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パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

ラピュタ阿佐ヶ谷

血湧き肉躍る任侠映画 其の弐 より

 

製作:東映

監督:山下耕作

脚本:村尾昭

撮影:山岸長樹

美術:富田治郎

音楽:斎藤一郎

出演:鶴田浩二 高倉健 小山明子 安部徹 金子信雄

              山本麟一 名和宏 沼田曜一 八代万智子

1969年4月19日公開

 

 

昭和37年、任侠団体が大同団結して「大日本同志会」を結成することになりました。そんな折、関西地区代表の神戸流山組会長が急死します。葬儀は組の二代目を継いだ本庄(高倉健)を喪主に、葬儀委員長には関西丸和会会長の岩佐(安部徹)が当って無事に終えました。

 

間もなくして、関西地区の親分衆が集って「大日本同志会」の理事選出が行なわれ、本庄が理事に推されます。ところが、岩佐が本庄の選出に不服を唱えたため、流会となりました。関西丸和会五木組組長五木(鶴田浩二)は、親分筋に当たる岩佐の野望に危惧を抱きます。

 

そんなある日、五木は義兄弟の本庄から由起(八代万智子)との結婚話を聞かされ、五木の実弟で流山組幹部の常男(山本麟一)とともに喜びます。しかし、それも束の間、本庄は丸和会の吉岡組に襲われ、常男は重傷を負わされます。五木は事態を収拾するため、小指をつめて本庄に詫びを入れます。本庄は自分と岩佐の板挟みになる五木の心中を察し心を痛めます。

 

一方、本庄と理事選で争うことになった岩佐は、本庄と義兄弟の間柄の五木に、本庄を理事選から辞退するよう説得することを依頼します。本庄は五木の立場を慮って、自分から身を引こうとします。ところが、常男は理不尽な行為を繰り返す岩佐に立ち向かった末に、無残な最後を遂げます。この一件をきっかけに、本庄は五木に義兄弟の盃を返し、理事選に出馬するのですが・・・。

 

本作は主人公の人間関係のしがらみから生じる悲劇が描かれています。五木と本庄は義兄弟である一方、岩佐は五木にとって親筋にあたります。その岩佐と本庄は「大日本同志会」の理事の座を争っています。しかも、「大日本同志会」の理事長である菊池(金子信雄)は、五木の女房早苗(小山明子)の父親であり、岩佐は菊池にとって娘婿である五木を利用して理事の座を勝ち取ろうとしています。

 

また、五木の実弟の常男は本庄が二代目を継いだ流山組の幹部であり、言わば兄と敵対する組織に身を置いています。五木はこちらを立てればあちらが立たずと言った、板挟みの状態に常に置かれていて、主人公を演じる鶴田浩二の“我慢芝居”を最大限に発揮するにはうってつけの役柄になっています。

 

そして、この映画は同じ山下耕作監督の手掛けた「博奕打ち 総長賭博」を応用した任侠映画にもなっています。組長の跡目争いと後任理事の選出の違いはあれども、人事に関する揉め事は共通しており、裁定を不服とするはねっかえりが事態をより搔き乱す点も「総長賭博」の若山富三郎を本作の山本麟一に置き換えれば、納得してもらえると思います。

 

ドロドロとした人間模様だからこそ、対立した組織に身を置く五木と本庄の静かな絆の美しさが光ります。本庄が理事選の辞退を覆すのは難しいと察した五木は、義兄弟の盃を交わす場に立ち会った先代の墓前に、盃を残して本庄の前から立ち去ります。本庄は五木の苦悩を知り、盃を預かったまま理事選を辞退しようとします。それでも、最終的に盃を叩き割って義兄弟を解消してしまうのですから、岩佐や菊池は罪深いことをします。

 

互いのことを思いつつも、すれ違いから誤解を生み、歯車が狂いだした末に、運命のいたずらによって引き裂かれていく様を見ると、任侠映画が男同士のメロドラマのように思えてきました。

 

 

クライム101 公式サイト

 

チラシより

アメリカ西海岸線を走るハイウェイ〈101〉号線上で、数百万ドルの宝石が消える強盗事件が多発。4年間にも及ぶデーヴィスの犯行は一切のミスがなく完璧だったが、人生最大の大金を得るために高額商品を扱う保険会社に勤めるシャロンに接触し、共謀を持ちかけたことから思わぬ綻びを見せ始める。1,100万ドル(約16憶円)の宝石をターゲットに、シャロンとの裏取引は成功したかのように見えたが、犯罪組織からの追跡や警察内部の陰謀、そしてルー刑事の執拗な捜査網にそれぞれの思惑が絡み合い、デーヴィスの完璧だった犯罪計画とルールが崩れていく---。

 

製作:アメリカ

監督・脚本:バート・レイトン

原作:ドン・ウィンズロウ

撮影:エリック・アレキサンダー・ウィルソン

美術:スコット・ドゥーガン

音楽:ブランク・マス

出演:クリス・ヘムズワース マーク・ラファロ バリー・コーガン モニカ・バルバロ

              コーリー・ホーキンズ ジェニファー・ジェイソン・リー ニック・ノルティ

               ハル・ベリー

2026年2月13日公開

 

