危険地帯に取り残された三重障碍者をドローンで誘導する 井上真偽 「アリアドネの声」を読んで | パンクフロイドのブログ

パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

 

幼い頃に兄を失くした高木春生は、現在ドローンビジネスを手掛けるベンチャー企業「タラリア」に勤めています。彼は主任の花村佳代子、二期上の先輩社員の我聞庸一と共に「WANOKUNI」のオープニングセレモニーでドローンの空中ショーに参加するため、前衛的な都市計画に基づいて開発された実験都市に来ていました。

 

この街のメインは地下にあり、街としての機能を地下に移すことにより、地上の景観が良くなり、環境問題も改善されるメリットがありました。また、この街では障碍者にも住みやすいように設計されており、式典には障碍者の中川博美のスピーチも行われました。彼女は殿山知事とは叔父と姪の間柄にあり、ヘレン・ケラー同様に「見えない、聞こえない、話せない」の三重障碍者でありながら、You Tuberとしてアイドル的な存在でした。

 

ドローンショーも無事終わり、春生たちが機材を片付けている最中に、マグニチュード7.2の地震が発生します。周囲が混乱に陥っている中、春生と我聞は花村に「緊急災害対策本部」に連れて行かれます。そこで初めて春生は、地下五層の地下鉄駅ホームに三重障碍を抱える博美が取り残されていることを知らされます。

 

全域にわたって建造物が崩壊・倒壊し、地下一層の商業フロアと二層のオフィスフロアでは火災が発生。最下層の交通フロアでは地下湧水による浸水も始まって一刻を争う状況にありました。救助作業は行われていますが、救助隊を地下五層まで送り込める見込みは望めませんでした。

 

地下三層にある緊急避難シェルターに逃げ込めさえすれば、火災や浸水を凌げ、救助隊の到着を待つこともできますが、博美が自力で辿り着くのは到底不可能な状態にあります。春生たちは最新鋭のドローンを駆使して、博美をシェルターまで誘導しようとするのですが・・・。

 

ここからは感想です。

 

春生が使用する災害用ドローン「アリアドネ」は、ギリシャ神話に登場する女性の名前が由来になっています。神話の英雄テセウスは、怪物ミノタウロスを退治する際、クレタ島の王ミノスの娘アリアドネから渡された糸玉を使って、怪物の棲む迷宮を脱出しており、「アリアドネの糸」という言葉は、困難な状況に陥った際に、解決の道しるべとなることを意味するようになっていました。

 

春生は幼少の頃に、海岸沿いの洞窟の入口で潮の見張り役をしていた際に、兄の異変に気づかず溺れ死にさせてしまった過去があります。その事故がトラウマとなり、兄の口癖だった「無理だと思ったら、そこが限界」という言葉に縛られるようになります。博美を救出することは、単に三重障碍者を救うのみに留まらず、春生自身のトラウマを克服することも意味してきます。

 

只でさえ困難な状況に加え、時を同じくして、高校時代に春生と同級生だった韮沢粟緒の9歳の妹碧も行方不明になります。一難去ってまた一難という具合に、次から次へと不測の事態が起き、おまけに暴露系You Tuberが災害現場で暗躍し、救出作業の邪魔をするばかりか、博美の障碍者詐称疑惑まで匂わせ、現場を混乱させます。絶体絶命の状況に追い込まれながらも、救出に携わる人々が知恵を絞り問題解決にあたる作業が、一番の読みどころとなっています。

 

余震で崩落が起きてからの博美の不可解な行動は、疑惑を呼び起こし春生の心を動揺させます。障碍者を題材にした作品は、得てしてお涙頂戴に流されやすいですが、本書は逆に健常者を鼓舞してくれます。切羽詰まった状況の中でも、博美が怪しい行動を取っていた理由は何だったのか?その真実が明らかになった瞬間、読者は打ちのめされた気持ちになるでしょう。