嫁が東京に越してきてくれるまで、
日もすくなくなっている。

住み慣れた関西を離れて、
大切な家族と離れて、
なじみの友達、遊び友達、
お客さん、悪友・・・。

そういった愛すべき多くの人々、
そしてなにより、

嫁がたいせつに、
子供のようにいつくしみ、
育ててきたお店を離れて。


嫁は東京へ来てくれる。


いつの日にか一緒に住みたいと、
話していた時には気づいていなかった。

3月末に東京へ来てくれると、
嫁が言ったときにはじめて気づいたんだ。

それまでは、
お店をやめるのはリスクがおおきいとか、
家族や友達と離れるのは寂しいでしょうとか、
いかにも嫁のことを考えたような
(いや実際考えていたけれど)
ゴタクを並べて自分の心を抑えていた。

けれど、嫁がその何もかもを一旦横へ置いて、
私のそばへ来てくれると。

言ってくれたときに、
はじめて満たされた。


ということ自体に、
はじめて気づいたんだ。


つまりは私の中にある満たされなかったトラウマに近しいものを、
いつも嫁はそっと撫でてくれる。

いつくしむように。聖母のように。

そして私は嫁の中にある清らかで、
悪魔的で、純粋なクリスタルのような魂を、
この手でほわりと包みたい。
この手で汚したい。

そのすべてをこの手の中に、
この身の中に、
ぜんぶ飲みこんでしまいたいと。

ぜんぶ融けさせてしまいたいと。

そう、願っているのだと。

気が付いてしまった。




!!!!!!!



人類補完計画



っていうんじゃなかったっけ!?
それ・・・。



こんなヤバい思考もまた、
穏やかな日々の中で昇華され、
浄化され、同じところにとどまることなく、
新たなる愛情、新たなる信頼関係、
新たなる未踏の場所へ。


嫁となら、行けるだろう。


・・・きみとなら、
行けるだろうと。

確信しているよ。
せっかくマイページにログインできる権限を与えられているので、

今日からは「ダンナのブログ」をタイムライン?につづっていこうと思う。

(※実際、1000文字におさめるのも大変なのだ。
ニュアンスをあらわすために改行したくても、おさまらずに涙を飲んだり。)




嫁が東京にきて、一緒に暮らしてくれる。




そのことがまだ、
夢のようだ。



というよりも、
嫁と一緒にいる日々がまるで。




今もなお夢をみているようだ。
夢の中にいるようだ。




嫁が東京に来てくれるその日は、
一日また一日と近付いている。




けれども、
最近の自分は浮かれてばかりで。




嫁の気持ちを思いやることが、
できていないんのではないだろうかと、
考えたりする。



嫁が私に与えてくれるものと同等のものを、
自分は彼女に与えることができているんだろうか、
と考えたりする。



嫁はいまも、「東京へ来る」という大事をなしとげるため、
さまざまなプレッシャーをひとりで受け止めてくれている。

本当ならば隣で一緒に受け止めたい、と思う。

それもできずにただ浮かれてばかりの自分を、
嫁はどう思っているんだろう、と思ったりする。



なぜ嫁は自分を選んでくれたんだろう、
と思ったりする。



喧嘩をすると、嫁はよく、

「他にも自分を求めてくれるひとはいる」

という意味のことを言うが、
真なり、と思う。



嫁が私を選んでくれた理由が、
再会したばかりのあの頃の、

「受容」そして「穏やかで優しい空気」なのだとすれば、

ずっとそれだけは、
たいせつにしていきたいと思う。


ずっとどんなにときが流れても、
ずっとそれだけは、
嫁に与えていきたいと思う。


昨日のケンカの反省会、、、終了。


ボクのダメなとこは

なかなか素直に話せないこと。ダンナに甘えてないこと。


ダンナのダメなとこは

暴言を吐くこと。ボクに甘えすぎること。




ダンナを激昂させたらあかんってわかってるけど

ダンナの激昂の一因が気に入らへんからとめられへん。

それでエスカレートしていくんがわかってても。

ダンナが悲しいことばかりゆうようになってるのに

ボクはそれがとめられへんねん、、、よね。



落ち着いてたらこんなに優しい気持ちで話せるのに、ね?

