入院中は医師等の管理下おかれている。


が、退院と同時に管理下から かなりの部分解放されていく。

住み慣れた家 家族との温かい時間は楽しいが 一転負担も増える。

女性なら 食事 洗濯 育児等。 主婦 妻 母親 女 嫁等こなしていかなくてはならない。

その分 腎臓への負担は増す。


食間薬=食事の途中に服用する薬?。

座薬  =座って服用する薬?。

夏は海。その夜は浜辺で 焼肉と花火。朝の到来を 浜辺で迎える。

そんな元気な人が ネフローゼになっても この病気がもっている本質は理解できない。

それは至極当然のことだと思う。


ご自身がこの病気の持つ根深さ等をしらず 生涯を送れるなら それは幸福なことだと思う。


入院→治療。ここは人生のヘアピンカーブ。

うまくクリアーして より完全に近い社会復帰をしてほしいと 私は願う。


娘は 昨夜は花火大会。今日は海。

青春を謳歌している様子。

ネフローゼの私には できかねていたこと。 就活へ注力してほしいが それもありか。


 

早期発見 治療をはじめると 寛解も早く訪れるのだろう。


私の場合は S42年 8月。12歳の夏 急性腎炎で入院(当初の尿はコーラ)。その後ネフローゼ症候群となっていった。入院 退院 再入院。その後も再発の繰り返し。


発病後44年 ステロイド離脱24年。検査結果は 何とか正常値だが 体に無理は利かない。疲れやすい。

持久力もあまりない。



寛解もはやく その後も再発もなく社会生活を送ることができる人には この病気のしぶとさ・根深さは

理解できないと思う。だが そのほうが何倍も幸福なことなので そんな人が増えることを私は願う。


逆に不幸にも この病気の根深さ等 本質を思い知らされるときのひとつとして「退院後」があると思う。

ステロイド離脱しながら 就労。

就労といっても千差万別。腎臓へ負担がかかりすぎて ステロイド増量・再入院へ。


この過程で 人はこの病気が持つ本質を心と体 両面で思い知らされる。


失望 羨望  惨めさ 恨み さまざまな感情が 胸中を交錯する。


そして人によっては 自暴自棄になったり、救いを求めて宗教や民間療法等へと動き始める。



PS:今日は買い物・挨拶等 用事が6件ほどある。

 


といっても私は農家ではない。

昨夜 配偶者と娘が うつ伏せになっていた。

2人とも片手には携帯電話。懸命にクリックしながら 会話していた。


「就活のほうは?」   「・・・なかなか・・・・」

「だよねェ・・・」     「 ・・・・うん・・・」

年齢不詳の配偶者の大根2本と短大2年の娘の大根2本が ゆらゆら揺れていた。


そういえば 短大のときブーツがはやっていた。

脱いでおかれていた講師のブーツの中に 調理実習のときの大根2本をつっこんでやった。

講師は本気で怒っていたように記憶している。

 

今日の事務所は平和だった。局が公休。

マイペースで仕事ができた。


帰宅後 娘と鰻を食べた。真ん中の身の厚いところを娘の茶碗に乗せ 私は言った。

「嫁さんにいったら なかなか真ん中の部分は食べることできなくなるかもしれないからな。」

「うん。」と 頷いていた。

笑みを含んだその横顔は どことなしか女そのもののようにも思えた。


ネフローゼの人たちは 早く床につくのがいいですよ。

安静。休息。腎臓には不可欠です。