面倒くさ死願望
面倒くさ死しそうだと何度となく叫んできた。
面倒くさ死とは「いろいろ面倒くさ過ぎて、もう死んじゃえ!」
という、何とも情けない境地のことである。
今すぐとは言わずとも、30代~40代になって抱える事情が重くなるほどに、
面倒くさ死願望は高まって行くだろうという予想である。
今だって、もう何もかも面倒。
とても簡単で、やり方もやる理由も知っている雑用なのに
たまらなく面倒。もう手が動かない。脳みそどんより。
頭を流れる血が赤潮みたいに死の気配。腐りそう。
まぁ、こんな気分になるのはひどくても週に2~3度。
その他の日はもうちょっとマシだし、
軽快なリズムをたてて行動している時もある。
しかし、日常の些末なこと(ゴミをごみ箱にいれる等)から
家事(特に皿洗いと洋服たたみ)、事務仕事も頭を使うお仕事も、
ひとつひとつ、面倒でたまらず、
仕事が増える度、完遂していない仕事を見る度、頭に血が上り、
頭の中の赤潮が波を立てるのである。
いわんや、将来をや。
親のこと、事情ある兄弟姉妹のこと、自分の生活のこと、キャリアのこと、
お金のこと、自分含む近しい人の病気のこと、
(結婚のこと、子供のこと、伴侶の親のこと)
※起こりうる未来かわからんので括弧にいれました。
指折り数えかけては、思考をシャットダウンする。
冷たい人間だと自分を責めながらも、ああ面倒臭すぎる。
もう、臭う臭う面倒臭。
台所のふきんをきれいに保つのさえ面倒なのに、
そんな私が耐えられるはずないでしょう。
あーまじ35歳くらいで面倒くさ死するなー。
と思っていましたところ、、、やっと本題に入りますが、
とあるお話を読みました。夫婦についてのものです。
幸田 文の短編「祝辞」『台所のおと』所蔵(講談社文庫)
収められた短編のほとんどが、夫婦について描いたものであり、
病気や貧困、夫婦関係など、困難を一貫して主題にしています。
正直、ああ30代になってから読めばよかったと後悔した程に
精神的にヘビーなプロットだったのですが、
読書の役割が「困難への準備・イメトレ」みたいなものであるなら、
まさに今25歳で読むにふさわしいものでした
その中でも、「祝辞」というお話は思わずマクドで落涙してしまいました。
他の短編は救われなかったり、問題提起をはっきり回収しない形だったので、
もやもやするのですが、その中では際だって綺麗な展開、収束の仕方を見せます。
以下あらすじ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
物語は甲斐子と久夫の結婚式から始まる。
式でのとある祝辞にて、夫婦は困難が起きたときこそ肝要という旨が繰り返され
まるで2人の未来を予測するかのような話に祝の席は沈む。
甲斐子と久夫はそれから長男にも恵まれ、甘い結婚生活を営んだが、
久夫の兄の株での失敗に一家は巻き込まれ、久夫は営んでいた事務所まで奪われる。
苦しい生活が続き、甲斐子が他の男に揺れたりと連鎖的に困難が重なる。
数年経ち、夫婦は二人目の子供を授かる。
子供の存在の絶対的な明るさに引っぱられるように、生活も活気を取り戻していく。
ラストは知人の結婚式のシーン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラストが泣き所ですので、内容は伏せます。
前置きでも書いたように面倒くさいことがこれからいくらでも出てくるでしょう。
経済的な不安、病気するかもしれない。
親だって年をとるし、障害ある家族の面倒はどうするのか?
近しい誰かが破産する可能性?
