中性脂肪    125

HDL        50

LDL       141

GOT        22

GPT        19

尿酸         7.2

尿素窒素     16.3

クレアチニン    0.95(e-GFR  約64)

K           4.0

血糖(前)      85


CRP定量       0.09(-) 

HbA1c       5. 4


クレアチニン値 素直に喜こべず

傍では配偶者が 再放送の TVを観ている。

微睡みのなか 新聞の頁をめくる音も届いてきた。

そういえば これと同じような時間の流れ 自身風邪をひき 熱にうなされていたときにあったような気がする。


retard retard

そんな声が聞こえてくる。

漠然たる不安も湧いてくる。

無事 仕事をこなしていくことができるのだろうか?!。


義父は吟醸酒で有頂天

義母と妻は、台所で女同志の会話をやっていた。

義父は.姉一人 妹3人 男は自分だけ。

施設から外泊したのは、義父の2番目の妹である。子ども一人は、公務員。もう一人も配偶者は公務員。

自慢であった。勢いもあった。だが、夫が亡くなり 自身 病いにかかり施設へ。


一方義父の未妹 結婚するも子どもには恵まれなかった。亡くなった夫は酒好きだった。夫が亡くなり、嫁つぎ先と不仲となり,兄 即ち義父の所へ戻どってきた。同じ敷地にプレハブを建てた。

「一人身で子もなく、今後どうする?」 周囲から懸念されたが 帰えって来てからの方が重宝がられた。

父の姉が.腰が痛いので稲刈りに来て欲しいと乞われれば直ぐ行く。

父の2番目の妹の介護といわれれば、嫌な顔もせず姉の世話に行く等々。


人間には.生まれもった器というものがあるのかもしれない。それを 人は運とか。運命とか、宿命とかという台詞でひとくくりに表現している部分があると思う。


翻って ネフローゼという症状にかかったのは はたして自身の運・運命はたまた宿命だったのか?

ー言では言い表わせないが もしそうならば 惨めすぎる。自身、そう受容したり、肯定する気はない。

少しでも自己管理・努力するのが悔いなき選択と感じている。

人生に於ての終未回答は 今だでていないが どう流転していくのだろうか?


運命愛=運命そのものを愛せと言ったのはニィーチェ

置かれた所で咲きなさいと人生を説いた賢人もいた。


手元ではそう思い こう つづっているが 明日の自分ははたしてどんな自分自身でいるのか ? である。

凡人は その日・その時で異なった自己になってしまう。一貫性に欠くのだ。


病いにどう向かいあえばいいのか どんな心的スタンスを堅持すれば 心安定するのか それを方向づけてくれるブログに出逢いたいと感じているのは決して私1人だけではないと思っている。


朝夜の気温差が大きくなってきた。腎臓病の人々は 入浴後も体を冷やしてはならないと思う。


妻の実家 秋祭りにいってみる。

行きは赤・白・ピンクのコスモスが揺れていた。おだやかな揺れ方だった。

何処もそうかもしれないが、祭りといっても活気はない。子ども達の声も 祭り噺しも何も届いてはこなかった。

祭りといえば 昔日は親戚が出入りにして 夜遅くまで呑んでいた。皆、ぐでんぐでんになっていた。

家の出費は凄かったに相異ないが 私達は小づかいがたんまり入りよかった、嬉しいだけだった。


妻のオバが施設から帰えってきたと聞き 行ったが既でに家を発っていた。

家には、そのオバが乗っていた車があるだけだった。


義父母の会話は,何時もの様にピントが外れた。

息子は、まだ短パン それを見て義母

「それ、夏 来た時もはいてたでしょう?」

吟醸酒を呑み乍ら義父

「夏みかんは終ったろ。ばあさんは何を言っとる。今は、柿だろ。柿をだせ。ブドウもだせ」

妻が「オダ マリちゃん。二浪して医学部なの、凄いわ!」

またもや義父

「おだまりって黙ってはおれんだろうが、それは才女に相異ない」


帰路 西方の山に眼をやれば 太陽は既でにその下へと姿を消していた。

黄昏れのなか ローカル線のワンマンカーと 暫し並走した。

トンネル手前でワンマンカーは さらに速度を捨てた。車の速度を30km位まで下げたが 追い越してしまった。「信号待ち」だったのだろうか?

明るく映える車窓には 数人の人影が観えていた。どこか物うげだった。