義父は吟醸酒で有頂天
義母と妻は、台所で女同志の会話をやっていた。
義父は.姉一人 妹3人 男は自分だけ。
施設から外泊したのは、義父の2番目の妹である。子ども一人は、公務員。もう一人も配偶者は公務員。
自慢であった。勢いもあった。だが、夫が亡くなり 自身 病いにかかり施設へ。
一方義父の未妹 結婚するも子どもには恵まれなかった。亡くなった夫は酒好きだった。夫が亡くなり、嫁つぎ先と不仲となり,兄 即ち義父の所へ戻どってきた。同じ敷地にプレハブを建てた。
「一人身で子もなく、今後どうする?」 周囲から懸念されたが 帰えって来てからの方が重宝がられた。
父の姉が.腰が痛いので稲刈りに来て欲しいと乞われれば直ぐ行く。
父の2番目の妹の介護といわれれば、嫌な顔もせず姉の世話に行く等々。
人間には.生まれもった器というものがあるのかもしれない。それを 人は運とか。運命とか、宿命とかという台詞でひとくくりに表現している部分があると思う。
翻って ネフローゼという症状にかかったのは はたして自身の運・運命はたまた宿命だったのか?
ー言では言い表わせないが もしそうならば 惨めすぎる。自身、そう受容したり、肯定する気はない。
少しでも自己管理・努力するのが悔いなき選択と感じている。
人生に於ての終未回答は 今だでていないが どう流転していくのだろうか?
運命愛=運命そのものを愛せと言ったのはニィーチェ
置かれた所で咲きなさいと人生を説いた賢人もいた。
手元ではそう思い こう つづっているが 明日の自分ははたしてどんな自分自身でいるのか ? である。
凡人は その日・その時で異なった自己になってしまう。一貫性に欠くのだ。
病いにどう向かいあえばいいのか どんな心的スタンスを堅持すれば 心安定するのか それを方向づけてくれるブログに出逢いたいと感じているのは決して私1人だけではないと思っている。
朝夜の気温差が大きくなってきた。腎臓病の人々は 入浴後も体を冷やしてはならないと思う。