佐藤究 「爆弾処理班の遭遇したスピン」を読んで | パンクフロイドのブログ

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昨年直木賞を受賞した佐藤究の初の短編集です。

 

爆弾処理班の遭遇したスピン

鹿児島県教育委員会に爆破予告の電話があり、爆発物処理班の宇原巡査部長は、班長の大矢警部、副班長の相馬警部補、後輩の駒沢巡査と共に、丸小川小学校に向かいます。宇原は初代校長の銅像前に置かれた不審物を、X線撮影と検波器で異常がないことを確認した上で、駒沢に回収をあたらせます。ところが、駒沢がマジックハンドを伸ばして黒い箱を1メートルの高さに持ち上げた瞬間、爆風が宇原に襲いかかり、駒沢の体が宙に舞います。箱が1メートル上昇したところで爆発するトラップが仕掛けられており、その罠に気づかなかった宇原は自分を責めます。更に、ホテルシャビエル鹿児島のフロントに、一階のリラクゼーションルームで壁際の酸素カプセルに入った客が居る事、カバーを開ければフロアごと吹き飛ぶと告げる電話が入ります。酸素カプセルは1,3気圧を維持する状態にあり、カバーを開ければ気圧に変化が生じ、爆発を起こす可能性があります。その状態にあることから、大矢は部屋全体が1,3気圧になった空間に、酸素カプセルを移送する案を思いつきます。酸素カプセルに入った人物を、手術用の麻酔ガスで眠らせたまま、種子島宇宙センターに運び込もうと言うのです。ところが、海上保安庁の巡視船に繋げたコンテナに酸素カプセルを格納して曳航している途中、在日米軍から停船を要請されます・・・。

 

ジェリーウォーカー

オーストラリア人のCGクリエイターのピート・スタニックは、クリーチャーの造形に秀でており、富と名声を得ていました。満席の講演会場でスピーチするほど有名人のスタニックでしたが、彼には人に知られてはならぬ秘密を抱えていました。かつて、彼はFX制作会社に入社してから、CGの背景ばかり描かされる日々でした。独創的なクリーチャーを生み出したくても、自分には独創性のセンスが欠けていることを自覚していました。そんなある日、スタニックは友人のハドソン・ガードナーが各国で禁止されている動物の異種配合を行なっていることを知ります。彼はガードナーに触発され、様々な動物実験を行い、獰猛な生物を作ることに成功します。誰も見たことのない生物の姿は想像力の刺激となって、スタニックの才能を開花させました。そして、制作会社である程度の地位を得た彼は、広大な土地を購入し、ゴルフ練習場を作って、実験室の隠れ蓑とします。そして、ガードナーを管理人として雇い、夜な夜な練習場の地下にある実験室で怪物を生み育てます。ところが、講演会場から戻ったスタニックは、ゴルフ場の異変に気づきます。地下室では実験器具が散乱、飼育していたマウスや蝙蝠は死骸となって転がり、ガードナーは透明なゼリー状の触手を巻き付けたまま死んでいました。スタニックは脱走した怪物を秘かに葬るため、狩りに出るのですが・・・。

 

シヴィル・ライツ

暴対法でシノギの厳しくなったやくざ業界では、関東鬼魂会系の五次団体である笠村組も例外ではありませんでした。共催費名目の上納金を稼ぐのにも四苦八苦する有様で、組長の笠村自身が金を工面するため、地方に出張して金策ルートの開拓に励んでいました。そんな笠村も1年前から行方不明になっていて、現在は若頭の舟伏が組を仕切っています。稼ぎが当てにできないため、組では過度の備品管理、経費削減が行われていて、今も組員の菊野が原付バイクを盗まれたため、制裁が行われようとしていました。ただし、舟伏が組を仕切るようになってから、指詰めの他にもう一つの選択肢が与えられるようになっています。それは、ワニガメの口に指を差し出し、一定時間が過ぎるまで待つゲームでした。後者は運が良ければ指が残る確率はありますが、指一本で済まなくなる危険性もありました。菊野は運悪く、小指どころか中指と薬指も失い、挙句の果てに、マンションのベランダから落下して命まで失います。菊野の落下死の責任は弟分の白滝にまで及び、彼も舟伏から指詰めかワニガメの二者択一を迫られます。窮地に追い込まれた白滝は、兄貴分と同じにワニガメを選ぶのですが・・・。

 

