トンデモ精神科医が患者に奇妙な荒療治を施す 奥田英朗「コメンテーター」を読んで | パンクフロイドのブログ

パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

 

コメンテーター

畑山圭介は中央テレビに入局以来、5年間ドキュメンタリー番組に関わってきましたが、新型コロナウィルスの世界蔓延により、大幅な編成替えがあり、ワイドショーへ異動させられていました。中央テレビの「グッタイム」は午後のワイドショー枠で他の2局に視聴率で負け続けており、テコ入れのために敏腕プロデューサーの宮下が送り込まれます。宮下は視聴率の低迷はコメンテーターに問題があると考え、圭介に美人精神科医のコメンテーター探しを命じます。圭介は出身大学の伝手を辿って、同級生に斡旋を頼みますが、見つけてきたのはでっぷり太った中年医師の伊良部一郎でした・・・。

 

ラジオ体操第2

オフィス機械メーカーに勤務する福本克己は、煽り運転されても、夜の犬の散歩時に町内の公園で禁止されているスケートボードをする若者たちを目にしても、注意出来ない小心者でした。そのくせ、規則違反をする者たちへの怒りは凄まじく、不届きものたちに制裁を加える妄想をしては、過呼吸発作を起こしていました。彼は伊良部の荒療治によっても殻を破ることができず、半ばあきらめようとしていました。そんなある日、圭介は鉄道オタクたちが、電車の写真を撮るために迷惑行為をする現場に遭遇します・・・。

 

うっかり億万長者

河合保彦は名の知れた大学を出て、業界最大手の生保会社に就職したものの、営業の職場に馴染めず2年で中退しました。両親に退職したことを伝えられない彼は、ワンルームマンションに引き籠りながらデイトレードをして、現在は10億円を貯めるまでになっていました。その反面、午前9時から午後3時までパソコンの前に張り付いて、株の動向に注視しなければならず、恋人や友人もなく独りぼっちのままでいました。そんな折、保彦は婦人の飼い犬に噛まれて気絶し、伊良部総合病院に担ぎ込まれます。婦人は保彦が気絶したのはパニック障害と思い込み、息子の一郎に後を託してユニセフの会合に出かけてしまいます。伊良部は圭介が10億円の資産があると知るや、看護師のマユミと共に彼に散財させようとするのですが・・・。

 

ピアノレッスン

27歳のピアニスト藤原友香は、子供の頃から厳しいしつけを受けていて、時間厳守の生活を余儀なくされていました。そうした責任感の強さの反動から、彼女は広場恐怖症に罹り、乗り物での移動が困難になっていました。各地で演奏活動をするピアニストにとって、乗り物に乗れないことは死活問題に関わり、友香は伊良部の診察を受ける羽目に。伊良部は暫く休養することを勧めますが、友香は現在の地位を失うことを怖れ、伊良部の申し出を断ります。伊良部操縦のペリコプターでの荒療治も功を奏せず、友香の症状は益々酷くなるばかり。そんな中、彼女は看護師のマユミから欠員のできたバンドのキーボードを弾くよう頼まれますが・・・。

 

パレード

山形出身の北野裕也は、東京の有名私大に合格したものの、折からのコロナ禍で大学の授業はリモートでしか受けられないでいました。大家族の生活で育った裕也は、暫く気ままな一人暮らしを楽しみ、2年生になってから少しずつ対面授業も増えて行きます。ところが、高校時代はリーダー格だった裕也は、大学で直に人と接するうちに、実は人見知りだったことに気づき始めます。更に、東北弁を女子学生に笑われたことをきっかけに、人と話せなくなってしまいます。裕也はゼミでフィールドワークをしなければならなくなり、伊良部の診察を受ける羽目になります。伊良部は裕也を社交不安障害と診断し、同じ神経科で受診に来ていた生意気な中学生のマサルと共に、老人ホームやモスクに出向いて、行動療法を試みるのですが・・・。

 

ここからは感想です。

 

奥田英朗の著書は初期の「最悪」「邪魔」を始め結構読んでいて、子供じみた伊良部一郎シリーズも愛読しています。一見非常識とも思える治療をしながら、結果的に患者の心を軽くしてあげるパターンは相変わらずで、本書も安定した面白さを維持しています。ドSキャラの看護師のマユミちゃんも無責任男の伊良部と相性が良く、この短編集ではいつも以上に表に出てきています。ちなみに伊良部一郎の内面はさておいて、外見に限って言えば、ロッテやヤンキースなどで活躍した伊良部秀輝投手をイメージしたくなりますがどうでしょう?

 

「コメンテーター」は伊良部のコメントを介して、コロナ禍におけるマスメディアへの批判も窺える一編。テレビの視聴率至上主義、ワイドショーの軽薄さは今に限ったことではありませんが、巣ごもりで何もやる事がなく、久しぶりにテレビをつけた視聴者にとっては、改めて将来性のない媒体であることが証明されたようにも感じられます。

 

「ラジオ体操第2」は事なかれ主義が蔓延する日本社会にとっては実に耳が痛い一編。私も含め厄介事を避け見て見ぬふりに陥りがちな日本人にとって、伊良部の行動は奇天烈ながらも的を射た正論になっていて清々しく映ります。理不尽な真似をされたら、きちんと怒ることが大事ですよね。

 

「うっかり億万長者」は稼ぐことと同じくらい、金の使い方も大切なことを教えられる一編。10億円も貯まったらもう何もしなくてもいいじゃないと凡人は思ってしまいますが、引きこもりの保彦は金の使い方が分からず、いい衣服、いい住まい、いい食事を得られるにも関わらず、現状を変えるのを怖れています。伊良部とマユミはそんな保彦の生活を変えようとするのですが、彼を救済するためでなく、己の欲望を満たすために使おうとするのが潔い。最後に保彦が下した決断に対し、人様の金にも関わらず、二人が不満たらたらなのが笑えます。

 

「ピアノレッスン」は優等生の人生を送ってきたピアニストを、破天荒なやり方で気持ちを楽にしてあげる一編。遅刻常習犯のマネージャーの宮里を、時間にルーズな南国地方出身にしている点も効いています。友香が広場恐怖症を紛らわすために宮里と音楽家のしりとりを行なう場面で、友香がクラシックの大家を次々と繰り出すのに対し、宮里がロックミュージシャンで対抗するのが面白いです。宮里がニルス・ロフグレンの名を出すと、「それ勝手に作ってない?」と疑うところなどツボに嵌ります。ロックファンでも確かに彼の名を知っているのはロック通で、この二人の遣り取りは総じてボケとツッコミの漫才感がありました。

 

「パレード」はコロナ禍の影響で孤独な生活を続けていた大学生が、大学に行けるようになっても人とコミュニケーションをとれず、藁にもすがる思いで伊良部の荒療治を受ける一編。裕也はグループセッションの仲間である中学生の悪態にイラっとしながらも、彼と行動を共にするうちに、自分と同じ障害を抱えていることに気づいて行きます。伊良部の治療は相変わらず、天然なのか、計算づくなのか、判断しにくいですが、自分の欲望を満たしつつ、患者の気持ちを楽にしてあげていることは確かと言えます。ハロウィンの日に仮装をしながら、伊良部の乗った神輿を担いで、渋谷のスクランブル交差点を渡る光景は清々しく映ります。