これが結婚などすれば、相手の家族の分を含め単純に2倍になる。
ああもう面倒くさ死したい。
苦難を乗り越えるストーリーはいつだって美しいけれど
私は張本人にはなりたくないと思ってしまう。冷たい人間だと責めながらも。
自分にとっても一番の問題はきっといつまでだっても自分のことだろう。
何者にもなれない自分の、可能性に齧り付いては、
現実にぶつかっては面倒くさ死したくなる。
でもね、人は、泣いて、脳内ぐちゃっとした後は、ポジティブになるらしい。
読後1時間たって思い至ることには、
あーでも良いことも起こるかもしれないんだなぁっとね。
「祝辞」では、子供に救われるというのがポイントとなっていますし、
実際に甲斐子のセリフとして(子供の存在は)「何事にも代え難い、、、」とあります。;
いや別に子供に限定する必要はないのですけれど。
子供的な何か、幸運なもの、支えとなるもの。
面倒くさいことと同時に嬉しいことも起こるんだということを
常に思い出しておくことが必要なんだなと思いました。
それを知っていることではなく、意識しておくこと。
企画という仕事も、そう。
ものすごく面倒。でも、いいものができたりいい反応があったりすると嬉しい。
先日、頭使う方のお仕事(企画)が面倒くさぁてしゃあなぁて、
それこそ面倒くさ死(この場合辞職)したい気分になっていたのですが、
上司や一緒に働いている方と話すと、歯車が動き出したんですね。
歯車というのは、思考もだし、気分もだし、体も、それらが組み合わさっているもの。
面倒くさ死しそうになったら、誰かに相談して歯車を動かすこと。
歯車が少しでも動くと、後はオートマティカリーゴーイング。
お話読んだのと、その企画の話も含め、
面倒くさ死願望を打ち消す方法の糸口を少し見付けたので、
久しぶりにブログ(このご時世こっぱずかしい)書いてみました。
面倒くさがったって、ほんとに死ぬのは怖いくせに、
面倒くさがらずにやったことが うまくいくと嬉しいくせに、
大二病こじらせよって、もうほんとに恥ずかしい。
ちゃんと、生きます。
面倒くさ死とは「いろいろ面倒くさ過ぎて、もう死んじゃえ!」
という、何とも情けない境地のことである。
今すぐとは言わずとも、30代~40代になって抱える事情が重くなるほどに、
面倒くさ死願望は高まって行くだろうという予想である。
今だって、もう何もかも面倒。
とても簡単で、やり方もやる理由も知っている雑用なのに
たまらなく面倒。もう手が動かない。脳みそどんより。
頭を流れる血が赤潮みたいに死の気配。腐りそう。
まぁ、こんな気分になるのはひどくても週に2~3度。
その他の日はもうちょっとマシだし、
軽快なリズムをたてて行動している時もある。
しかし、日常の些末なこと(ゴミをごみ箱にいれる等)から
家事(特に皿洗いと洋服たたみ)、事務仕事も頭を使うお仕事も、
ひとつひとつ、面倒でたまらず、
仕事が増える度、完遂していない仕事を見る度、頭に血が上り、
頭の中の赤潮が波を立てるのである。
いわんや、将来をや。
親のこと、事情ある兄弟姉妹のこと、自分の生活のこと、キャリアのこと、
お金のこと、自分含む近しい人の病気のこと、
(結婚のこと、子供のこと、伴侶の親のこと)
※起こりうる未来かわからんので括弧にいれました。
指折り数えかけては、思考をシャットダウンする。
冷たい人間だと自分を責めながらも、ああ面倒臭すぎる。
もう、臭う臭う面倒臭。
台所のふきんをきれいに保つのさえ面倒なのに、
そんな私が耐えられるはずないでしょう。
あーまじ35歳くらいで面倒くさ死するなー。
と思っていましたところ、、、やっと本題に入りますが、
とあるお話を読みました。夫婦についてのものです。
幸田 文の短編「祝辞」『台所のおと』所蔵(講談社文庫)
収められた短編のほとんどが、夫婦について描いたものであり、
病気や貧困、夫婦関係など、困難を一貫して主題にしています。
正直、ああ30代になってから読めばよかったと後悔した程に
精神的にヘビーなプロットだったのですが、
読書の役割が「困難への準備・イメトレ」みたいなものであるなら、
まさに今25歳で読むにふさわしいものでした
その中でも、「祝辞」というお話は思わずマクドで落涙してしまいました。
他の短編は救われなかったり、問題提起をはっきり回収しない形だったので、
もやもやするのですが、その中では際だって綺麗な展開、収束の仕方を見せます。
以下あらすじ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
物語は甲斐子と久夫の結婚式から始まる。
式でのとある祝辞にて、夫婦は困難が起きたときこそ肝要という旨が繰り返され
まるで2人の未来を予測するかのような話に祝の席は沈む。
甲斐子と久夫はそれから長男にも恵まれ、甘い結婚生活を営んだが、
久夫の兄の株での失敗に一家は巻き込まれ、久夫は営んでいた事務所まで奪われる。
苦しい生活が続き、甲斐子が他の男に揺れたりと連鎖的に困難が重なる。
数年経ち、夫婦は二人目の子供を授かる。
子供の存在の絶対的な明るさに引っぱられるように、生活も活気を取り戻していく。
ラストは知人の結婚式のシーン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラストが泣き所ですので、内容は伏せます。
前置きでも書いたように面倒くさいことがこれからいくらでも出てくるでしょう。
経済的な不安、病気するかもしれない。
親だって年をとるし、障害ある家族の面倒はどうするのか?
