とんかつ屋の親爺とその周囲を描く群像人情喜劇 「喜劇 とんかつ一代」を観て | パンクフロイドのブログ

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ラピュタ阿佐ヶ谷

美味しい映画をめしあがれ より

 

製作:東京映画

配給:東宝

監督:川島雄三

脚本:柳沢類寿

原作:八住利雄

撮影:岡崎宏三

美術:小野友滋

音楽:松井八郎

出演:森繁久彌 淡島千景 加東大介 フランキー堺 三木のり平 山茶花究 木暮実千代

1963年4月10日公開

 

上野本牧町の一角にとんかつ屋の「とんQ」が店を構えていました。店主の久作(森繁久彌)は「青龍軒」のフランス料理で鍛えた腕前の持ち主でしたが、ある理由で店を辞め独立したのでした。女房の柿江(淡島千景)の兄は、青龍軒のコック長伝次(加東大介)で、久作にコック長の跡を継がせようと考えていただけに、久作の独立は裏切りと思え、それ以来絶縁状態にありました。

 

その伝次の悩みの種は息子の伸一(フランキー堺)で、「青龍軒」で働いていたにも関わらず、修行中に店を辞めていました。しかもあろうことか店を辞めた後に、現在の女房おくめ(木暮実千代)と取り合った衣笠大陸(益田喜頓)の下で働いたことから、こちらも親子の縁を切っていました。

 

伝次の後妻のおくめには連れ子の琴江(池内淳子)がいます。彼女は気だてのよい美人でありながら、クロレラを研究している貧乏学者の復二(三木のり平)のもとへ嫁ぎ、クロレラを原料にした料理を作っては毎日食卓に出していました。

 

また、とん久に豚肉を出荷する精肉業者の仙太郎(山茶花究)は、年頃の娘のとり子(団令子)が心配でならず、厳しい門限を彼女に科していました。上野のれん会に勤める現代娘のとり子は、そんな父親に反発もせず、ちゃっかり伸一と恋仲になり、昼間に連込みホテルにしけこむほど大胆不敵な娘です。

 

一方、芸妓のりんご(水谷良重)は何人もの男を誑かしながらも、どの男が彼女に本気なのか測りかねていました。そこで、発明家でもある復二に噓発見器を造らせ、久作と衣笠の真意を試そうとします。

 

そんな折、伝次は衣笠の二号の娘・初子(横山道代)に調理場を荒らされ怒り狂います。更に「青龍軒」の経営者が代わり、その人物が衣笠であることを知ると、伝次は店を辞めようとします・・・。

 

本作は上野動物園界隈の下町を描いた人情喜劇です。伝次がコック長を務める「精龍軒」は動物園が近いため、時折動物の鳴き声も聞こえてきます。人間関係が入り乱れているにも関わらず、川島雄三のテキパキとした演出によって、考える暇を与えることなく次々と笑いが繰り出されるため、観客も自ずと映画のリズムに乗せられてしまいます。

 

加えて芸達者ばかりが出演しているため、役者の芝居を見るだけでも楽しめます。森繁久彌と淡島千景の夫婦役は「夫婦善哉」の経験で息もぴったり。脇役陣も頑固親爺の加東大介、軽妙なフランキー堺、クロレラ料理ばかりを口にする一方で女房に隠れてとんかつを食う三木のり平、食文化の研究に来日したフランス人の岡田真澄、成金なのに物腰が柔らかな益田喜頓、男を手玉に取る芸妓の水谷良重、クロレラばかり食べさせられる娘の健康を心配する木暮実千代、いかれポンチの横山道代など、適材適所に役を振り分けています。

 

その中でも潔癖症の山茶花究と恋愛観が自由すぎる団令子の父娘は出色。精肉業を営む山茶花は屠殺コンクールで優秀な成績を上げている反面、どこにでもアルコールの消毒液を携帯する程の潔癖の持ち主。更にひとたび棒を持つと、畜殺の本能が働き暴力的になる危険人物。

 

一方、娘役の団令子はフランキー堺と恋仲でありながら、結婚の意志は全くなく、恋人が横山道代と婚約しても一向に動ぜず、いずれ自分の元に帰ってくる自信のある女。また、昼の短い休憩時間を利用して、横山の母親が経営する連れ込みホテルを使って、フランキーといたす強者。昭和30年代でこうした開放的な女性キャラクターは珍しいです。

 

この映画ではスラップスティックシーンでの笑いも然ることながら、誤解から人間関係が拗れる笑いもあり、これを如何に解きほぐすのかも見どころのひとつです。川島雄三の捌き方は巧みで、柿江が兄の伝次に、夫の久作が「青龍軒」を辞めた本当の理由を告げる場面なぞはホロリとさせられます。同じ頃に小津安二郎の「小早川家の秋」を観たこともあって、映画全盛時に味のある喜劇をリアルタイムで接することのできた世代を、少しばかり羨ましく思いました。