川本三郎と筒井清忠が昭和の埋もれた名作を語る「日本映画 隠れた名作 昭和30年代前後」を読んで | パンクフロイドのブログ

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本書は現代では忘れられ語られることが少なくなっている、昭和30年代前後の日本のプログラムピクチャーについての話をしています。

 

最初の章は川本・筒井両氏がご自身に纏わる日本映画の回想をしています。川本が戦争映画を観ないのは、日本人が殺されるのを見るのが嫌だからという理由に頷ける一方、「チャンバラ映画から入ったので、当然東映ファンです」と語っていたのは意外でした。私なぞはてっきり松竹映画好きだと思っていましたから。彼が若い頃に「松竹なんかいくやつは軟弱だ」と言っていたのを知ると愉快になります。

 

また、マキノ雅弘が製作主任をしていた時代の東映が、パージされた今井正、家城己代治、関川秀雄などの監督を受け入れて作品を撮らせたことを高く評価し、筒井も返す刀で当時の有力な映画評論家には左翼が多く、左翼的な作品だと点が甘くなることを批判している点も気持ちよく読めました。その他にも、月丘夢路、木暮実千代、高峰三枝子の3人を「マダム顔」と呼んだのには言い得て妙と思わず笑いました。

 

2章以降はプログラムピクチャーを手掛けた監督とその作品について語っています。溝口、小津、黒澤、成瀬などの巨匠と呼ばれる監督や、プログラムピクチャーでも石井輝男、鈴木清順などの知名度のある監督を取り上げないのが、この対談本の方針を感じさせます。

 

尚、本書で取り上げられる監督は以下の通り。家城己代治、鈴木英夫、千葉泰樹、渋谷実、関川秀雄、清水宏、川頭義郎、村山新治、田坂具隆、滝沢英輔、野村芳太郎、堀川弘通、佐伯清、沢島忠、小杉勇、中村登、大庭秀雄、丸山誠治、中川信夫、西河克己となかなか渋いです。

 

野村芳太郎は巨匠と言っても差し支えないでしょうが、プログラムピクチャーも多く手掛けていたので、この人選にも入ったのでしょう。個人的には鈴木英夫、中村登は、ここ15年に亘って注目してきた職業監督でしたので、目の肥えた評論家から選ばれたのは嬉しかったです。

 

鈴木英夫の「殺人容疑者」から、東映の『警視庁物語』」や日活の『刑事物語』と言った刑事ものシリーズに話が及び、集団劇の面白さと野外撮影にまで話を広げ、最終的にドキュメンタリータッチの警察映画が、昭和30年代の失われた東京の風景が貴重な映像資料になっていることを指摘する点も、我が意を得たりと言いたくなります。

 

千葉泰樹は添え物映画の「鬼火」に注目するのが流石ですし、関川秀雄の『夜の青春シリーズ』にまで目を配っている辺りも、二人のプログラムピクチャー愛が感じられます。村山新治作品の中で、川本の一番好きなのが佐久間良子主演の「故郷は緑なりき」なのは若干趣味が合わないと思う一方、村山が数多く手掛けた『警視庁物語』シリーズを高く評価するのは、ロケ地探訪を趣味とする川本らしいです。

 

滝沢英輔に関しては、川本が三國連太郎主演の「江戸一寸の虫」を推すのに対し、筒井が島田正吾主演の「六人の暗殺者」を推しており、私はどちらも同意します。野村芳太郎の「張込み」を二人ともイチ推しするのは当然としても、桑野みゆきと川津祐介が共演した「恋の画集」を持ってくる辺りは意外でした。あまり知られていませんが、確かに面白い喜劇でした。どうせならば、西村晃と玉川伊佐男が対決する「左ききの狙撃者 東京湾」も選んで欲しかったなぁ。

 

堀川弘通の「黒い画集 あるサラリーマンの証言」は予想通り上がる一方、仲代達矢主演の「白と黒」「最後の審判」、山崎努主演の「悪の紋章」は目の付け所が良いと感心しました。堀川監督の項目では岡本喜八監督にも触れられていて、「日本の一番長い日」や『独立愚連隊』シリーズを高く評価する反面、コメディはうまくいっていなかった印象があると言っています。具体的な題名は挙げられていませんでしたが、「ああ爆弾」「殺人狂時代」だったら、一言申し上げたいですわ(笑)。

 

佐伯清は川本が本当にいいと推薦する大友柳太朗主演の「大地の侍」を観ていないのが残念ですが、久生十蘭原作の「母子像」をきちんと評価してくれているのは、原作を読み映画も観ている者としてちょっぴり嬉しい気持ちになります。

 

沢島忠は筒井が時代劇に新しい風を呼び込んだと評価し、川本も筒井に合わせるように現代的でスピーディーと評した上で、東映に大いに貢献した監督なのに、追われるような形で去ったことを惜しんでいます。二人とも沢島の明朗快活な時代劇を楽しみ、筒井が中村錦之助主演の『一心太助』シリーズを挙げるのに対し、川本はシリアスな時代劇として「股旅 三人やくざ」を推します。三船プロで撮った「新選組」を筒井が肯定的に捉えているのに対し、川本は千恵蔵がやったのが一番好きと意見が分かれるのも面白いです。

 

中村登の「集金旅行」が川本好みなのは如何にもという気がしますし、「土砂降り」「いろはにほへと」「河口」を挙げているのは、そこまで目が行き届いているのかと驚きもします。ただ、近年評価の高い、桑野みゆきと平幹二朗共演の「夜の片鱗」が抜け落ちているのは解せませんでした。

 

中川信夫は「東海道四谷怪談」だけではないとあらかじめ断った上で、「地獄」を始め他の作品を取り上げています。その中では、市川右太衛門が山内伊賀之亮を演じた「八百万石に挑む男」を、筒井は傑作と評しています。傑作とは言わないまでも、力作には同意します。その一方で、天知茂の悪党ぶりを堪能できる「憲兵と幽霊」や、高倉みゆき主演の「女死刑囚の脱獄」などは、上品なお二人にはお気に召さなかったのかなと邪推したくなります(笑)。

 

こう言った感じで楽しく読める対談本となっていますが、元になるプログラムピクチャーを観ていないと、楽しめるかどうか保証はできません。その意味では読み手を選ぶ本でもあります。幸い私の場合は、名画座に通っていたおかげで、二人の話についていくことができました。それに加えて、未見の作品でも機会があれば観たくもなりました。失礼ながら、お二人がご存命のうちに「日本映画 隠れた名作 昭和40年代前後」のタイトルで第二弾を発刊して欲しいです。