また寒が来るかもしれないが 今までのそれ程ではないであろう。

65歳過ぎても職があるということはいいことであると感じる 一方

65歳過ぎても就労せざるを得ないという経済力のなさも同時に感じる。

両面ある。

体調が安定しているときは 職があることへの感謝の念が胸中に台頭

それが悪いときは 就労せざるを得ないことへの不満 不安が台頭してくる。

 

令和4年度~システムが変わる。それに向けての予習を今している。

職があるといってもその席を確保するために 努力は必須である。

何年やっているかではなく 何ができるかを私は職場で問われている。

 

配偶者はいつものように実家へ介護

そのため 土日の食事 洗濯の役割分担がある。

昨夜は子供2人に 野菜たっぷりのラーメンを作った。

「薄味だね。日曜日の朝はお父さんラーメンだったね。」と長女

「ああ」と頷きながら「覚えとる」と長男。

そんな会話を聞いていた。

 

本日もPmは温かい。

朝干した洗濯物が微風に揺れている。

その向こうの 田圃には鳩の群れが来て 土の中の虫だろうか?

懸命に啄んでいる。

音もなく 休日の午後が過ぎている。

 

 

 

 

起床後

仮眠1回

その後少なからず動いた為

疲労が抜けきっているのか否か ?

娘はスケートボード

息子は今しがた 職場へ帰っていった。

配偶者は実家へ介護 夕方になったら迎えに行かなくてはならない。

それまでの時間は自身1人のそれである。

FMラジオを聴きながら ぼんやりしている。

ただ このままのネフローゼ腎により凹んだ我が人生

このままでは終わりたくないという積極的思いが胸中にでてきだけ

疲労は抜けつつあるのだろう。

 

外は雨が降っている。

昨日は 庭に七色テントウムシの姿があったが 今日はその姿はないだろう。

 

今回もそうだが もう少し早めに疲労を素直に認め  speed down すればよかった。

 

 

 

 

本日検査へ

といっても検尿のみ 結果は(±)

 

2月8日の就労 特にAMがしんどかった。

  9日 何とかクリア―

 10日の出張しんどかった。 荷物を3fまでもって上がるのがきつかった。

午後になると書類の仕分けも負担であった。

 

疲労の前兆 

眼鏡をかけると鼻パッドの辺りがひくひくしていた。

夜就寝前 腹部に引きつり感。

気持ちも積極性に欠けていた。萎縮ぎみであった。

 

alcoholを抜いて4月 cutしているが故の 自信もあったが

ひびの入っている腎には負担そのものであった。

 

安静保温 仮眠により少し疲労感は抜けた、気持ちもやや積極的になりかけている。

されど 安静保温がessentialである。

溜まっている腎臓の疲労は 遅行性 あとからあとから滲み出てくるのである。

 

さあ女子アイスホッケーを観よう。