猿人マグラ

福岡県福岡市で育った私は、同郷の夢野久作が地元からも全く認知されていないことに不満を抱いていました。そんな地元でも、夢野久作の代表作「ドグラ・マグラ」からの由来を思わせる“猿人マグラ”の言い伝えが残っていることが慰みになっていました。一人でいる相手に向かって「猿人マグラにされるぜ」と叫ぶと、相手はその場で二度ジャンプして頭の上で二度手を叩くのが習わしになっていました。しかし、一体誰がそんなことを始めたのか分からず、そもそも“猿人マグラ”が何なのかすら誰も知りませんでした。それでも、私は知り合いの伝手を頼りに、筥崎宮の引退した宮司に話を聞くことができました。以下はその宮司の話。1946年、福岡警察署に一人の男が身柄を移されてきました。当初の容疑は九州帝国大学への備品目当ての侵入でしたが、やがて常軌を逸した男の犯罪が明るみに出ました。男は九州帝国大学でオランウータンの研究をしていましたが、研究が昂じた結果、彼は「ドグラ・マグラ」における〈解放治療場〉の考えに感銘を受けます。そして、「種の進化は危機的状況から生まれる」と確信した男は、チンパンジーを捕まえては生存の危機を煽っていました。しかし、彼が実験していたのはチンパンジーではなく・・・。

 

スマイルヘッズ

わたしは銀座に画廊を構える傍ら、シリアルキラーのアートを蒐集するコレクターでもありました。殊にドルフィンマンと称されるミッチ・ジョーディソンの作品には目がなく、かなりの作品数を所蔵しています。ジョーディソンは主に二種類の手口で人を殺していました。ひとつはニトリルゴム製の手袋に有刺鉄線を何重にも巻き付けホームレスを殴殺する方法。もうひとつは郊外のキャンプ場で週末を過ごすカップルをショットガンで射殺する方法。シリアルキラーのアートが密かに流通する市場で、わたしはコレクターとして名が通っていて、ニューヨークからドルフィンヘッズを売りたいと電話がかかってきます。ジョーディソンの作品は400点以上も存在しますが、立体作品は1点しかなく、それがドルフィンヘッドでした。わたしは早速仕事に託けてニューヨークに飛び、電話をかけてきた女性の自宅を訪問します。その女性、メリンダ・ジャグメイは姉が急死したことで、遺品を処理するうちに、わたしの存在を知ったと言います。わたしはメリンダにすすめられて、シナモンパウダーをドーナッツに振りかけて口に入れた途端、急な眠気が襲ってきます。そして・・・。

 

ボイルド・オクトパス

かつて筆者は、ある週刊誌上で「フォーマー・ディテクティヴ」というノンフィクションを連載していました。引退した元刑事の家を訪ね、現役時代の思い出話を聞きつつ、彼らの普段の生活に触れる読み物でした。警察という特殊な組織を去った市民の日常を取り上げることで、元刑事を取材する読み物との差別化を図っていました。そんな中、一件だけ誌面に載せられなかった元刑事のエピソードがありました。それが元LAPD(ロサンジェルス市警)の殺人課のネイザン・バプティでした。バプティは22歳でLAPDに入った後、長く刑事部に勤め、55歳の時に体力的な限界を感じバッジを外したと言われていました。筆者は小さなレストランで彼に会い、朝食を一緒に摂りながら話を聞きます。バプティはこれから仕事があると言うので、改めて夜に彼の自宅に伺うことに。住まいがロサンジェルスでなく別の場所にあることに違和感を覚えつつ、筆者はバプティの自宅を訪問します。そこには生活感がなく、トロフィや賞状等、LAPD時代の記念品が飾られていないことにも軽い失望を味わいます。やがて、筆者は携帯電話の一通のショートメールに気づきます。それは、アメリカに来てからドライバーを務めてくれたジェフからのメールで、「元刑事の家にいるのか?」「LAPDから問い合わせが来ている」という文字に不吉なものを感じます。更に、バプティが一匹の蛸を手にして、筆者に食ってみろと迫ってきます・・・。

 

九三式

激戦地ニューギニアから引き揚げてきた小野平太は、英語力を身につけていたため、進駐軍の仕事を探すことも難しくはありませんでしたが、殺し合った連中のために働き、そこから給金を貰うのには罪悪感を覚えました。そのため、どぶをさらって鋼鉄の屑を見つけ出す仕事に甘んじなければなりませんでした。小野は江戸川乱歩のファンで、神保町の古書店で全集の「盲獣」「黄金仮面」を目にしてから、どうしてもこの二冊を手に入れたいと思うようになります。しかし、あまりにも高価な値がついているため、彼は進駐軍の仕事に応募します。そこには早瀬と名乗る男がいて、通訳やタイピストの空きはないが、別の仕事を小野に持ち掛けます。その仕事は“野犬狩り”で、彼は5人の男たちと病理学博士の岩緒辺の講習を聴講した後、現場に送り出されます。しかし、その場所は野犬の溜まり場ではなく・・・。

 