なんか思議な気分。



だから

発想を転換させよう。

対処療法ではなく、予防へと。


ケンカするのが前提ではなく

ケンカしないようにしようってことで話しがまとまる。





今までにない建設的な話し合い。



ボクはボクの言葉でしかゆえないけど

できるだけ素直にゆうこと。

ダンナの愚痴はダンナへ、と。


ダンナはマイナスのことで思ったことをゆう時は

深呼吸してからゆうこと。

嫁にもうちょっと気を使うこと。



そんな約束をする。

できるかできないかはやってみないとわからへんから

とりあえず、やってみようってことや、ね。



長い人生を一緒に歩いていくんやし焦ってもしゃ~ないから

できひんかったらできひん時でまた考えたらええよ、と思う。















ダンナ、泣き虫って認めた。。。。

1つ成長したなぁ。。。


自分のコトを認めるって大変やもん。


てか、そうゆう素直なとこが大好きで、ちょっと尊敬してる。。。。












仕事を終えたダンナから通信。

神妙で大人しい。
すごく気をつかってくれて
優しく話そうとしてるのがなんかギクシャクしてる。

そりゃそうやよ。
仲直りしたばっかやもん。

一生懸命、今日あったことを楽しそうに報告してくれる。

夕方から会社のAさんとプチ打ち上げで盛り上がったみたいで何よりだなぁ、って。

ケンカしたままだったら楽しめへんもん、ね。

飲み疲れ?
話し疲れ?
てか、ケンカ疲れだよね…

なんしか、かなり疲れてたみたいで寝落ちしたダンナ。

今ごろ、ぐっすり寝てるんだろうなぁ。











ダンナと宝物。


大事な宝物をいつもこっそりだしては陽にかざして撫でる。

掌で目で肌で、その全てを慈しんで存分に楽しむ。


誰にも見せない。

誰にも教えない。


どうしても独り占めしたい。

誰も知らない、誰にも見つからない

いつもの内緒の場所にまたそっとしまいこむ。

ふと、宝物が消えてしまうんじゃないかと不安に駆られる。


だったらいっそのこと、宝物はこの世からなくなればいい。
壊してしまいたい衝動に駆られる。
粉々に砕けちってしまえばいい。

破片になってしまっても大事なことには変わりがない。


内緒の場所から強引に引っぱり出して
壊してしまう前にもう一度だけ、陽にかざす。

そしてこれが最後だと思い、掌で目で肌でその全てを慈しむ。



だけど



やっぱりとても大事なものだから壊せない。


宝物をぎゅって身体の深いところで抱きしめたら

また誰も知らない内緒の場所に今度はそっとしまいこむ。


それから、そっと鍵をしめた。









今朝のこと。


喧嘩するたびに暴言を吐き続けるボクとダンナ。

喧嘩なんだから仕方がないって思ってた。


そして、いろんなことを許してるつもりが

本当は眼も耳も口も閉じてしまっていただけで

自分をただ騙してだけなのかなぁ思った。


きっと、本当の意味で許せてなかったのかもしれない。

それから、受け入れられてなかったのかもしれない。



ボクはダンナほど喧嘩しても不安にならない。

失うこと覚悟してるのもあるし、歳なのもあるけど

なんかそんなに不安なのかなぁって不思議にしか思えない。


こうかくとなんだか愛してないように聞こえるが。。

そんなことはない。


大事に思ってるし

ずっと一緒に生きていきたいし

傍から離れるつもりはない。


だけど、喧嘩するたびの暴言に辟易とするねん。

もう、ホンマにしんどい、、、ねん。

喧嘩のたびに積み重ねてきてことが崩れ去っていくのを

見るのがしんどい。

だから、見ないようにしていたのかもしれないなぁって思う。

ホンマはお互いはもう変わってるのに受け入れられなかったから

簡単な言葉で自分を騙し騙しでやりすごしながらここまできたのかもしれない。


それだったら不安になりようがない、よね。と、思う。


前にも書いたが


ダンナはまっすぐだしすぐにぶつかってくる。

キレるのも早いし。謝るのも早い。


ボクはいつも、思う。


謝るくらいやったらゆわんかったらええやん、って。

自分の言葉に責任もって発言して欲しい。

言葉は一度吐き出したらもとには戻らない。


わかっているのにとまらない。

そんなダンナを見るのは好きじゃない。


ボクがゆわせてるのか?ゆわなくてええことまで?

何もゆわへんことがさらに油を注ぐ?


でも、ダンナのあの怒りように何にもゆいたくなくなる。

五感が閉じてくのが自分でもわかる。


いつからこうゆう風になってしまったのかなぁ。

















ぎゅっと手をにぎってくれるたびに

ダンナの優しい気持ちがボクに流れ込んできたのが

本当にもう遠い昔のことみたいに感じる。


同じときは流れない。

季節はまた巡ってくるけど、日々変わっていく。


ボク達はもう変わってしまったんだなって思った。