男が転落死した真相は果たして?「落下の解剖学」を観て | パンクフロイドのブログ

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落下の解剖学 公式サイト

 

チラシより

人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラに殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子だけ。証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。

 

製作:フランス

監督:ジュスティーヌ・トリエ

脚本:アラチュール・アラリ ジュスティーヌ・トリエ

撮影:シモン・ポフィース

美術:エマニュエル・デュプレ

出演:アンドラ・ヒュラー スワン・アルロー

        ミロ・マシャド・グラネール アントワーヌ・レナルツ

2024年2月23日公開

 

本作は転落した男の死を巡って、夫殺しの嫌疑をかけられた妻が裁判で裁かれていくうちに、夫婦の間で隠されていた秘密や嘘が暴かれる物語になっています。法廷劇としての見どころは勿論いくつもあります。それに加えて、裁判が進むにつれ、サンドラの本性も徐々に浮かび上がってくる点に、この映画の面白さがあります。

 

サンドラは元々ドイツ人で、夫の要望でフランスに移住した経緯があります。日常会話はフランス語で問題なくても、裁判の場では正確に事実を伝えねばならぬため、彼女はしばしば英語での発言を求めます。一応翻訳機によって英語で発言しても内容が伝わるとは言え、検事のみならず女性裁判官までサンドラに辛くあたっているように見えるのは、フランス語で回答しないことへの苛立ちが影響しているようにも思えてきます。

 

ただし、サンドラが気の毒な女性に見えるかと問われれば、必ずしもそうではありません。意識高い系のリベラルにありがちな論点ずらしや論理のすり替えによる自己正当化が窺えるからです。自身の同性愛や不倫に対する言い訳はまだしも、サンドラが息子のダニエルとの会話を英語で行う主張に関しては、疑問を呈したくなります。サンドラの夫の自己憐憫や妻への批難に同意する気はありませんが、家庭内の会話を英語で行うことに否定的な夫の言い分だけは、支持したくなります。

 

彼女がダニエルにフランス語とドイツ語を使い分けるよう教育するならば、まだ理解はできます。でも、フランス語でコミュニケーションをとりたい夫に対し、ドイツ語も使わないから英語でいいじゃないと反論するのは詭弁としか言いようがありません。検事や裁判官がサンドラに厳しい態度で接するのは仕事上の立場もありますが、郷に入れば郷に従うことをしようとしないサンドラに、少なからず反感を覚えることも関係しているようにも思えます。

 

サンドラは一見すると物分かりが良く、相手を尊重する女性のように思える一方、一皮剥くとあくまで自分の流儀を通そうとする押しの強さも垣間見えます。夫がサンドラに投げつける言葉はかなり辛辣ですが、彼女も負けず劣らず相手を切りつける鋭さがあります。この映画を観ていく内に、何故か野村芳太郎監督の「疑惑」が思い浮かんできました。設定こそ違うものの、被告の女性にあまり感情移入できない点、彼女が四面楚歌に置かれる状況に共通性があり、この映画も事件の真相の鍵は少年が握っています。

 

検察側がサンドラを追い詰めていく描写は実にスリリングで、イケメン弁護士のヴァンサンが彼女と焼けぼっくいに火がつきそうなところを押し留める節度もまた良いです。裁判の結果がどうなったかは映画を観てのお楽しみですが、それにしてもサンドラ一家の飼っている盲導犬が白目を剥いて引きつけを起こす芝居は、ワンちゃんをどのように調教したのでしょうか?