近しい誰かが破産する可能性?
これが結婚などすれば、相手の家族の分を含め単純に2倍になる。
ああもう面倒くさ死したい。
苦難を乗り越えるストーリーはいつだって美しいけれど
私は張本人にはなりたくないと思ってしまう。冷たい人間だと責めながらも。
自分にとっても一番の問題はきっといつまでだっても自分のことだろう。
何者にもなれない自分の、可能性に齧り付いては、
現実にぶつかっては面倒くさ死したくなる。
でもね、人は、泣いて、脳内ぐちゃっとした後は、ポジティブになるらしい。
読後1時間たって思い至ることには、
あーでも良いことも起こるかもしれないんだなぁっとね。
「祝辞」では、子供に救われるというのがポイントとなっていますし、
実際に甲斐子のセリフとして(子供の存在は)「何事にも代え難い、、、」とあります。;
いや別に子供に限定する必要はないのですけれど。
子供的な何か、幸運なもの、支えとなるもの。
面倒くさいことと同時に嬉しいことも起こるんだということを
常に思い出しておくことが必要なんだなと思いました。
それを知っていることではなく、意識しておくこと。
企画という仕事も、そう。
ものすごく面倒。でも、いいものができたりいい反応があったりすると嬉しい。
先日、頭使う方のお仕事(企画)が面倒くさぁてしゃあなぁて、
それこそ面倒くさ死(この場合辞職)したい気分になっていたのですが、
上司や一緒に働いている方と話すと、歯車が動き出したんですね。
歯車というのは、思考もだし、気分もだし、体も、それらが組み合わさっているもの。
面倒くさ死しそうになったら、誰かに相談して歯車を動かすこと。
歯車が少しでも動くと、後はオートマティカリーゴーイング。
お話読んだのと、その企画の話も含め、
面倒くさ死願望を打ち消す方法の糸口を少し見付けたので、
久しぶりにブログ(このご時世こっぱずかしい)書いてみました。
面倒くさがったって、ほんとに死ぬのは怖いくせに、
面倒くさがらずにやったことが うまくいくと嬉しいくせに、
大二病こじらせよって、もうほんとに恥ずかしい。
ちゃんと、生きます。
大人になったら自然とできるようになると思っていた
大人になったら自然とできるようになると思っていたことリスト
・うまい化粧
・冠婚葬祭ルール
・時候の挨拶
・ウィットの富んだ会話
・恋人を手料理に招く
・うまくて早いアイロンさばき
・ロングヘアー
・大きくてシルクのカバーのかかったベッドで寝る
・ハイヒールをかつかつと鳴らして歩く
これが練習しないと頑張らないと場数を踏まないと
手に入らないことに気付いたのはそんなに前ではない。
大学時代までは、明るい未来がむこうからやってくると
純粋に信じていたものだ。
アホだった。
そして今でもアホである。
電車で見かけた女の人に触発されただけの話。
肩までつく黒髪をゆるく束ねて、モノトーンの細身のシルエットに
ボルドーのハイヒールを合わせた女の人。
失礼ながら幸薄そうなうすめの顔立ちに対して
少しだけ派手な印象を与えるそのハイヒールが、
しばらく忘れられなかったわけである。
綺麗な形のハイヒールだった。
しっかりと足をつつみこんで履きやすそうだけれど、
あれだけヒールが高ければ雨の日はさぞ怖かろう。
寝坊の日は走るのを諦めるだろう。
その古着屋は珍しく50%OFFの日。
ここ京都御幸町では日本で一番高く古着が売れるとか売れないとか。
品良く状態良くな古着が集まっている。
なのでJUST FOR LOOKINGモードでかかることをおすすめする。
出会うが勝ち。探すは負け。
店を一周してめぼしいものも見つからず店を出ようとしたが、
ボルドーのハイヒール女が頭をもたげる。
50%OFFだから下手しても損害は少ないと、冷静バリアが弱っている。
何か買わなきゃ損だよと、論理を越えた論理が襲ってくる。
ちょうどそこに美しいハイヒール。
かわいいは罪!美しいは背徳!
