルバレエ版でも残されています。)
↓マリインスキー・バレエ(ヴィハレフによる復刻版)より
ここまでご覧いただくと、リラの精が象徴する美徳は「知性」であり、カラボスが邪魔をしなければ、オーロラ姫へ「君主としての知性」を授けたと推測できるかと思います。
次回は、第3幕に登場する、お伽話の登場人物たちについての雑学をお届けします。
参考HP