息子と関係の巧く行っていない父親が補導委託を引き受け・・・柚月裕子「風に立つ」を読んで | パンクフロイドのブログ

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岩手県盛岡市にある南部鉄器公房『清嘉』は、親方の小原孝雄、その息子・悟、還暦過ぎた職人の林健司、研磨専門のアルバイトひとりで回す零細企業です。ある日、悟は父親の孝雄から突然、補導委託を引き受けたことを知らされます。補導委託の件は、妹の由美や健司も知らされてなく、悟は父親が勝手に決めたことに反発を覚えます。

 

それから1ヶ月経ち、悟は清嘉で預かる少年・庄司春斗とその両親に引き合わされます。春斗は高校入学直後から非行が始まり、いくら指導しても問題行動は収まらず、退学処分が下されていました。その少年に対し、盛岡家裁が間に入って、清嘉で面倒を見ることになります。悟は春斗に会うまでは、態度が悪くて太々しい少年のイメージを抱いていましたが、実際に会ってからは、気遣いができ言われたことに素直に応じる大人しい少年であることが分かってきます。

 

春斗が工房で働くようになってから1週間が経ち何事もなく過ぎました。ただし、1週間の報酬をカプセルトイに全てつぎ込んだり、荷物を宅配会社に集荷を頼むのでなく、コンビニまで出しに行ったりと、不可解な行動に懸念を抱かせました。

 

そんな折、八重樫が清嘉に現れます。20代半ばの八重樫は、大学時代から清嘉でバイトをしていて、現在はバイクで全国を旅しており、金が尽きると地元に戻りバイトをする生活を繰り返していました。

 

八重樫は春斗といきなり一触即発の険悪な雰囲気になり、春斗は鋳型に工具を叩きつけ損壊してしまいます。八重樫は春斗が不満を溜め込むタイプで、いつ爆発してもおかしくない危うさを指摘します。その後、悟は同じ市内にある南部鉄器製造会社の『盛祥』に挨拶に行った際、会長の清水直之助から悟の両親の馴れ初め、孝雄の職人としての強さを教えられます。

 

そんなある日、春斗がチャグチャグ馬コを見たいと言い出したのをきっかけに、工房を臨時休業にして、八重樫を除いた全員で見物に行く話が持ち上がります。一方、悟は健司にスナック『マリー』に連れて行かれ、健司が人身事故を起こした際に、孝雄に経済的に救われた話を聞かされます。

 

やがて、チャグチャグ馬コを見物する日がやって来ます。当日は晴れ上がり、着飾った馬の行列に春斗の気持ちが昂ぶり、これまでに見せたことのない生き生きとした表情が顔に出ます。また、健司の知合いの好意で、春斗は馬と近くで接することができ、彼の嬉しそうな様子を見ているうちに、悟はこの子を救いたいという思いが強くなります。そんな矢先、春斗の母親が清嘉を訪れ、一方的に春斗を連れ戻そうとします・・・。

 

ここからは感想です。

 

本書は補導委託によって少年を更生させようとする話と、父親にわだかまりを抱く息子が父親の心情を徐々に理解する話の二本柱で物語が展開していきます。それぞれ問題を抱える二組の家族を巡るドラマなのですが、いくつもの謎を提示しながら話を引っ張っていくのは、著者が従来通りミステリーの手法を用いています。

 

春斗が非行に走った原因は何か?春斗が毎週定期的に送る荷物の郵送先は何処か?その中味は何か?荷物を送る際、宅配会社の集荷を利用せずにコンビニまで出しに行く理由は?荷物を出しに行くのを突然やめた理由は?孝雄が息子との関係が上手くいっていないにも関わらず、赤の他人の息子の面倒を引き受けた理由は?孝雄の「もう辛い思いをしたくない」と呟いた過去とは何か?等々、読者が興味をそそるような謎かけを小出しにしていきます。

 

また、親に対する拗らせ具合が悟と春斗に共通点があり、八重樫が春斗に冷たくしているように見えて実は心配していることが、そのまま孝雄と悟との関係にも当てはまるなど、人間模様の綾も巧みに構成されています。不器用な孝雄は必要最低限のことしか言わず、それがしばしば悟に誤解され齟齬をきたしています。

 

世間の父親のような愛情表現をされてこなかった悟からすれば、相談もなく補導委託を引き受けたことに加え、孝雄が春斗に何かと心配りをするので内心面白くありません。その気持ちは幾分分かるにせよ、40間近の独身男が露骨に態度に表すのは些か大人げないです。父親とは良好な関係が築けていないとは言え、彼の周囲には妹の由美や健司のように悟を気にかけてくれる人物が居て、傍から見るとそれだけで恵まれた環境にあると思えます。そんな悟に甘えるなよ説教したくなりますが(笑)。

 

親子の間には近すぎるゆえに気持ちが見えなくなることも出てきます。それでも悟は、父親の真意を理解できるようになり、最後は実に男前な振る舞いをするのが心地良く感じられます。ただ、惜しむらくは終盤になってやや説教臭くなり、若干興が削がれます。著者の意図を読者に説明しようとするあまり、悟の心情を吐露したのでしょうが、そこはサラッと流して欲しかったです。