映画は荒仕事をする無鉄砲な若造オーモン(バリー・コーガン)、デーヴィスの恋人マヤ(モニカ・バルバロ)も登場しますが、犯罪者のデーヴィス(クリス・ヘムズワース)、保険会社勤務のシャロン(ハル・ベリー)、刑事のルー(マーク・ラファロ)の三者を中心に物語が展開されます。犯罪組織の元締めマネー(ニック・ノルティ)から理不尽な要求をされたり、組織の中で不遇を託っていたりと、3人はいずれも鬱屈を抱えています。

 

デーヴィスは一匹狼の犯罪者で、ハッカーから情報を仕入れ、ブツを奪った後、犯罪組織にブツを流して生計を立てています。彼には悪党や金持ちしか狙わず、決して殺さず、痕跡を残さないことを自分のルールに課しています。また、過去の出来事から人との接触を極力避け、恋人ができても目を真っ直ぐには見ることができないナイーブな面があり、自分を深く知られるのを怖れています。

 

一方、シャロンは保険会社に勤務している堅気の女性。ただし、勤務数が長く実績があるにも関わらず、昇進が叶わないことでストレスを抱えながら過ごしています。デーヴィスが彼女に接触し計画を打ち明けた際には、情報を流すのを一度は断ったものの、顧客から契約が取れそうだった案件を上司からの指示で新人女性に譲らなければならなくなったことで一線を踏み越えようとします。

 

刑事のルーは熟年離婚の危機を抱え、仕事に関しても組織の中で浮いた存在になっています。彼は101号線で起きる犯罪は、同一犯と主張しているにも関わらず、捜査方針と異なることから上司のウケは良くありません。また、同僚が強盗犯を発砲した際に、現場で工作したのを目撃し、上司から黙っているよう圧力をかけられたことで、更に不満が溜まってきます。

 

このように三者三様の事情があり、三人がどのように絡んでくるかが見どころのひとつになってきます。更に、荒っぽい仕事をするオーモンがデーヴィスの計画を搔き乱し、自分の身を決して明かそうとしないデーヴィスに業を煮やす恋人のマヤとの恋の行方も、話に彩を添えています。

 

デーヴィスは最後の大仕事を終えた後、この世界から足を洗うつもりでいます。しかし、シャロンの口からデーヴィスの計画はオーモンとルーに漏れている状態。デーヴィスにとってはロクな結末にしかならないのは目に見えていますが、果たして?

 

デーヴィス、シャロン、ルーの3人はある意味追いつめられた状況にあり、各自がある一線を超えることによって、新たな一歩を踏み出そうとする物語になっています。クライムサスペンスやフィルムノワールは、しばしば悲劇的な結末を迎えますが、この映画では3人とも巧みな着地の仕方で終わらせていて、爽やかな余韻を残しました。

ブゴニア 公式サイト

 

チラシより

人気絶頂のカリスマ経営者として脚光を浴びるミシェル(エマ・ストーン)が誘拐された。犯人は、陰謀論に心酔するテディ(ジェシー・プレモンス)とドン(エイダン・デルビス)の2人組。ミシェルを、地球を侵略しにきた宇宙人だと信じてやまない彼らの要求はただ一つ。「地球から手を引け」。彼らの馬鹿げた要望を一蹴するミシェルだが、事態は思わぬ方向へと加速していき---。

 

製作:アイルランド イギリス カナダ 韓国 アメリカ

監督:ヨルゴス・ランティモス

脚本:ウィル・トレイシー

撮影:ロビー・ライアン

美術:ジェームズ・プライス

音楽:イエルスキン・フェンドリックス

出演:エマ・ストーン ジェシー・プレモンス エイダン・デルビス

2026年2月13日公開

 

ヨルゴス・ランティモス監督は一風変わった作品を撮り続けていて、「籠の中の乙女」から劇場鑑賞しているこちらとしては、ある程度耐性はついているつもりでいました。でも、甘かった(笑)。冒頭の5分でハズレを引いたと直感し、暫くは拷問と思えるほどの退屈さを味わわされました。

 

トンデモ陰謀論を信じるようになったテディの背景が分かってきても、物語が停滞している空気は拭えず、僅かにミシェルがテディに対して解放を促す巧みな交渉術のみが見ものでした。それでも、警察官のケイシーがミシェルの監禁されているテディの自宅を訪問する辺りから漸く話が動き出します。

 

テディがケイシーを連れて外に出ている間、相棒のドンはミシェルを見張り、その間に起きる出来事は完全に意表を突かれましたよ。ミヒャエル・ハネケの「隠された記憶」を観た時以来、そのタイミングでそれをするか!と言いたくなる衝撃度(或いは笑撃度かも)で、個人的にはこの映画の一番の見せ場でしたね。

