このネフローゼという存在 本当に手間がかかる。今日も自分のネフローゼ腎をだまし乍ら.励まし乍らやっと就労を終えた。


10月は祭りの季節 30年以上も昔 以前にいた町内でのこと

町内でダンジリの修理が決まった。町内役員会に出席していた青年部部長「町内の役員達から寄付をとってこい。寄付帳はここにある。」

「まかせハンドル.」とまずは町内会長宅へ行き、その後も副会長宅等を回った。

だが、そのうち自称 町内きっての顔役K氏のご機嫌が悪いとの声が聞こえてきた。

最初にK氏宅に行ったのは私と同年令のA。

そういえば、祭りごとの寄付を断わったことのないK氏「またにせい!」と素気なかった。

そのらち理由が聞こえてきた。

「町内のワシをさしおいて 皆の後から寄付にくるなどもっての他! このワシが、最初の頁に名を記し、金額を書く。それから町内を回れ!」ということだった。

「成程、合点。今後こそ まかせハンドル」と、結納屋で 最高の寄付帳を購入し 「おおそれながら」と持っていった。寄付は凄かった。帯封だった。

皆、得意満面で帰えってくると、今後は町内会長のご機嫌が大変なことになっていた。

「ならば また寄付帳を買って きて、一番先に書いてもらえ」 そんな安直なことに落ちついていった記憶がある。故に町内には数冊の寄付帳がある。


あっちにいってもワシが: こっちにいってもワシが 町内そこらじゅうワシ ワシだらけの町内だったが、修理が終り、いざ、祭りとなれば 皆、イケー ススメーでひとつになっていった。

今.住んでいる町は、住宅地 静かなところが取柄であろうか・・・。

休日を 今日の様に脱疲労日として受容できはじめたのは


平成18年以降 50歳を超えてからだと記憶している。


それまでは、休日を脱疲労日にすると 平凡すぎる自身の人生が、さらに平凡になってしま


い さらに細やかすぎるものになっていくようで それが怖くて受容したくなかった様に想う。


受容できはじめた一因は 加齢に伴う休カ減と思っている。





「 Time is Money」 時は金なりという格言があるが



今、振りかえって想うに 時間も金も去っていくのは速い。 入院や安静の時の「時の流れ」は遅いが


通リ去ぎっていった「時の流れ」は速い。


水曜日 Alchol Controlしたのだが、過量であった。木より金曜日が辛労かった。


自分のネフローゼ腎を 励まし乍ら すかし乍ら だまし乍ら就労していたが 集中力には欠いていた。


ならば 土曜日を安静日と思っていたが、昼前から用事ができて帰宅も遅くなった。


脱疲労日と思っていたが、畜疲労日になってしまった。


明日の気になる Resumeもあるが 今日はとりあえず安静日にしよう。