ののしりつつも、お靴がつるりと私の足を飲み込むんだ。
あーあ。やっちまったよぴったりだよ。
古着の靴でサイズが合うともうだめなんだよ。
「運命だよ」と頭で鐘が鳴るんだよ。(でも、迷ってるふりはする)
かくかくしかじかそうやって、我が家に招き入れたハイヒール。
我慢できずに本日履いて出勤しました。
やっぱりね。痛かった。そりゃそうだよ。
普段3cmまでしかヒール履かないんだもの。
火をみるより明らか。
それでもぬぐえなかった「もしかしたら」の気持ち。
「もうすぐ私も25歳。そろそろハイヒールが履けるようになっているかもしれない。」
笑えばいい。
そんなわけないだろう。人間の足は妙齢になればハイヒールに適するように
形が変わるなんてそんなわけないだろう。
笑えばいい。
でも欠片くらいはわかってはくれないか?
自分だけの、大人になったら自然とできるようになると思っていたことリストを
もう一度見直してはみないか?
それを未だにどこかでいつかできると思っている自分がいないかい?
実際問題、いつの間にかできるようになっていることはあるかもしれない。
でもそれは、できた後に思うこと。
日々を重ねたから、できるようになっただけのこと。
大人になったら自然とできるようになることなんて
腰痛と階段昇るときの息切れくらいだ。
あーまじめに仕事しよっと。なんて思う。
苦手な業務も繰り返せば何とかなるだろ。
ハイヒールで蹴られた背中はしゃあなしに、
まっとうな結論を飲み込むのであった。
タイピングハイハイハイ
全てタイピングハイのせいである。
一日中会議で集中して議事録をとっていたのだ。
私の手はパソコンの上で運動会、
おじさま方が重要(そうな)議論をする度、
喋りに沿って私の脳味噌トラック走る。
たーたんたたたたったーたーたたたた
運動会の定番曲「天国と地獄」が流れ込む。
できるだけ文章をはしょり、語順を入れ替える、
一文打って、エンターキー叩くとゴールだよ安堵、
なのにゴールの前にはまたスタート地点が見えるってんだ。
それが、朝は9時から夜は19時まで。
あ、日中うつらうつらしてしまったのはしょうがない。
ご飯の後につまらない会議を聞かされれば誰だって眠くもなる。
同時翻訳者だって一定時間ごとに交代するのだ。
ましてや私をや。集中力は貯蓄できぬ。
そしてまたたたた、叩く。たーたんたたたたっ。
私はとっても怠惰な人間です。
どんな神の前でもそう誓える。
私はとっても怠惰な人間です。
特に冬は、動物なので、冬眠したい。
なのに、一日中タイピングし続けたのに、
またタイピングしてるよ、ほうら紡いでる。
タイピングハイが怠惰に今日だけ打ち勝ってる。
打ち、勝ってる。
疲れたはずなのに、何かしたくてたまらない。
こういう時は、内側から衝動がどんどこ溢れてくる。
アドレナリンが内から外へしぶきを上げて滝を作り、
花咲く虹で、お目目もきらきら。
なんなのなんなのどんどこ溢れる。
やはり体を動かし脳みそ使ったら人間どこまでもいける気がする
怠惰な普段の私を蹴ってやろうか殴ってやろうか。
それとも背中を舐めてやろうか。
でも、週末の疲れと昨日こたつで寝ちまった疲れが
私の双肩に宿ってる。
ぐんぐん存在感増してる。
あ、今なら就寝突撃できそう。
明日に向かって空砲ならす。
おやすみなさい。
この曲天国と地獄というんですね、
大げさね、かけっこで運命変わっちゃやぁよ!
ほんで懐かしいNHK!