 

このクライマックスを見せられた後は、ミシェルが果たして自由の身になるかどうかの興味しか湧かず、これもほぼ想定内でした。ただし、作り手は事が一段落した後にもうひとヒネリ加えてきて、悲惨なことが起きているにも関わらず、私には茶番劇のように感じて嗤うほかありませんでした。

 

監督にヨルゴス・ランティモス、プロデューサーにアリ・アスターと、一癖も二癖もある監督が組んだことで一筋縄では行かぬ映画と思っていましたが、予想していた以上に劇薬でした(笑)。

ラピュタ阿佐ヶ谷

血湧き肉躍る任侠映画 其の弐 より

 

製作:東映

監督:降旗康男

脚本:村尾昭

撮影:星島一郎

美術:北川弘

音楽:菊池俊輔

出演:菅原文太 待田京介 志村喬 田村奈巳

              山城新伍 名和宏 安部徹 藤純子 若山富三郎

1969年2月1日公開

 

府中刑務所を出所した勝又五郎(菅原文太)は、有り金を掏られて困っていたところ、荒尾組の福地(待田京介)に救われました。その頃、荒尾組は新宿を仕切る岩上一家の縄張りを狙い、福地は組長の荒尾(安部徹)から岩上(山岡徹也)を殺すよう命ぜられます。福地が窮地に陥っていたところ、今度は五郎が彼を助けたため、二人は義兄弟の盃を交わします。

 

福地は五郎に荒尾組に入ることを勧めますが、組織の束縛を嫌う五郎は断ります。そればかりか、彼を慕ってきた愚連隊のヤッパの政(山城新伍)、まさる(石橋蓮司)、ゴロ竹(小林稔侍)、ドモリの貞(砂塚秀夫)と共に荒尾組の縄張で、客を集め競馬の賭けをやったことで、荒尾組幹部の拝島(名和宏)の怒りを買います。

 

五郎は拝島から売上金を奪われた上に、けじめを取るため50万円を要求されます。福地は金策に困る五郎をみかね、密かに50万円を工面し五郎と組の顔を立てます。五郎は荒尾組を怒らせたことにも懲りず、掏摸の湯浅(大辻伺郎)を仲間に加え手形のパクリを企てます。

 

東京金属化学に目をつけた五郎は、関東銀行の支店長の友人と偽り、銀行の応接室で3000万円の取引を承知させ手形を受取ると、その場から逃走しました。ところが荒尾組は五郎たちの手口を見抜き、手形の処分を任せるよう迫るのですが・・・。

 

個人的には菅原文太が情緒的で演出過多の従来の任侠路線には否定的で、『現代やくざ』『まむしの兄弟』シリーズのような組織に属さないアウトローを演じてきたように見えました。『仁義なき戦い』でも義理人情の世界を冷ややかに見る広能を演じてきており、意図して鶴田浩二、高倉健とは一線を画す存在になったように思えました。

 

本作でも如何にも組織に属するのは無理と思えるキャラクターで、組織に身を置く待田京介とは対照的な立ち位置になっています。性格は正反対ながらも、妙にウマが合うことで二人は義兄弟の盃を交わします。ところが、文太が待田の所属する組の縄張りを荒らしたことで、待田が義兄弟と組の板挟みになります。こうした構図は従来の任侠路線を踏まえた作りになっています。

 

文太は服役前に知り合った喫茶店のオルガン弾きをしていた藤純子のことが忘れられず、出所してからも暇を見ては彼女を探しています。文太を好いている女と出逢ったにも関わらず、藤の面影を追い続けているため深い関係にはならずにいます。そんな文太が殴り込みをかける直前に、一家団欒の藤の姿を目に留める場面は、巧みな泣かせの演出でした。

 

群れを好まない文太でしたが、ひょんなきっかけから仲間ができます。5人の仲間はコメディリリーフの山城新伍を始め、石橋蓮司、小林稔侍、砂塚秀夫、大辻伺郎とそれぞれいい味を出していました。

 

待田が文太を始末しなければならない状況にまで追い込まれたところに、待田の叔父貴にあたる若山富三郎が現れ仲裁に入ります。この映画での若山はおいしい役どころで文太と待田に理解を示す一方で、安部徹の心変わりに怒りを覚え、最後には壮絶な死の見せ場を作っています。また、流しのギターに合わせて、フランク永井の「夜霧に消えたチャコ」を歌う場面も貴重でした。

 

この映画は菅原文太のキャラクターは従来の任侠路線から逸脱しているにも関わらず、作品の作りは義理と人情の東映任侠映画からは脱却できていなく、結局従来のパターンに嵌ってしまったのが惜しまれます。それでも、後年の「人斬り与太」「狂犬三兄弟」や『仁義なき戦い』シリーズに繋がることを思えば、重要な作品だったように思います。

 

 

 

