日曜日だったが 研修へ
後 少々時間ができたので 娘の就労場所へ
ちょうど 接客中だったため 会話もなし。
手をあげ お互いの姿確認をしただけだったが
それでも 元気な就労姿を観ることができただけでも 親としては 嬉しかったし、感動もした。
帰宅 入浴。外気温が低かったためだろう、入浴しても体はなかなか温まらなかった。
だが 呑むアルコールの味は とても美味だった。
日曜日だったが 研修へ
後 少々時間ができたので 娘の就労場所へ
ちょうど 接客中だったため 会話もなし。
手をあげ お互いの姿確認をしただけだったが
それでも 元気な就労姿を観ることができただけでも 親としては 嬉しかったし、感動もした。
帰宅 入浴。外気温が低かったためだろう、入浴しても体はなかなか温まらなかった。
だが 呑むアルコールの味は とても美味だった。
同室のネフローゼAが 自分よりステロイドの離脱が順調と聞いただけで ネフローゼにも彼にも負けてしまったような気にもなっていた。
ましてや 自分だけ取り残され 同病の彼らが退院していくのを見送るたび悲観にくれていたようにも記憶する。
それに似た思いは 社会に出てからも正直あった。
友が皆 自分より早く結婚していく時 果たして自分は結婚できるのだろうか?!。
そんな 漠然とした不安 あせり 疎外感等 様々な感情が 心の中で交錯していた。
男女 性差もあろうが 人間である以上 男にも 先を越されていっているという焦りは正直あった。
そしてその根源が ネフローゼという完治しきらない病いから立ち上げってきているものからだとなると
その切実さは ひとしおだった様にも記憶している。
ネフローゼと人生 どのように折り合いをつけ 生きていけばいいのか?!。
投げやりになったり 急に真剣になったりしながらも 悶々と苦悩していた頃でもあった。
今夕は おでん。鍋いっぱいであった。息子は片っ端から食べる。
私は 塩分と蛋白質を念頭に入れながらたべる。
食べている時 嫁さんの携帯なりはじめた。
「最近 また太ったのよ。」といっている。かとおもえば
「でもダイエットしてるのよ。」とも言っている。
だが 話し終える 残っていたおでんを 敵でも討つかのように また食べ始めた。
「ダイエット中じゃないのか?」面白半分に問ってやった。
「だって 美味しいだもん。」
どこにもある光景。どこにでもある会話であろう。
e-GFR=68%程度ということは あと30%少々UPすれば 正常値に接近ということか?。
だがその少々でさえも難しい。
昔日 あと25%UP、そんな決意の日々もあった。
節塩を第1にしていたがゆえに 塩分の25%cutは無理だった。
ならば 動物性の蛋白 肉類の25%cut。そう 決した。 単品に近い そのうえ 形も
見えるので 当初はできていたが そのうちやめたように記憶する。
理由は はっきり覚えていないが 食事にもの足りなさを感じたのと その分 ご飯の量と塩分の量が増えていったためだとも思う。
そのうち 従来のパターンへ戻っていったのだろう。
ただ 私のネフローゼ腎にとって言える事は
塩分 蛋白質の摂取量を控えると 人造への負担は 事実軽減されるということである。
目覚め方 便の量 朝のスタートも心地よい。
腎臓病の皆に 適するとはいえない。
腎臓病の皆に 薦めることもできない。
だが 以前から示されている食事についての指標は 正解域にあるということではなかろうか。
どのくらいの摂取量が 自分の病んだ腎臓に関しての許容量なのか?。
その人の腎機能 生活実態等によって 個々 異なるということはいうまでもない。
まずは 示された指標あたりが基軸。スタート地点か。
そこからの展開は 各自 自己責任のなか薄氷を踏みながらの 個人展開ではなかろうか。
自己の腎臓の許容量 その辺りは 体調と気持ち両面から探り当てるには 治療同様 かなりの 時間と根気必要となるということは 当然のことである。