一日中会議で集中して議事録をとっていたのだ。
私の手はパソコンの上で運動会、
おじさま方が重要(そうな)議論をする度、
喋りに沿って私の脳味噌トラック走る。
たーたんたたたたったーたーたたたた
運動会の定番曲「天国と地獄」が流れ込む。
できるだけ文章をはしょり、語順を入れ替える、
一文打って、エンターキー叩くとゴールだよ安堵、
なのにゴールの前にはまたスタート地点が見えるってんだ。
それが、朝は9時から夜は19時まで。
あ、日中うつらうつらしてしまったのはしょうがない。
ご飯の後につまらない会議を聞かされれば誰だって眠くもなる。
同時翻訳者だって一定時間ごとに交代するのだ。
ましてや私をや。集中力は貯蓄できぬ。
そしてまたたたた、叩く。たーたんたたたたっ。
私はとっても怠惰な人間です。
どんな神の前でもそう誓える。
私はとっても怠惰な人間です。
特に冬は、動物なので、冬眠したい。
なのに、一日中タイピングし続けたのに、
またタイピングしてるよ、ほうら紡いでる。
タイピングハイが怠惰に今日だけ打ち勝ってる。
打ち、勝ってる。
疲れたはずなのに、何かしたくてたまらない。
こういう時は、内側から衝動がどんどこ溢れてくる。
アドレナリンが内から外へしぶきを上げて滝を作り、
花咲く虹で、お目目もきらきら。
なんなのなんなのどんどこ溢れる。
やはり体を動かし脳みそ使ったら人間どこまでもいける気がする
怠惰な普段の私を蹴ってやろうか殴ってやろうか。
それとも背中を舐めてやろうか。
でも、週末の疲れと昨日こたつで寝ちまった疲れが
私の双肩に宿ってる。
ぐんぐん存在感増してる。
あ、今なら就寝突撃できそう。
明日に向かって空砲ならす。
おやすみなさい。
この曲天国と地獄というんですね、
大げさね、かけっこで運命変わっちゃやぁよ!
ほんで懐かしいNHK!
鬱蒼鬱屈ソネットの作り方。
①目的と心構え
・文章や詩のようなものを書こうというとき、
人にお見せする場合はどうしても きどって美しいことへの賛歌を
つむぎだそうと思ってしまいます。
ですが、この世には嫌なことがいっぱいあります。
隠す必要なんてありません。
綺麗:汚い=善:悪では決してありませんから。
ニュートラルに嫌な気持ちだって吐き出しましょう。
でも嫌なものを扱う瞬間に生まれたちょっと綺麗なアイディアを
生かすことは、それは処世術ですので積極的に採用しましょう。
②テーマの決め方
・身近なテーマを選ぶこと。
普段考えていないこと・身近でないことになると、
どうしても嘘っぽくなります。
身近でコンプレックスに思っている項目を選びましょう。
自らの体内脳内で生成した負の力が強ければ強いほど、
ソネットの持つ存在感は大きくなります。
③定型、しかし不定形。
・鬱蒼鬱屈ソネットは、2つの連と締によって成り立つ半定型詩です。
例をあげながら解説していきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(テーマ)【寒さ】
(一連目)
(あ)寒いと、こたつから出れん。
(い)寒いと、お風呂に入る決断ができん。
(う)寒いと、こたつから出たら冷えが突き刺さる。
(え)おれ、針のむしろ。
(二連目)
(お)寒いと、お洋服が洗えん。
(か)寒いと、お洋服が選べん。
(き)寒いと、重ねれば重ねるほど変になる。
(く)おれ、裸で死にたくなる。
(締)
(け)寒いと、裸になれん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(テーマ)は完結に、わかりやすく。
(一連目)はインパクトが大事。短くて端的な言葉を選びましょう。
(あ)(い)は、テーマを枕詞とし、できるだけ「ん」で結びます。
否定であればひらがなの「ん」、肯定であればカタカナの「ン」を使うと良いでしょう。
(う)も同じくテーマを枕詞としますが、語尾は自由です。
リズミカルな語尾を選んだほうが旨味が出ます。
(え)はちょっと意外性のある言葉を持ってきて1連目のまとめをします。
頭に「おれ」等一人称をつけます。
(二連目)は踏み込んだ内容にします。
(一連目)で一般化したテーマをぐっと個人的にして、
詩の所属が自分にあることをアピールします。
(お)(か)は「ん」で終われば(一連目)とは違う形でも問題ありません。
しかし(き)で語尾を(う)と揃えましょう。
(く)も(え)と同様ですが、(え)よりも絶望の度合いを上げるとよいでしょう。
最後に(締)の(け)ですが、ここが詩の方向性を決定づけます。
アンニュイで美しさを感じさせるような言葉がよしとされますが、
ここは各人の流儀を見せるところです。ご自由に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
④一例を三つほど。
【鬱】
病むと、涙出るン。
病むと、立ち上がれん。
病むと、寝る以外の楽しみないよ。
おれ、省エネルギー。
病むと、自分嫌いなるン。
病むと、社会嫌いなるン。
病むと、視界が灰色なるよ。
おれ、ひとり 古い映画。
病むと、映画見れんが、映画になると。
【視力】
視力低い、何も見えん。
視力低い、イケメン見えん。
視力低い、判断遅いからKYなん。
おれ、人生楽しめとん?