DVDあらすじより

広大なアメリカの人里離れたハイウェイ。ぴかぴかの真っ赤な最新型ランドクルーザー・チェロキーに乗っているのはテイラー夫妻。ジェフとエミーだ。引越しのためのドライブの途中、砂漠の真ん中の一本道<ルート15>で予期せぬ災難に見舞われた。照りつける真夏の太陽の下、新品の車が止まってしまったのだった。そんな苦境に救いの神が通りかかる。18輪巨大トレーラーを運転しているレッドは、エミーを電話のある場所まで連れていってくれるという。しかしそれがエミーの姿を見る最後になってしまう・・・。

 

製作:アメリカ

監督・原案:ジョナサン・モストゥ

脚本:サム・モンゴメリー ジョナサン・モストゥ

撮影:ダグ・ミルサム

美術:ヴィクトリア・ポール

音楽:バジル・ポールデュリス

出演:カート・ラッセル J・T・ウォルシュ キャサリン・クインラン

1998年1月24日公開

 

昨年「ロードゲーム」を観た後に、ふいにこの映画のことを思い出しました。公開時に観たきりなので、忘れている箇所は多かったですが、女房を必死に探すカート・ラッセルの執念深さだけは憶えていました。

 

見ず知らずの男が運転するトレーラーに、女房を乗せる選択は難しかったと思います。普段であれば乗るのを躊躇するでしょうが、電波の届きにくい地区ではロードサーヴィスの保険会社に連絡をとることもままならず、炎天下の中であまり車の通らない砂漠道に残される状況は辛い。

 

また、故障した車が新車だったため置いたままにしておくことはできず、近くのダイナーに固定電話があると言われたら、ついそこまで送ってもらう気になる心理は理解できます。

 

おまけに車が故障しトレーラーが通りかかるまで、夫婦は車に長時間乗っていたこともあって険悪な雰囲気になりかけていて、女房のエミーとしては夫とすこしばかり離れることで頭を冷やしたい気になったとしてもおかしくはありません。

 

更に故障した直後、ガソリンスタンドで因縁をつけてきた男の車が近づいてくる気配があったため、助けを求めるような気持でトレーラーを停めたことも、エミーが同乗する気になったことに大きく作用しています。

 

このようにエミーが行方不明になるまでの過程が丹念に描かれているので、その後の展開もスンナリ入ってきます。待てど暮らせどエミーが戻ってこないため、故障個所を直したジェフはトレーラーの運転手から教えられたダイナーに行ってみます。

 

しかし、エミーが立ち寄った形跡がないばかりか、その店はヨソ者に排他的な雰囲気があり途方に暮れます。尤も、店主からすれば注文もせずに質問ばかり浴びせられれば、ぞんざいな対応をするのも分からなくはありませんよ。

 

ジェフは店の駐車場に居た少々頭の足りなそうな若者から、街ぐるみで犯罪を行なっていることを仄めかされ、益々疑心暗鬼に陥ります。ジェフは若者から聞かされたトレーラーの方角に向かうと、トレーラーを見つけ強引に停めさせます。

 

ジェフはエミーをどうしたと問い詰めますが、男はそんな女を乗せた覚えはないとシラを切ります。男の答えでは埒が明かず、ジェフは通りかかった保安官に訴え、トレーラーを調べてもらいます。しかし、エミーを乗せた痕跡はなく、保安官はジェフに失踪届を提出するよう促します。

 

観客にはトレーラーの運転手が犯罪に関わっていることは明白なのですが、事情を知らない者からすると、取り乱すジェフに比べ、冷静な対応をする分、トレーラーの運転手の証言のほうに信憑性が高いと思えてきます。この辺りの作り手の演出も巧みです。

 

ジェフは保安官の勧めに従って保安官事務所に行き、そこで壁一面に貼られた夥しい数の失踪者の情報を求めるチラシを目にします。この時点でエミーの身に何が起きたのかは概ね想像できます。

 

初見時には大掛かりなグループの犯行の印象があったのですが、二度目に観ると意外としょぼい人数だったことが確認できました。また、今回の鑑賞ではスリラー、サスペンスの類の映画にしては、意外とカーアクションが多かったことも印象に残りました。封切り時には拾い物の映画と思いましたが、二度目にはその理由も事件が起きる前の丹念な描写にあったと納得しました。

教授のおかしな妄想殺人 公式サイト

 

DVDジャケットあらすじより

容姿端麗・成績優秀、ボーイフレンドとの仲も順調なジル(エマ・ストーン)は、赴任したての影のある哲学教授エイブ(ホアキン・フェニックス)に興味を抱く。だが厭世的で悲観的なエイブは、ジルからのアプローチにも全く動じない。ジルはそんなエイブにますます夢中になっていく。そんなある日、たまたま立ち寄ったダイナーで迷惑な悪徳判事の噂を耳にした瞬間、エイブの脳裏に突拍子もない考えがひらめく。それは誰にも疑われることなく、自らの手で判事を殺害するという完全犯罪への挑戦----。はたして2人の運命は?

