愛人を奪われた殺し屋が刑事に復讐を遂げようとする「人間標的」を観て | パンクフロイドのブログ

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シネマヴェーラ渋谷

生誕100年記念 映画作家 井上梅次 より

 

製作:松竹

監督・脚本:井上梅次

原作:藤原審爾

撮影:小杉正雄

美術:森田郷平

音楽:いずみたく

出演:若林豪 山崎努 香山美子 尾崎奈々 太地喜和子 目黒祐樹

1971年9月15日公開

 

山部(山崎努)は、麻薬ルートの縄張り争いから、多額の報酬で不動産屋殺しを引き受け、現在は都内の刑務所内の独房で服役しています。彼の眼には一組の男女の抱擁する姿がちらつき、看守の眼を盗んでは窓の鉄格子をヤスリで切っていました。山部の目に映っていたのは、彼を捕えた刑事の根来(若林豪)と、山部の昔の恋人さく子(香山美子)でした。

 

その夜、根来は同僚の村山(目黒祐樹)を伴って、麻薬の売人である吉田を捕らえようとアパートの近くに張り込んでいました。ところが、逆上した吉田が撃った弾は村山に当り、根来が撃ち返した際、吉田ははずみで窓から転落死します。一方、脱獄に成功した山部は、不動産屋殺しを命じた麻薬ルートの元締である妹尾(高木均)の手下のもとに現われ、1000万円とライフルを奪って逃走します。妹尾は、山部の不動産屋殺しの報酬をさく子に渡していなかったため、山部の脱獄に怯えます。

 

その頃、根来はさく子のアパートにきていました。二年前、山部を逮捕しようとした時、根来の射った拳銃の弾がさく子の足にあたり、それ以来彼女は片脚が不自由になっていました。その後、根来がさく子を見舞ううち、二人は真剣に愛し合うようになります。しかし、根来は、犯人を刑務所に送り込んだ刑事が、その愛人を横取りするような結果になることに罪悪感を覚えていました。

 

一方、山部の出現にあわてた妹尾は、片腕となる牧(今井健二)を使って、山部の恨みを根来に向けさせようとします。牧はさく子を誘き出し、彼女を山部に預けます。山部はさく子を根来のアパートの向かいにある廃ビルに監禁した上で、奪ったライフルで山部を射殺しようと企みます。その頃、根来と同居している妹の斗志子(尾崎奈々)がアパートに帰ってきます。やがて、根来の部屋に明りがつき、山部のライフルの引き金に指がかかります・・・。

 

これぞプログラムピクチャーと言う面白さが詰め込まれた映画でした。多彩な人間模様を絡めつつ、様々な出来事が起きながら、90分以内にまとめ上げた井上梅次監督の職人技が光る一本です。話の運び方の巧さも然ることながら、役者の特徴も十分に活かしています。

 

若林豪は三船敏郎やキムタク同様、どんな役を演じても本人にしかならないタイプの役者で、この映画でも若林豪の色が前面に出ています。相手役の香山美子は二人の男に引き摺られる薄幸な女が似合っています。若林豪の相棒となる目黒祐樹は適度な軽さと甘さがあり、妹役の尾崎奈々は松尾嘉代を思わせる顔立ちと男装が引き立ちます。

 

この映画で一番存在感を見せるのが山崎努。黒澤明の「天国と地獄」を皮切りに、堀川通弘の「恐怖の時間」でもサイコパス気味の男の不気味さと怖さが際立っていましたが、この映画でもその系譜に連なる“復讐”に凝り固まった犯罪者役が嵌っていました。根来の情報提供者であり、彼にホの字の太地喜和子も、相変わらずのいい女ぷりを見せます。気性がさっぱりした性格の一方、情が深そうでもあり、こんな女に嵌ったら抜け出せなくなりそう(笑)。

 

また、普段悪役で鳴らす安部徹と神田隆が、それぞれ人情家の係長と粋な計らいをする署長を演じているのも、東映作品を見慣れた者からすると、彼らの善人芝居が見どころのひとつとなっています。悪役の役者の層が薄い松竹も、東映から借りてきた今井健二一人居るだけで体裁が整いますね。ただ、組織の親玉より片腕となっている今井のほうが貫禄と頼りがいがあるのは御愛嬌。

 

この映画では監督と脚本を兼任した長所が生かされていて、山部が根来を射殺しようとする一件とってみても、細部へのこだわりが表れています。斗志子を敢えて会社の演芸会で男装にさせた狙いも、山部が窓越しに映る標的を撃つ設定を思えば、作り手の意図が腑に落ちてきますし、村山から斗志子に贈られたペンダントも小道具として巧い使われ方をします。

 

また、本作はサスペンスにも関わらず、歌う場面が多く見られます。斗志子の会社の演芸会では、にしきのあきらが当時流行歌だった「空に太陽がある限り」を歌い、斗志子は男装して女装した男達をバックバンドに従えて、ピンキーとキラーズのパロディのようなグループ名で歌っています。また、帰りのバスの中では、社員一同が「何かいいことありそうな」を合唱する場面があり、私なぞ久しぶりにこの歌を聴いて懐かしい想いに駆られました。音楽を手掛けたいずみたくのメロディは、子供の頃から馴染んでおり、井上監督の遊び心と相まって歌謡映画としても楽しめました。