視力低い、めがねマン。
視力低い、めがね取るん。
視力低い、世界がぼやっとぼやぼやん。
おれの世界がにじみカラフル。
視力低い、二つの視界、楽しめとる。
【コミュ弱】
コミュ弱は、挨拶できん。
コミュ弱は、人の目見れん。
コミュ弱は、隅っこに行きたいのん。
おれ、「自信無い」って、免罪符やと思ってた。
コミュ弱は、会話のネタ出ん。
コミュ弱は、人の話わかやん。
コミュ弱は、キャッチボールが苦手やねん。
おれ、ボールとグローブ捨てようと思ってた。
コミュ弱は、後から全部、後悔しとん。
⑤誘い
さて、解説と例をあげてきました。
いかがでしょう。
短歌をたしなむ母も、
「形が決まっていると、伝えようと一生懸命になる」と申しておりました。
定型があると、技巧や装飾ばかりに走ってしまうこともままありますが、
定型があると自分の中に無かった(ように見える)言葉が引き出されるのもまた事実。
鬱蒼・鬱屈した気分をソネットにのせて。
そのほとばしる自意識に詩という言い訳を得ませんか?
以上、鬱蒼・鬱屈ソネットの作り方でした。
・文章や詩のようなものを書こうというとき、
人にお見せする場合はどうしても きどって美しいことへの賛歌を
つむぎだそうと思ってしまいます。
ですが、この世には嫌なことがいっぱいあります。
隠す必要なんてありません。
綺麗:汚い=善:悪では決してありませんから。
ニュートラルに嫌な気持ちだって吐き出しましょう。
でも嫌なものを扱う瞬間に生まれたちょっと綺麗なアイディアを
生かすことは、それは処世術ですので積極的に採用しましょう。
②テーマの決め方
・身近なテーマを選ぶこと。
普段考えていないこと・身近でないことになると、
どうしても嘘っぽくなります。
身近でコンプレックスに思っている項目を選びましょう。
自らの体内脳内で生成した負の力が強ければ強いほど、
ソネットの持つ存在感は大きくなります。
③定型、しかし不定形。
・鬱蒼鬱屈ソネットは、2つの連と締によって成り立つ半定型詩です。
例をあげながら解説していきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(テーマ)【寒さ】
(一連目)
(あ)寒いと、こたつから出れん。
(い)寒いと、お風呂に入る決断ができん。
(う)寒いと、こたつから出たら冷えが突き刺さる。
(え)おれ、針のむしろ。
(二連目)
(お)寒いと、お洋服が洗えん。
(か)寒いと、お洋服が選べん。
(き)寒いと、重ねれば重ねるほど変になる。
(く)おれ、裸で死にたくなる。
(締)
(け)寒いと、裸になれん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(テーマ)は完結に、わかりやすく。
(一連目)はインパクトが大事。短くて端的な言葉を選びましょう。
(あ)(い)は、テーマを枕詞とし、できるだけ「ん」で結びます。
否定であればひらがなの「ん」、肯定であればカタカナの「ン」を使うと良いでしょう。
(う)も同じくテーマを枕詞としますが、語尾は自由です。
リズミカルな語尾を選んだほうが旨味が出ます。
(え)はちょっと意外性のある言葉を持ってきて1連目のまとめをします。
頭に「おれ」等一人称をつけます。
(二連目)は踏み込んだ内容にします。
(一連目)で一般化したテーマをぐっと個人的にして、
詩の所属が自分にあることをアピールします。
(お)(か)は「ん」で終われば(一連目)とは違う形でも問題ありません。
しかし(き)で語尾を(う)と揃えましょう。
(く)も(え)と同様ですが、(え)よりも絶望の度合いを上げるとよいでしょう。
最後に(締)の(け)ですが、ここが詩の方向性を決定づけます。
アンニュイで美しさを感じさせるような言葉がよしとされますが、
ここは各人の流儀を見せるところです。ご自由に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
④一例を三つほど。
【鬱】
病むと、涙出るン。
病むと、立ち上がれん。
病むと、寝る以外の楽しみないよ。
おれ、省エネルギー。
病むと、自分嫌いなるン。
病むと、社会嫌いなるン。
病むと、視界が灰色なるよ。
おれ、ひとり 古い映画。
病むと、映画見れんが、映画になると。
【視力】
視力低い、何も見えん。
視力低い、イケメン見えん。
視力低い、判断遅いからKYなん。
おれ、人生楽しめとん?