 

製作:アメリカ

監督・脚本:ウディ・アレン

撮影:ダリウス・コンジ

美術:サント・ロカスト

出演:ホアキン・フェニックス エマ・ストーン

             パーカー・ポージー ジェイミー・ブラックリー

2016年6月11日公開

 

大学に赴任してきたエイブは人妻のリタから誘いをかけられ、女学生のジルにも興味本位から言い寄られるという結構なご身分。でも、彼は妻の浮気と友人の死によって不能状態になっていて、女性二人の求めに応じることができません。

 

ところが、離婚裁判で二児の母親に不利な判決を下そうとする判事の存在を知り、世直しのために判事の殺害計画を練り始めたことから、生きる意欲が湧いてきて、性行為に関しても回復傾向が見られるようになります。

 

彼は判事の習慣を見極めた上で、青酸カリを使って殺害することに成功します。エイブは判事との接点が全くないため、疑われることはありませんでしたが、やがてリタを介してジルは彼に疑いを向けるようになるというのが、大筋の流れ。教授が完全犯罪を目論もうとする点では、フリッツ・ラングの「飾窓の女」を連想させます。

 

「飾窓の女」はオチがありきたりながらも、理論上の犯罪と実際の犯罪は如何に違うかを楽しく見せていました。その点に関して、本作は厭世的な哲学科の教授が、二児の母親を救うため、悪徳判事を殺害しようとすることで、生きる意味を見出す方向に向かうため、劇中の犯罪はやや刺身のつま扱いになっています。

 

エイブは扱いにくい人物ですが、ジルもエイブと恋人のロイの二股をかける女性であり、ロイに対して悪いと言いつつも、そのことにあまり罪の意識を感じている様子は見られません。一般人と違う感覚を持っているのかと思っていると、エイブへの疑惑が深まるにつれ、そこは常識的な判断を下そうとします。

 

エイブとしては殺人を実行したことによって、せっかく充実した人生が送れると思っていた矢先、犯行に気づいたジルが自首を勧めるため、彼女の口を止めねばならない状況に置かれます。

 

ここから先は言わぬが花ですが、ミステリーとして弱かった本作もオチのおかげで、ややスッキリさせられました。ただし、同じウディ・アレンのミステリー映画ならば、「マッチポイント」のほうが遥かに見応えがありました。

 

 

いずれも初読みの作家です。

 

失われた貌 櫻田智也

 

新潮社サイトより

山奥で、顔を潰され、歯を抜かれ、手首から先を切り落とされた死体が発見された。事件報道後、警察署に小学生が訪れ、死体は「自分のお父さんかもしれない」と言う。彼の父親は十年前に失踪し、失踪宣告を受けていた。無関係に見えた出来事が絡み合い、現在と過去を飲み込んで、事件は思いがけない方向へ膨らみ始める。

 

本書は各誌が年末に行なうミステリーのランキング特集で1位を総なめにした警察小説です。昨年は伏尾美紀の「百年の時効」も刊行されていて、奇しくも警察小説の歴史に残る二大傑作が読者に届けられた年として記憶に刻まれるでしょう。スケールの大きさでは「百年の時効」に及ばないものの、こちらは語り口の巧みさと人物造形に秀でています。そこまで回収するかと思う程、繊細な伏線の張り方も見事ですが、十中八九決まりと思われた真相に、更にもうひとヒネリ加える芸の細かさにも唸らされました。往年の社会派推理小説を思わせる地道な捜査も味わいがあり、警察組織の軋轢さえも滋味深い物語にしています。警察小説はとかく登場人物のキャラクターをおざなりされがちですが、本書は端役と思える登場人物にまで惹きつけられます。例えば皮肉屋のバーのマスターは、原尞の『沢崎探偵』シリーズにおける主人公を彷彿させ、裁判で悪徳探偵と関わった法律事務所の弁護士も掴みどころがなく、それでいて茶目っ気を見せるなど、読んでいて楽しくなります。また、父親の行方を探す少年と堅物刑事とのささやかな交流は、自然と警察官の矜持と優しさが滲み出ています。警察小説が好みならば、「百年の時効」同様に必読の書となるでしょう。

 

エディシオン・クリティーク 高田大介

 

WEB別冊文藝春秋サイトより

東京で編集者として働く真理。群馬の山奥で失われたテクストの復元に勤しむ文献学者・嵯峨野修理。修理と離婚した後も、修理の母・妙を慕って嵯峨野邸に入り浸る真理だったが……。

 

