21日(水) 娘が帰ってきて家族で食事
孫から料理を取り分けてもらいながら 満足げな表情の母だった。
自身の幼少の頃の話を 得意気に語る母でもあった。
海鮮料理が美味だった。薄味だったが 出汁に旨みが感じられた。ホタテが美味しかった。
奮発して また食べに行きたいとも感じた。
23日(金) 勤務先の新年会
蟹チリと飲み放題。冷凍の蟹は塩辛いばかりだった。
「こんな美味いもの食べないんですか?」繰り返し言われた。
刺身も 解凍したものばかり 水っぽくて不味かった。
若い連中は ワンセグで サッカー観戦。
「CKです。」 「またCKです。今度はゴールしますから」と繰り返し解説をしてくれた。
が、結果は 惜敗であった。
管理職たちは IS人質の会話。
「人質救出・さらに世論にも一定の理解 これらを同時のクリアーを求められる」
「なかなか ハードルが高いですね・・・」
だが 私この種の事件のたび 決まって心複雑になる。
「国家は救出最優先といい。威信をかけての行動をとる。大義はそうである。
それは分かってはいても 彼等は自身の意志で 危険地帯に行ったのである。
自身の意志で危険地帯行った彼等の資金費やすぐらいなら 他に有効な資金の
使い道は現存していると言いたいのである。
自身の意志とは無関係に切実なる慢性病に罹りながらも きつい就労を強いられ
悪化していく自身の病状に泣いている人もいる。
かけがえのない我が子が 長い病に伏せっている家族もある。
病床についていてやりたいが 医療費を稼ぐため 就けない母親もいる。
もっと 病床にいてやりたいが 入院先が遠いため 行けない家族もある。
人命救出:それが正義だ、人道だ、倫理だというのもいいが それよりも 目先 足下で
困り、落涙している人々の方に 資金シフトしてもらえないものなのか・・・。
その方が優先選択ではなかろうか」
「そんな想い」である。
むろん 「そんな想い」が心に台頭してくる理由は 自身に長い腎臓病があるからに相違ない。
今日も
様々な学者 評論家がでてきて様々口元動かしているが 私の心には
白々しくしか響いてはこない。