視力低い、めがねマン。
視力低い、めがね取るん。
視力低い、世界がぼやっとぼやぼやん。
おれの世界がにじみカラフル。
視力低い、二つの視界、楽しめとる。
【コミュ弱】
コミュ弱は、挨拶できん。
コミュ弱は、人の目見れん。
コミュ弱は、隅っこに行きたいのん。
おれ、「自信無い」って、免罪符やと思ってた。
コミュ弱は、会話のネタ出ん。
コミュ弱は、人の話わかやん。
コミュ弱は、キャッチボールが苦手やねん。
おれ、ボールとグローブ捨てようと思ってた。
コミュ弱は、後から全部、後悔しとん。
⑤誘い
さて、解説と例をあげてきました。
いかがでしょう。
短歌をたしなむ母も、
「形が決まっていると、伝えようと一生懸命になる」と申しておりました。
定型があると、技巧や装飾ばかりに走ってしまうこともままありますが、
定型があると自分の中に無かった(ように見える)言葉が引き出されるのもまた事実。
鬱蒼・鬱屈した気分をソネットにのせて。
そのほとばしる自意識に詩という言い訳を得ませんか?
以上、鬱蒼・鬱屈ソネットの作り方でした。
協会系女子
世には協会というものがあります。
たくさんあります。ほんとびっくりするくらい。
そして私達はそのほとんどを知らないのです。
看板が時折目に入っては「へーそんなのあったんだー」と思い、
そして忘れていってしまいます。
協会は意味がわからないんですよ。
正直いって、看板を見ても何をやってらっしゃるのか想像しがたい。
普及のため?進化するため?
掲げた大義名分を読んでみても正直わからない。
君はそこにして何をしたいんだいと言いたくもなってしまいます。
でも、なぜか惹かれる。
むしろ積極的に広報しようとしているのだろうけれども、
妙な密やかさがあるんです。隠してるわけではないのに。
つまるところ知らない世界を覗き見る背徳感にも似た好奇心を感じるのでしょう。
どうしたって、にやにやした眼で見つめてしまうのです。
これから、ちょこっとにやにやをお分けします。
私が最初に目をつけ、協会の妙にあやうい存在感を感じたのは、
日本トイレ協会
でして。
1 トイレ文化の創出
2 快適なトイレ環境の創出
3 トイレに関する社会的な課題の改善
を目的として1985年より活動している非営利の任意団体だそうです。
人は一生のうちに平均して 3年 トイレにこもっていることになるそうなので
非常に身近でありながら、なかなか公に真面目に議論しがたい対象物を扱う
有意義な団体ですね。
トイレは公衆衛生・医療・環境問題他、個人の一日のテンションにもからむ
重要な問題ですからね!
ま、あまり清くない私は、
大の大人たちがトイレについて議論しているのを想像して
にやにやしちゃったけどね!
world toilet organization
ご紹介までに↑も。
世界バージョンでござい。
略してWTO。個人的に右下にあるget involevedの画像すごく好き。
トイレを囲んでみんな幸せそうよ!