本書は編集者の真理が語り手となって、前夫の文献学者の修理が本に纏わる謎を読み解く短編集です。ただし、美味しそうな食に関する蘊蓄や元嫁と元姑とのほのぼのとした日常などで、本題に入るまでの前置きが長い(笑)。真理は夫と別れても、婚家だった嵯峨野家に入り浸っていて、距離を置いた分、前夫より結婚中より良好な関係を保ち、姑の妙とも仲が良いです。この辺りの関係は、ディック・フランシスの『競馬』シリーズにおける、元騎手で調査員のシッド・ハーレーと義父のロランド卿を連想させます。一方、実母の汐路は娘が嵯峨野家と縁が切れないことを苦々しく思っていて、修理に気のある妹の佐江も二人の関係にやきもきすると言った具合に、ミステリー部分より登場人物の関係性に目が向きがち。著者は小説家であると共に、印欧語比較文法・対照言語学の研究者でもあるため、専門知識を必要とするミステリーの部分は、学のない私には些か辛いものがありました。それでも古書店で辞書を買い上げた人物を特定し、買い上げた目的まで読み解く過程などは面白く読めました。また、古書に挟まれた手書きの正誤表は、知識をひけらかすのではなく、より良い本を作ってもらいたい願いが込められていることも、学者らしい視点で頷けるものがありました。Xにつけられるコミュニティノートも斯くありたいですね。

 

朝からブルマンの男 水見はがね

 

東京創元社サイトより

一杯二千円もするコーヒーを週に三度注文しては、飲み残していく客「朝からブルマンの男」、途中下車して遅刻しそうだった友人が、先に行った自分となぜか同時に高校入試の会場に到着した「受験の朝のドッペルゲンガー」、単身赴任中の父親が帰宅する金曜日の夕食だけ味が落ちるという、郷土料理研究会の会員宅のご飯の秘密「ウミガメのごはん」など、桜戸大学ミステリ研究会の二人組が出合った謎を描く全五編を収録。

 

本書は女子大生二人が日常のちょっとした謎から、その奥に潜む真相を手繰り寄せる短編集で、事件性のあるものもあれば、他愛ない真実に拍子抜けするものも混じっています。本題に入る前のマクラも良く練られています。コナン・ドイルの「赤毛連盟」、江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」、ウミガメのスープを食べた男がその直後に自殺した謎かけ、西村京太郎の「蜜月列車殺人事件」と上野東京ラインの高架線ができた経緯等を引用しながら、読者を巧みに物語に引き摺りこんでいきます。また、思慮深く優秀な探偵役の葉山緑里と、想像力豊かで少々ポンコツな助手役の冬木志亜は、対照的なキャラクターでありながら、互いに無くてはならない存在であることが示されている点も、心地良さを感じさせます。表題作はブルーマウンテンではなくそちらに仕掛けがあったのか!と感嘆し、「学生寮の幽霊」では一瞬バブル期を思い出させ、「ウミガメのごはん」では関西人の旺盛なサーヴィス精神にほっこりさせられました。そして、「受験の朝のドッペルゲンガー」は誤解が解けたことに温かい気持ちにさせられ、「きみはリービッヒ」は共同研究を通じて異体性の存在を発見したリービッヒとヴェーラーの関係性を、そのまま志亜と緑里に重ね合わせたくなりました。

ラピュタ阿佐ヶ谷

血湧き肉躍る任侠映画 其の弐 より

 

製作:東映

監督:小沢茂弘

脚本:小沢茂弘 笠原和夫

撮影:鈴木重平

美術:大門恒夫

音楽:津島利章

出演:鶴田浩二 藤山寛美 山本麟一 待田京介 天津敏 若山富三郎 工藤堅太郎 藤純子

1966年11月19日公開

 

左目の潰れている匕首居合の名人半次郎(鶴田浩二)、隻腕の拳銃使いの鉄砲松(藤山寛美)、盲目の吹針の達人猪の勝(待田京介)、右足に義足をはめた拳法の達人一貫(山本麟一)は、一貫の弟鉄山(若山富三郎)の出所を祝うため金を稼いでいました。ところが、鉄砲松が不用意に刑事に発砲したことから、四人は警察に追われる身となります。それでも、彼らは金森木材の職人が難儀しているところを助けたため、女主人あき(藤純子)からもてなしを受けます。

 

一方、あきの弟林太郎(工藤堅太郎)は芸者梅千代(三島ゆり子)を身請けしようとして、姉に金の無心をしていました。しかし、梅千代の裏には金森木材のライバル岩崎木材の岩崎源之助(天津敏)が居たため、あきは色好い返事をしませんでした。その頃、金森木材と岩崎木材は県有林の払い下げの権利を競っていました。結果的にあきの店に落札されましたが、岩崎は林太郎が梅千代に執心しているのを利用して、県有林の払い下げの権利を奪おうとします。

 

また、一貫は鉄山と再会したものの、弟が既に1年前に出所して岩源一家に用心棒として雇われていることを知らずにいました。ある日金森木材を融資している大岡嘉平(田中春男)が何者かに殺され、容疑が林太郎にかかり逮捕されます。半次郎は林太郎の無実を信じ脱獄させますが、資金の道を断たれたあきは苦境に陥ります。半次郎は世話になったあきのために、ひと肌脱ごうとするのですが・・・。

 

