巨匠内田吐夢の作品だが・・・「自分の穴の中で」を観て | パンクフロイドのブログ

パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

シネマヴェーラ渋谷

月丘夢路生誕100年記念 美しい人 より

 

製作:日活

監督:内田吐夢

脚本:八木保太郎

原作:石川達三

撮影:峰重義

美術:木村威夫

音楽:芥川也寸志

出演:月丘夢路 北原三枝 三國連太郎 宇野重吉 金子信雄

         利根はる恵 宮城道雄 滝沢修 清水将夫 左卜全

1955年9月28日公開

 

主人を失った志賀家は、40代の未亡人・伸子(月丘夢路)、義理の娘・多実子(北原三枝)、その兄の順二郎(金子信雄)の三人暮らし。外見は裕福そうですが、遺産生活の内実は楽ではありません。順二郎は長い病床生活を送り、現在は株の売買に唯一の生甲斐を見出しています。伸子は多実子に伊原章之介(三國連太郎)や小松鉄太郎(宇野重吉)との結婚を打診しますが、彼女にその気はありません。多実子が義理の母の勧める結婚話を嫌うのは、母と伊原との仲を疑っているのも一因でした。

 

ある日、多実子は志賀家の最後の財産である地所を処分するため、京都へ行くことになりました。多実子は見送りのために伊原を呼び出し、二人は箱根で宿をともにします。多実子の留守中、順二郎は伊原を自宅に呼び、妹との結婚話を勧めます。しかし、伊原は彼女の相手は小松が相応しいと答えます。

 

一方、多実子は京都から帰る列車で小松と偶然出会い、そのまま帰京しました。その後、小松は伊原と酒場で久しぶりに顔を合せますが、女たちの目の前で、伊原は多実子との箱根の夜のことを冗談めかして語るので、小松は伊原を殴りつけます。そして、多実子をあきらめ、九州に職を得ると東京を離れました。また、多美子は兄と共謀して京都の地所を処分した金を伸子に渡さなかったため、伸子は実家に戻る決意をします。その夜、順二郎の別れた妻が志賀家を訪ねてきます・・・。

 

監督が内田吐夢、出演者も名優を配しているため、もしかすると隠れた逸品かも?と観る前から期待が膨らむのも無理はありません。ただし、あまり知られていないのには其れなりに理由があり、いくら巨匠の腕をもってしても、シナリオ以上に話を面白くするのは、容易でないことを改めて思いました。個々の登場人物は興味深いのに、それが点に留まってしまって、線となって話の面白さに繋がらないのがもどかしいです。それでも前述したように芝居巧者が揃っているため、登場人物のキャラクターと演じる役者の芝居を中心に観て行けば面白く観ることができます。

 

伸子は志賀家の後妻で、順二郎や多美子との血の繋がりはありません。夫の死後はおそらく遺産を食い繋いで、お手伝いさんを雇いながら、一家を仕切っています。離婚を経験している伊原から言い寄られても、彼のことは歯牙にもかけません。伊原が伸子の手を握ろうとした際には、煙草の火を手に押し付けて斥けさせ、多実子が伊原からの手紙を読むよう迫った時は、手紙を破り捨てコンロの火で燃やしてしまうのが痛快ですらあります。年を取ると女性の好みも変わってきて、還暦を過ぎてから漸く月丘夢路の良さを分かるようになってきましたよ(笑)。

 

多実子は伸子とは折り合いが悪く、伊原との仲を怪しんでいます。女漁りをしている伊原に危険な魅力を感じる一方で、誠実な小松には見向きもしないのが、同性から見ると歯痒く思われます。また、男を誘う素振りを見せながらいざとなると身を拒む厄介さがあり、結局、業を煮やした伊原に体を奪われる羽目になります。多実子が誰とも結婚する気がないのは、自立する女と言うよりも、現在の居心地の良い環境でヌクヌクと暮らしたい世間知らずのお嬢ちゃん的な甘えが見受けられます。気が強く高慢な娘を演じる北原三枝は、観客から反感を抱きそうなほど役に馴染んでいます。

 

多実子の兄である順二郎は結核に冒され、自宅療養で寝たきりの状態にあります。少しでも食い扶持を稼ごうと、株に投資してその配当金で生活の足しにしようとする点は、彼の善良な部分も垣間見えます。ただし、この株投資が欲をかき、後々志賀家をどん底に突き落とす結果にもなるのですが・・・。彼は別れた女房に未練があり、別れた理由もおそらく自身の病気が原因であることを思えば気の毒な面があります。終盤に彼の元女房が志賀家を訪ねてくる理由も、金の無心だったことが分ると(しかも元女房の情夫らしき男から彼女へ金を借りられたか確認する電話までかかってくるのですよ)、猶更憐れみを覚えます。悪役で鳴らした金子信雄にしては、終始寝たきり状態で世捨て人を演じる姿は貴重と言えます。

 

伊原は離婚を経験したことから、女に対して常に不信感があります。その反動で、女漁りを続けている節も見られます。若い多実子をモノにしようとするのも、体目的だけと言ってよいでしょう。多実子に比べると伸子に執着するのは、彼女が酸いも甘いもかみ分けてきた大人の女の魅力もあるでしょうが、最終的には人を裏切らない伸子の誠実な振る舞いに惹かれるものがあるからと思われます。伊原は友人の小松が多実子に好意を持っていることを知りながら、彼の前で彼女と関係を持ったことを明け透けに語る残酷さがあります。かなり最低な男であり、どちらかと言えばクズ寄りのダメンズ。傍から見れば、女に関して数々のしくじり、やらかしをしているにも関わらず、反省の色が全く見えません。この辺りは却って清々しいくらいで、懲りない男の片鱗もちらつかせます。三國連太郎の二枚目でありながら傲慢なイメージが上手く作用しています。

 

小松は押し出しが弱いために、誠実さが報われないタイプの男。伸子は多実子に彼と一緒になって欲しいと願っているのですが、当の多美子にその気がないばかりか、小松も自分の想いを積極的には伝えられません。それでも、伊原が多実子を侮辱するような発言をすれば、彼と掴み合いの喧嘩をした挙句、絶交まで言い渡す男気を見せます。宇野重吉が従来の路線に沿った芝居を見せます。

 

最後の遺産の取り分を巡って、多実子と順二郎は伸子を志賀家から追い出したものの、その後に順二郎が仕出かした失敗によって、二人が全てを失う結末はかなり苦いものが残ります。その一方で、多実子と順二郎の振る舞いを見れば、自業自得だから仕方ないよねと、観るほうはやや突き放した感じになってしまいます。伸子や小松にとっても得るものはなく、伊原だけが無傷に思えてしまうのは後味が悪かったですね。