それでは、もうひとつ。
これまた身近ながら、なかなか語りづらいもの。
日本毛髪科学協会
「当協会は、毛髪と皮膚についての正しい知識を広く一般の人々に理解していただくために、
1966年5月、厚生大臣の許可を受けて設立された公益法人です。
それ以来、会員の教育研修と一般の人々への普及啓発に努め、
また、毛髪についての調査研究を行っています。」
とあります。
会員は大学・企業、個人だと美容師や薬剤師のようですよ。
髪のきれいな人は二割増し美人に見えるし、
年齢が出やすいところですもの。
特に、1990年代より始まった茶髪ブーム後、
それ以前の方々よりも髪の毛に劣悪な環境を与えているのは事実。
髪の健康のために頑張っていただきたいものですね。
そして、ここのイチオシは毛髪110番です。
そのネーミングセンスにもだえてしまいますよね!
無料ですので、お困りの方はいかがでしょう。
こういう業界は情報管理がしっかりしていて秘密をもらすことはなさそうですね。
いやほんと、電話してみたら。
若メンズたちのね、髪の毛の話題をするときの真剣さったらもう。
女性ホルモンあげたくなるほどですから。
日本トイレ協会と日本毛髪科学協会、二つをご紹介してまいりました。
協会の魅力、少しは伝わったでしょうか?
他にもまだまだあります。
マイナースポーツ系や、科学系にも興味が向かいます。
これからシリーズでお送りしていこうと思っています。超不定期ですが。
たくさんあります。ほんとびっくりするくらい。
そして私達はそのほとんどを知らないのです。
看板が時折目に入っては「へーそんなのあったんだー」と思い、
そして忘れていってしまいます。
協会は意味がわからないんですよ。
正直いって、看板を見ても何をやってらっしゃるのか想像しがたい。
普及のため?進化するため?
掲げた大義名分を読んでみても正直わからない。
君はそこにして何をしたいんだいと言いたくもなってしまいます。
でも、なぜか惹かれる。
むしろ積極的に広報しようとしているのだろうけれども、
妙な密やかさがあるんです。隠してるわけではないのに。
つまるところ知らない世界を覗き見る背徳感にも似た好奇心を感じるのでしょう。
どうしたって、にやにやした眼で見つめてしまうのです。
これから、ちょこっとにやにやをお分けします。
私が最初に目をつけ、協会の妙にあやうい存在感を感じたのは、
日本トイレ協会
でして。
1 トイレ文化の創出
2 快適なトイレ環境の創出
3 トイレに関する社会的な課題の改善
を目的として1985年より活動している非営利の任意団体だそうです。
人は一生のうちに平均して 3年 トイレにこもっていることになるそうなので
非常に身近でありながら、なかなか公に真面目に議論しがたい対象物を扱う
有意義な団体ですね。
トイレは公衆衛生・医療・環境問題他、個人の一日のテンションにもからむ
重要な問題ですからね!
ま、あまり清くない私は、
大の大人たちがトイレについて議論しているのを想像して
にやにやしちゃったけどね!
world toilet organization
ご紹介までに↑も。
世界バージョンでござい。
略してWTO。個人的に右下にあるget involevedの画像すごく好き。
トイレを囲んでみんな幸せそうよ!
それでは、もうひとつ。
これまた身近ながら、なかなか語りづらいもの。
日本毛髪科学協会
「当協会は、毛髪と皮膚についての正しい知識を広く一般の人々に理解していただくために、
1966年5月、厚生大臣の許可を受けて設立された公益法人です。
それ以来、会員の教育研修と一般の人々への普及啓発に努め、
また、毛髪についての調査研究を行っています。」
とあります。
会員は大学・企業、個人だと美容師や薬剤師のようですよ。
髪のきれいな人は二割増し美人に見えるし、
年齢が出やすいところですもの。
特に、1990年代より始まった茶髪ブーム後、
それ以前の方々よりも髪の毛に劣悪な環境を与えているのは事実。
髪の健康のために頑張っていただきたいものですね。
そして、ここのイチオシは毛髪110番です。
そのネーミングセンスにもだえてしまいますよね!
無料ですので、お困りの方はいかがでしょう。
こういう業界は情報管理がしっかりしていて秘密をもらすことはなさそうですね。
いやほんと、電話してみたら。
若メンズたちのね、髪の毛の話題をするときの真剣さったらもう。
女性ホルモンあげたくなるほどですから。
日本トイレ協会と日本毛髪科学協会、二つをご紹介してまいりました。
協会の魅力、少しは伝わったでしょうか?
他にもまだまだあります。
マイナースポーツ系や、科学系にも興味が向かいます。
これからシリーズでお送りしていこうと思っています。超不定期ですが。