身体障碍者ばかりの渡世人を描いた「博徒七人」の二匹目のドジョウを狙ったのかは不明ですが、本作も身体にハンデを背負ったやくざ者たちの活躍が観られます。ただし、題名にあるお尋ね者は冤罪の工藤堅太郎と田中春男を殺した若山富三郎を含めても一人足りませんし、身体障碍者に関しても顔に痣のある工藤堅太郎を入れたとしても五人しか居なく、看板に偽りありと言いたくなります。

 

それはともかく、人間性に問題はあっても腕は確かな小沢茂弘が監督し、数々の名作を放った笠原和夫が脚本を手掛けているだけあって、手堅い任侠映画に仕上がっています。ただし、4人のやくざ者が身体障碍者という以外は特徴がなく、従来の任侠映画を踏まえた作りになっているため目新しさはありません。したがって、見どころは役者の芝居にかかってきます。

 

前作の「博徒七人」の鶴田浩二はやや金にがめつい面があり、その点は新鮮でしたが、今回は従来の筋を通す渡世人に徹しています。コメディーリリーフの藤山寛美も拳銃使いを除けばいつも通り笑いを取る役で、陽性キャラの待田京介と絡む場面が多くなっています。身体障碍者同士が障碍ネタで罵り観客を笑わせる辺り、当時の表現に関しての大らかさが伝わってきますね。

 

今回注目したのは山本麟一。弟想いの兄が実にチャーミングで、名古屋弁の台詞と相まって可愛らしく思えてきます(笑)。しかも、弟役が若山富三郎と言うのもポイントが高い。仲間と弟との板挟みになる上に、悪役の天津敏に対しても弟が世話になった恩義があり、渡世人として義理を果たす必要に迫られる美味しい役を演じていました。

 

紅一点の藤純子は、材木屋の女主人にしては、彼女の実年齢を考えると些か若すぎる感じがして、同じ東映所属の女優ならば6歳年上の佐久間良子が適役のように思えました。普段より厚化粧気味だったのは年齢を高く見せようとしたためでしょうか?

 

プログラムピクチャーは撮影所システムのおかげで、量が質を担保する面もありました。とは言え、同じジャンルばかりを撮っていれば、観客に飽きられるのは自明の理。東映の看板であった任侠映画も乱作が祟り、勢いに陰りが出始めていました。手を変え、品を変えても、その流れを押しとどめることはできなかったようで、この身体障碍者のシリーズも二作で打ち止めになりました。

 

 

 

HELP 復讐島 公式サイト

 

チラシより

コンサル会社の戦略チームで働くリンダは、誰よりも数字に強く有能。しかし、新たな上司となったブラッドリーはパワハラ気質で、仕事はできるが不器用な彼女は早速、目をつけられてしまう。ある日、出張中の飛行機事故によって、リンダはブラッドリーと無人島で二人きりになってしまう・・・!絶体絶命の状況の中、唯一の趣味であるアウトドアの知識を生かしながら、無人島に適応していくリンダと、ケガで自由に動けないブラッドリー。それでも以前と変わらず上から目線で命令を繰り返す彼に、リンダは「もうオフィスはないのよ」と冷酷に告げる---。そして、彼女の心の奥底に溜まっていた復讐心が、ついにあふれ出す。立場や上下関係が次々と逆転するその先には、誰ひとり予想できない“大どんでん返し”が待ち受けていた。

 

製作:アメリカ

監督:サム・ライミ

脚本:ダミアン・シャノン マーク・スウィフト

撮影:ビル・ポープ

美術:イアン・グレイシー

音楽:ダニー・エルフマン

出演:レイチェル・マクアダムス ディラン・オブライエン

              エディル・イスマイル デニス・ヘイスバート

2026年1月30日公開

 

その昔、「流されて・・・」というイタリア映画がありまして、そちらはブルジョワジーの奥方と召使の男が地中海の孤島に漂着して、立場が逆転する話でした。本作は男と女の立ち位置を入れ換えて、パワハラ新社長に嘲られた女性社員が、飛行機事故によって九死に一生を得た後、無人島に辿り着いたことから、社長に意趣返しをする物語になっていました。

 

リンダは数字に強く仕事に関しても有能なことから社長に気に入られて、副社長の椅子を約束されていましたが、社長の急死によって息子のブラッドリーが引き継ぐことになり冷遇されます。リンダ自身も仲間と巧く溶け込めず、自己アピールが強すぎることもあって、社内では浮いていて、部長職の割には周囲から軽く見られがちにされています。

 

ブラッドリーはかなり問題のある人物ですが、実務に関しては有能でも管理職に向いているとは限らず、必ずしも彼がリンダの昇進を見送ったのは間違いとも言い切れません。尤も仕事中にゴルフのパッティングの練習をする最高責任者や、世渡りだけ巧く仕事のできない社員が優遇される風通しの悪い企業は、遅かれ早かれ潰れる運命にあると思いますけどね(笑)。

 

リンダは重役たちと共にタイに出張しますが、その道中で飛行機のトラブルに見舞われます。幹部たちがロクデナシばかりなので、飛行機事故の際の浅ましいほどの彼らの描写は、笑えるくらいスカッとします。

 

