血の繋がらない弟を護るため二人の姉は・・・呉勝浩 「Q」を読んで | パンクフロイドのブログ

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小学館サイトより

千葉県富津市の清掃会社に勤める町谷亜八(ハチ)は、過去に傷害事件を起こし執行猶予中の身。ようやく手に入れた「まっとうな暮らし」からはみ出さぬよう生きている。ある日、血の繋がらない姉・ロクから数年ぶりに連絡が入る。二人の弟、キュウを脅す人物が現れたというのだ。キュウにはダンスの天賦の才があった。彼の輝かしい未来を守るため、ハチとロクは、かつて、ある罪を犯していた。華々しくデビューし、注目を集めつつある今、それが明るみに出れば、スキャンダルは避けられない。キュウのため、ハチは守り続けた平穏な日々から一歩を踏み出す。一方、キュウをプロデュースする百瀬は、その才能に惚れ込み、閉塞感に喘ぐ社会を変えるカリスマとして彼を売り出す。〈Q〉と名付けられたキュウは、SNSを通じ世界中で拡散され続けた。かつてない大規模ゲリラライブの準備が進む中、〈Q〉への殺害予告が届く。犯人は誰なのか。凶行を止めることはできるのか――。

 

ハチ(町谷亜八)、ロク(町谷睦深)、キュウ(町谷侑九)は血の繋がらない姉弟です。義父にあたる町谷重和がシングルマザーと関係しては別れた末に、子供を重和の両親に預けたことで、こうした関係が生じたのでした。重和に連れ子への愛情はなく、彼の両親に養育費を払うだけで、あとは投げっぱなしにしていました。

 

ハチたちは義理の祖父母のもとで窮屈な生活を強いられていましたが、キュウの実母である和可菜が息子を金ヅルにしようとしたことで転機が訪れます。ハチとロクは弟を救うために、当時ハチを慰み者にしていた椎名翼を巻き添えにして、ある犯罪を実行した過去がありました。そのことでハチはロクやキュウと離れる生活を選びました。しかし、再びキュウを脅かす存在が現れ、ハチとロクは彼を護るため策を講じ、同時に忘れたい過去に向き合う羽目になります。

 

この物語は主にハチと、ロクの婚約者で後に夫となる本庄健幹の視点で語られています。とにかく、この物語に登場する男達が悉くクズばかりなのが笑えます。高校時代にハチを蹂躙してきた椎名翼を始め、彼の兄である凶悪なやくざの大地、翼と高校時代にツルんでハチをいじめ、後に弱小政党の議員となってキュウを利用しようとする窪塚、鼻つまみ者の芸能記者の諸角、ハチの職場の同僚でギャンブル狂の辰岡など多士済々。ここらはまだ小物で、義父の重和や百瀬のような腹の底を見せない老練な男達のほうがより邪悪な感じもします。

 

また、本作では人間の二面性が露わに映し出される点も面白いです。育児放棄をしていたと思われた和可菜が実は・・・という側面があったり、辰岡の家族事情がてっきりホラ話と思ったら実際は真実でハチが打ちのめされたりします。逆にハチが協力者と思っていた人物が、彼女を陥れる罠を張っていたことが明るみになるなど、意外性の部分で結構読ませます。

 

その他にも、登場人物の謎の部分を小出しに解明していく点も巧いです。ハチとロクが過去にどんな罪を犯したのかを具体的になかなか明かそうとはしませんし、キュウの命を狙う黒幕と実行犯が最終盤になるまで明らかにはなりません。中には大地を襲った人物を最後まで示さず、投げっぱなしのまま終わる箇所もあります。ただ、クライマックスを迎える頃には、そんな些末な事はどうでも良くなってくるのですが。

 

タイトルにもなっているように、本来はキュウを主役に展開される物語です。しかし、本作ではキュウはあくまで象徴に過ぎず、結果的に彼に魅せられ人生を狂わされていく人物たちの群像劇の構成になっています。見方を変えれば、キュウは新興宗教の教祖のようなカリスマ的な存在であり、彼に関わる者たちは一大イベントを成功させるためには違法行為も辞さず、警察に逮捕されても構わない覚悟のほどを示します。ただし、当のキュウは名声を得たいとか、金を儲けたいとかの打算は一切なく、単純にダンスで世の中を驚かせたいという純粋な想いしか持ち合わせていません。

 

この物語はコロナ禍で外出が自粛された頃を背景にしており、閉塞感のある状況だからこそ、救世主が必要とされるムードが醸し出されていて、SNSが重要な道具として一役買っています。SNSを始めとするネット社会では、キュウの動画が拡散され夢が広がっていくと同時に、他人の成功をやっかみ邪魔したくなる怖さも孕んでいます。本書は20年前だったらSFとして成立しそうな小説にも関わらず、今では現実に即した実感があり、時代の変遷を感じられずにはいられませんでした。