中性脂肪   75

HDL      68         

LDL     124

AST(GOT)  18

ALT(GPT)  12

ɤーGTP   20

尿酸      6.9

尿素窒素  12.6

クレアチニン  0.92 

e-GFR  ≒ 65.6

血糖(前)   80

蛋白尿   (-)

蛋白尿の検査結果以外は 4月分の検査結果

5月30日分の結果は 6月


詳細はかけないが 5月の親戚等 様々だった。

GW 母の日等から始まり 離婚(親権・慰謝料に伴う諸問題) 出産祝い 結婚式 法事 結婚式

交通事故。

されどわがネフローゼ腎は許容量が狭く無理がきかない。

退屈でも 平らな日々がよい。


若く生命力に溢れていた頃の自身は ネフローゼがあっても イケーススメ― 青信号のみだった。


だが 50歳の中ごろから 自身の体力の上限と残存している腎機能との相関関係が気になり始めた。


若い頃は 自身のネフローゼという病の正体を知りたくて・つきとめたくてあらゆる本を読み漁っていた


頃があった。だが 知識の集約のみで 自身の腎機能を保護してやろう そんな思いをいだいた日々は


少なかったような気がする。


気にしていたのは 蛋白尿とコレステロールのみ。


就労出来ていれば 後の検査結果はどうでもよかった。 


これが 尿素 尿酸 残余窒素 クレアチニン等の数値にも気を配り もっと総合的に生活・食事の管理



注力していたなら 自身の生活・健康水準はもっと 上方修正できていたのかもしれないが ・・・・・?で


ある。



治りきらず・病状安定もできず 入退院の繰り返しの人々もいよう。ステロイドの副作用で 鏡を見て泣


いている人もいよう。


逆に 病院と縁が切れ 社会的に自立できている人々もいよう。


できることなら 後者群になり より健常者に近い生活水準になって欲しいと願ってやまない。


その為には 明日の自身の安定した姿は見えず 意気消沈・現治療に懐疑心・焦り等



あるのは十分承知のうえで 尚 言うのだが 繰り返し 自身に言い続けてもらいたい。


「必ず きっと ネフローゼ好転する時が訪れるから」



ネフローゼであっても 決して 年月の流れに 時の流れに 心敗けない自己であってほしいと願ってや


まない。















ロスアンゼルス発関空行きのJALB787を観ながら ベランダにて控えめにアルコールを


を飲んでいた。


白い機体が落陽のため一瞬朱色に染まったのがきれいだった。


休日だが 今日もResumeが忙しかった。PCとプリンター大活躍の日だった。


久し振りに懇意にしていた店に PCのインクカートリッジを購入に行ったが閉まっていた。


体調悪化?とも感じたが 深くは確かめなかった。


AMは検査へ。


以下3月の結果。 送別会等で動物性蛋白過食懸念だったが


中性脂肪      78

HDL         69

LDL        119

AST(GOT)     21

ALT(GPT)     16

ɤーGTP      21

尿酸         6.8

尿素窒素     15.3

クレアチニン    0.85  e-GFR≒71.6

K           4.5 

血糖(前)     82

 蛋白尿      (-)


クレアチニン 0.8台は 久振りだった。

自己管理して意識的に 塩分 蛋白質摂取に節度を加えても 0.9台 1.00等の時が多い。

何故なのか?

ネフローゼと共に48年生きていても 明確なものが見えてこない。

見えてはこないが 低塩分 節蛋白 疲労をためない等の自己管理は不可避ということは

不変である。


息子が自身の給料明細を見せてくれた。

就労3年目で 私の年収を超えてきた。

嬉しくもあり わが身の年収の低さにを 少なからず悔いてみた。


平成の初めごろ

退職まじかの公務員が言っていた。

「息子は證券会社に就職して3年。なんとボーナスは儂より多い。この先日本はどうなる・・?」

複雑な表情だったことを記憶している。