簿ぐもりのなかでも 羽田発広島行きのB787 dream linerがみえた。
すでに県境あたりまで 高度を捨てて西進か?!
R/wは?
9日振りにalchol 350 ml
美味であった。
息子と妻が、何やら会話している。
秋刀魚もいいが トンチリもいい云々
知人からみかんとブドウを貰った。
やはり後者の方が美味だった。
簿ぐもりのなかでも 羽田発広島行きのB787 dream linerがみえた。
すでに県境あたりまで 高度を捨てて西進か?!
R/wは?
9日振りにalchol 350 ml
美味であった。
息子と妻が、何やら会話している。
秋刀魚もいいが トンチリもいい云々
知人からみかんとブドウを貰った。
やはり後者の方が美味だった。
なにせ 市街地アーケードが活況な頃のこと
ダンジりの寄付集めは順調だった。
「あの店が何万円なら うちは その上をいかせて頂く。なにせ うちの方が老舗ですから」
「北組班長が何万だした。ならば私も東組の班長その上を寄付させて頂きます。」
プライドも絡まり 修理しても余りかえる程の寄付額になっていった。
さらには、店の客達のなかからも「ここの町内のダンシリの修理だったら寄付したい。」
そんな人々さえもでてきた。
こうなってくると青年部員達のお尻がかゆくなってくる。
「青年部の慰労会を開かしてもらおう。部長 町内役員の承認をとってこい。」とあいなり、部長は承認をとってきた。
皆.ここぞとばかり呑んで騒いだ。慰労会は、一日や一週間では終らず.月を越してもまだ呑み歩きツケを廻してくる猛者達もいた。
町内会役員達の眉は吊り上がっていったが、なにせ予算は余りに余っているのを青年部員並はを知っている。その為 全ったく屈託はない。
そう.一件だけ、慰労会だと称し 飛行機で北海道へ行き 遊びほうけ その上、蟹を食べすぎてコッパンをだした3人がいた。これは自費にさせられた。当然である。
呑みほうけても尚 あり余る寄付金。それでもって最高級の材質で修理したダンジリ 町内の宝物であった。 自慢であった。
だが、重くなり過ぎて シャッター街となり、引き手か不足してしまった今では 昔日の様なカはない。
青年部員達も すでに還暦 声はでても カはでない。
よそから引き手を借りて やっと前進である。
今年は息子もかっぱりにいく予定である。
病身の母と供にみようと思っている。
PS早く寝て 疲労を抜き切りたい。
11時頃. 金融機関へ用事ができた。社から行く途中保育園の練習が見えた。
懐しかった。
保育士の指示で円形を描き 皆 踊っていた。ぬいぐるみが動いている様だった。
銀行の用事が終り 保育園の前を通ると 練習は終っていた。
保育士達が鼓隊の道具を仕舞っていた。
「幼児の集中力はせいぜい昼まで 教えるのも大変なら.道具の出し入れも大変、それ以上に大変で気を使うのが親への対応。」
知人の保育士が教えてくれた。
確かに、それは一理ある。
自身 保育園の役員をしながら 痛感した記憶がある。