結局生存者はリンダとブラッドリーのみで、二人は否応なく無人島での生活を強いられます。アウトドアを趣味にしているリンダは、無人島での暮らしにすぐさま適応できたのに対し、ブラッドリーは自分の置かれた立場を弁えず相変わらず彼女に対して支配する態度を取り続けます。

 

勿論、リンダはブラッドリーには従わず、自分が居ないとどうなるかこれ見よがしに苦痛を味わわせ、立場が逆転したことを思い知らせます。ブラッドリーは腸が煮えくり返り、彼女に殺意を抱いてもおかしくないのですが、リンダなしでは自分も生き残れないため従わざるを得ません。

 

リンダにあまり危機感や悲壮感が見られないのは、自分が支配する側に回ったことも大きいでしょう。そのことだけではなく、彼女が島に関してある情報を握ったからであり、ブラッドリーをある場所に近づけさせないため布石も打ちます。

 

ところが、リンダにとって予想だにしなかった出来事が起きます。その結果、彼女の本性が露わになり、徐々にホラーの要素も濃くなってきます。島の秘密に関しては都合良過ぎてしらける上に、結末も皮肉が利いているとは思えませんが、支配と服従が逆転する話としては、笑える箇所もあって結構楽しめました。また、仕事が評価されず鬱屈を抱える女性の映画としては、同じサム・ライミの手掛けた「スペル」とも親和性が高いように思えましたね。

 

劇中でリンダがアゲアゲになるブロンディの曲

 

 

ランニング・マン 公式サイト

 

チラシより

職を失い、娘の治療費に困るベンは、巨額の賞金が得られるというリアリティショー「ランニング・マン」に参加する。しかしその実態は、殺人ハンターの追跡に加え、全視聴者すら敵になる、捕まれば即死の30日間の“鬼ごっこ”、生存者ゼロの究極のデスゲームだった。

 

製作:アメリカ イギリス

監督:エドガー・ライト

脚本:マイケル・バコール エドガー・ライト

原作:スティーヴン・キング

撮影:チョン・ジョンフン

美術:マーカス・ローランド

音楽:スティーブン・プライス

出演:グレン・パウエル ジョシュ・ブローリン コールマン・ドミンゴ

             ウィリアム・M・メイシー リー・ペイス マイケル・セラ

              エミリア・ジョーンズ ダニエル・エズラ

2026年1月30日公開

 

アーノルド・シュワルツェネッガーが主演したオリジナルの「バトルランナー」は未見ですが、正直あまりそそられる映画ではありませんでした。それでも、エドガー・ライトが監督を手掛け、地元のシネコンでも公開されたため、劇場まで足を運ぶ気になりました。

 

舞台はアメリカにも関わらず、極端な格差の上に、政府を批判するデモや労働運動は禁止され、監視体制の敷かれた管理社会。寧ろ、日本のお隣の国に相応しいディストピアの物語が繰り広げられます。

 

国民の不満を逸らすのが目的かどうか定かでありませんが、刺激的なゲームを見せることで、視聴者を釘付けにしているのが大規模な“鬼ごっこ”をする番組の「ランニング・マン」。30日間逃げおおせれば多額の報酬を得られる一方、ハンターに捕獲されればその場で処刑される残酷なルールが科せられます。しかも、逃走者の有力な情報を提供した者にも、賞金が与えられるという、密告を推奨するような嫌な番組(笑)。

 

こんなモラルもへったくれもない番組に参加するのは、勿論、生活に困窮する社会の底辺に居る人々。主人公のベン・リチャーズは会社の不正を摘発したことで解雇された経緯があり、幼い娘の薬代を稼ぐためデスゲームに参加せざるを得なくなります。

 

逃走者は身を隠そうにも街の到る所に監視カメラが設置されているだけでなく、視聴者が常に目を光らせている圧倒的に不利な状況に置かれています。更に定期的に自分が生きていることを証明するビデオを送ることが義務づけられていて、ハンターが投函先から痕跡を辿りやすい仕組みになっています。

 

前半はこの“鬼ごっこ”の攻防で面白く観られたものの、途中からはさすがに飽きてきます。また、劇中では番組を告発する動画配信者らしき人物も現れますが、人々が情報をテレビのみに頼っている様子は、さすがに現在からすると違和感が生じます。スティーヴン・キングの原作はSNSが普及していない時代に書かれたことを考慮すれば、この部分はもっと現代的に書き換えて良かったように思いますね。ただ、テレビが情報操作や印象操作をする点は昔から変わっておらず、そこだけは妙にリアルでしたけど・・・。

 

この映画では散々主人公を振り回した悪徳プロデューサーのダン・キリアンを如何にギャフンと言わせ、観客に快感を与えるのが一番の見どころとなります。一応娯楽作の定石に則った結末になっているとは言え、世論を味方につける決定的な場面に欠け、世論がなし崩し的に主人公に靡いたように映った点に物足りなさを感じてしまいました。

 

劇中ではストーンズのカバー曲が使われていましたね