1月末で離職した者1名


その補充ができないために 皆 大変なる日々である。


担当課長 何とか眼に叶った人に内定だした。その人先週 見学にくるも 職務内容に驚き内定辞退へ


課長顎が外れたままの状態出TELを取っていた。


そのうえ生牡蠣を食べ過ぎて休むものあり さらに インフルエンザで休む者ありで 我が課は


失速寸前。


嘱託の私達で何とか保っている状況だが 炎上する時間帯が今日もあった。


そんな ストレス ついに爆発。


ひさしぶりに アルコール消毒となった。


ウイスキー  響  ミネラルウオーターで 割って飲んだ。


疲れも手伝って 小甘く 美味だった。


そういえば 若いの頃 オールドを飲んだ。リザーブものんだ。ローヤルものみ干した。


美味だった。エクセレントを飲んだ時は その余りの美味さに酔いしれた。


今宵 自身がネフローゼという病にとりつかれれいること一時 忘れて 響のコクの深さに酔いしれた。


外の風が心地よかった。


あすの就労が少し気になった。


せめていつもより 温かくして寝よう。


そうすれば 病みつづけている我が腎臓への 負担は軽くなる。


そんな 身勝手な思いも湧いてきた。


正直 飲みすぎである。 on the rockも相当 飲んだ。


だが 記憶は曖昧になっている。


PCに向かい 少々 DLしなければならないものあれど 集中力に欠いてきた。






私達の仕事は4人でチームを組んでいる。

社内でも 結構ハードな課である。

個別対応もさらに配偶者があれば その対応は一段と複雑になって行く。

それゆえ 入ってきてもすぐ辞めていく人もいる。


ところで 私達の課に職務内容がやや似ている部門がある。

ここも 近じか再募集するらしい。

4人とも そこへ移れば 今の心的ストレス 体力的疲労が軽減されることは解っている。

だが 今月で辞す人を含め そこへの移動を申し出る人はいない。

移動し4人が3人 4人が2人になると チーム力が半減してお互いの負担が増すことをお互いが

自覚しているからである。

そこには おっさん同士の暗黙の了解が存在している。


私の課も 2月からの募集をかけているが 届く履歴書に眼に叶う人物はいないのか?!

課長の顔は冴えないままである。


人格疑われても やはり 同情心は湧かない。


IS人質のニュースが眼に入ると


神戸の震災で 娘を失う。だがどうしても 納骨は親としてできない。納骨したら自身娘の死を

受容したことになるようで出来ないと泣いていた母親がいた。


東北の震災  「お母さーん。」と海に向かって行方不明になった母を呼ぶ 小5の女児の姿があった。


それらの人々の 悲しみ・無念さ・絶望感等と IS関係の人々の悲しみ・不安等を比較することは

的外れとは解っている。

だが ネフローゼという病によって人生においての可能性を確実に殺がれた経験を持っている自身としては やはり 同情心は 素直に湧いてはこない。

再発防止の政治的行動・国民によるアッピール行動は必要だが 課題山積の日本である。

他に優先してすべきことは多々あると思う。


今日は遅出。

だが出勤前 私は Reviewをする。

学校でいえば 朝の10分間ドリルである。

私にとって 朝勉は  Essential Itemとなっている。


まだ寒い日々が続きます。

腎臓病を含め 様々な慢性病を宿している方々 

ご自愛ください。


上空を羽田行の飛行機が飛んでいく。
















21日(水) 娘が帰ってきて家族で食事

      孫から料理を取り分けてもらいながら 満足げな表情の母だった。

     自身の幼少の頃の話を 得意気に語る母でもあった。

     海鮮料理が美味だった。薄味だったが 出汁に旨みが感じられた。ホタテが美味しかった。

     奮発して また食べに行きたいとも感じた。


23日(金) 勤務先の新年会

       蟹チリと飲み放題。冷凍の蟹は塩辛いばかりだった。

       「こんな美味いもの食べないんですか?」繰り返し言われた。

       刺身も 解凍したものばかり 水っぽくて不味かった。

       若い連中は ワンセグで サッカー観戦。

       「CKです。」 「またCKです。今度はゴールしますから」と繰り返し解説をしてくれた。

       が、結果は 惜敗であった。

       管理職たちは  IS人質の会話。

       「人質救出・さらに世論にも一定の理解 これらを同時のクリアーを求められる」

       「なかなか ハードルが高いですね・・・」


 だが 私この種の事件のたび 決まって心複雑になる。


「国家は救出最優先といい。威信をかけての行動をとる。大義はそうである。

      

それは分かってはいても 彼等は自身の意志で 危険地帯に行ったのである。

    

 自身の意志で危険地帯行った彼等の資金費やすぐらいなら 他に有効な資金の

    

 使い道は現存していると言いたいのである。

    

 自身の意志とは無関係に切実なる慢性病に罹りながらも きつい就労を強いられ

     

悪化していく自身の病状に泣いている人もいる。

     

かけがえのない我が子が 長い病に伏せっている家族もある。

     

病床についていてやりたいが 医療費を稼ぐため 就けない母親もいる。

     

もっと 病床にいてやりたいが 入院先が遠いため 行けない家族もある。

    

 人命救出:それが正義だ、人道だ、倫理だというのもいいが それよりも 目先 足下で

    

 困り、落涙している人々の方に 資金シフトしてもらえないものなのか・・・。


その方が優先選択ではなかろうか」

     

「そんな想い」である。

 

 むろん 「そんな想い」が心に台頭してくる理由は 自身に長い腎臓病があるからに相違ない。


今日も


 様々な学者 評論家がでてきて様々口元動かしているが 私の心には


 白々しくしか響いてはこない。