近所からスイカを貰った。

真夏のスイカ 利尿作用もあると聞き 口から種を飛ばしながらも 時おり 食べていた。

逆に 再発時食べ過ぎて 双眸が浮腫んでしまった記憶もある。

スイカがだめなら スイカ糖は?!と思い立ち 薬局で購入し スプーンで舐めていた頃もあった。


だが 私のネフローゼには ステロイド 安静 食事管理が基本軸であった。


頂いたスイカで スイカ糖を作ってみた。

下にボウルを置き ザルの中にカットしたスイカの果肉をいれ 麺棒でかき混ぜ果汁を 下のボールへ。

それを 鍋に移しあとは加熱するだけ。

腎臓病とは縁のない配偶者 

「それ 何?」ととってきた。説明も面倒なので

「スイカのジャムだ」と言っておいた。

「ほんと これ甘いわ」と言っていたので 明日朝 パンにぬってたべるかもしれないとも思った。


時おりの雷雨

夜の花火大会は・・・・。

実行委員長も ネットの気象レーダー観ながら 苦慮しているところか?!。


それにしても先週は忙しかった。

昨日 今日 睡眠不足をとみに感じる。



死ぬまで 名前が各自についてまわる様に

無念だが 私にとって  ネフローゼは一生ついてまわるであろう。


人によっては 配偶者ではなくとも 一生自分の心に住みついて 忘れることのできない そんな存在の人がいる その様な人もいよう。


病にしろ 忘れられない人にせよ それに どんなスタンスで向かい合い 生きていくかで その人の質は変化していくように思う。


私の場合 検査結果 それが良好の時のネフローゼに対してのスタンスは素晴らしかった。

自愛と節度に満ち溢れていた。

だが それが悪い時は 投げやりで 直ぐ 自棄を起こしていた。

 ほんとに 結果次第であった。一定していなかった。


職場のエアコンがききすぎる。 ズボンは夏用だが ストッキングに腹巻である。

職場を見回すと カーデガンを着て寒いと言っている人あれば 半袖でも暑い・暑いを繰り返している人もいる。

健常人達であっても 様々である。


先ほど 風にあたりたくてベランダに出てみた。どこかで 夕立があったのかもしれない。

涼風は 心地よく 値千金であった。


そんな折 カウンター越しの私たちの会話に妙に深く頷く男がいた。


教育系の職種。1人でも多く 有名校に合格させ 他校との格差をださなければ 自身も生き残れない

その為  日々 必死ですと、その彼が言ってきた。

私より10歳ほど若かったと記憶する。


風邪をひき 治ったが そのあとも体がしんどい日々が続いたという。

丁度その頃

職場検診で 腎機能を指摘され 翌日 総合病院へ。 腎生検となり 後日 Iga腎症と診断。

「自身 元気の塊だったので Iga腎症です。食事・生活管理必須ですと言われても 意味が理解できかったです。だからしんどい中でも 就労してました。でも そのうち 腎機能が低下して 透析になって行きました。」 その言葉に私。

「私も 腎臓病=ネフローゼ症侯群 長いですけど 透析を受容するまでの 肉体的しんどさや これからの不安 焦燥感 そして恐怖等。つらかったでしょう。」

だが 彼の言葉 以外だった。

「否。皆から同じこと時おり言われますが、それほどでもなかったんです。子どもの進学 家の改築ローン等 当時の私には 立ち止まり 考える余裕なんて一歩許されなかったんです。

それより Iga腎症保存期から腎臓透析 言い渡された時でさえ 来るべき変化のなかで 自身の就労スタイルがどう変わっていくのか そして どんな 就労スタイルができうるのか そんなことばかり気になっていました。」

そんな彼の語調には ブレはなかったし その横顔にも力みも感じなかった。淡々としていた。

「覚悟の深さと・器の大きさの違い」を、感じた気がした記憶がある。


AM 嫁さんと息子 3人で 参議院議員の投票に行った。

 20歳になった息子は その出口で 出口調査に応じていた。

 上空には 数本の飛行機雲が観えた。