くぎ

16歳の夏、安樹は横浜少年鑑別所に収監されていました。彼は川崎で生まれ育ち、実の母親は家庭を捨ててどこかへ消え、父親は借金をこさえて常に金に困っていました。電気もガスも止められた中で、父親はろうそく、くぎ、空き缶、ガラスの破片で目覚まし時計替わりになる物を作り、安樹は今も溶けたろうから落ちたくぎが、缶の底にあるガラスに当たる音が耳にこびりついていました。出所した安樹は酔っ払いの義母と暮らす気になれず、独身寮完備の塗装店に雇ってもらい、外国人労働者と共に塗装の仕事に就きます。ある日、彼は築年数の古い日本家屋の台所補修工事のうち、ペンキ塗りを請け負います。その家には安樹の母親と同じ年代の女性と息子らしき長身長髪の男が住んでおり、男は工事の件で女と揉めていました。安樹たちは男の監視下で作業を進めて行き、仕事が終わると足早に帰ろうとします。その際に、安樹はくぎが転がっているのを目にして拾おうとします。ところが、長髪の男は裸足でくぎを踏みつけ睨んできます。安樹は男の不可解な行動が気になり、真夜中に工事を請け負った家の様子を見に行くのですが・・・。

 

ここからは感想です。

 

『爆発物処理班の遭遇したスピン』は、苦い余韻が残る結末になっています。爆弾を仕掛けたテロリストは、日本の警察と在日米軍に究極の選択を突きつけるからです。それは、あたかも「ダークナイト」におけるジョーカーが、相手に二者択一を迫るやり方と同じ。どちらを選んでもしこりが残り、非常に悪意に満ちています。従来の娯楽小説ならば、起死回生の一策を編み出して、大向こうを唸らせるでしょうが、この短編ではそうならず、現実的な着地をします。日米双方が苦渋に満ちた選択であり、著者もミステリーから純文学にシフトした高村薫と同じ道を歩むのではないかと思わせます。

 

『ジェリーウォーカー』は、ピート・スタニックと連絡が取れなくなった後の制作会社の支社長の対応が、企業論理丸出しで苦笑させられます。スタニックの私有地が売りに出され、スタント俳優の一家が移り住むエピローグも、星新一のショートショートの傑作「おーいでてこい」を思わせる不気味なオチになっていて、ゾッとさせられます。

 

『シヴィル・ライツ』は下っ端を甚振る若頭への意趣返しが強烈な一篇。銀行口座の開設、生命保険・損害保険の加入、クレジットカードの使用、宅配利用、不動産やカーディーラーとの取引等ができない暴力団排除条例によって、やくざたちは“市民権”を奪われます。その結果、かつての連合赤軍のように、暴力が組織の内部へと向かっていき、やくざの落とし前もリンチの様相を呈してきます。白滝によるサディストの舟伏への逆襲も然ることながら、組に戻った組長の前で自ら落とし前をつけようとする彼が、止めに入る今井に向けて放つ言葉も皮肉が利きすぎて笑いたくなります。

 

『猿人マグラ』は独りぼっちの相手を怖がらせる習わしの由来を探っているうちに、とんでもない真相に行き着く一篇。研究者がチンパンジーの研究に没頭するあまり、気の触れた実験を行うのに留まらず、最後は身も凍るほどのオチが待っています。かなり後味が悪いですよ。

 

『スマイルヘッズ』は、シリアルキラーの作品を蒐集するコレクターが、掘り出し物に釣られてニューヨークまで来たら、思わぬ事態に直面する話。蒐集する対象が世間から眉を顰められるものだけに、同好の士以外に知られてはならず、そのことが自ら墓穴を掘る羽目に・・・。自業自得とは言え、私も多少なりとも蒐集癖があるので、他人事とは思えませんでした。

 

『ボイルド・オクトパス』は、フリーライターがロサンジェルスに元刑事を取材に行き、有力な話を聞きだせると思ったら実は・・・という話。犯罪件数の少ない日本と比べ、強盗・殺人が日常茶飯事のロサンジェルスでは、それだけ刑事の危険度も高いです。検挙数が多ければ、比例するように刑事に恨みを抱く受刑者も多く、引退した身でも、万一の場合を考えて、自宅が別の場所にあると語る元刑事の言葉は説得力を持ちます。フリーライターは元刑事の言葉を真に受けてエラい目に遭うのですが、危機管理における日米の違いを思い知らされます。

 

『九三式』は敗戦直後の日本で、GHQが占領している点がポイント。また、主人公が体験する悪夢の前置きとして、帝銀事件の被告・平沢貞通にも触れられている点も重要。主人公はニューギニアで地獄を見た帰還兵で、GHQの下で働くことを良しとしません。それでも、乱歩の二冊を手に入れたいがために、進駐軍の仕事を引き受けます。ここから、彼はニューギニアとは違う地獄を見ることになり、その仕事の内容には吐き気すら催したくなります。ただし、一連の出来事は平沢貞通の精神鑑定の件を重ね合わせると、主人公の妄想と解釈することもでき、それならば僅かに救いがあるのですが・・・。

 

『くぎ』はそう来たか!と膝を打ちたくなる一篇。安樹は鑑別所に入っていた少年ながら、根が悪い人間でないことは読み進むうちに分かってきます。たまたま彼を取り巻く環境が悪かったために罪を犯しただけで、更生する可能性が高いことは、塗装店の社長との一連の遣り取りからも伝わってきます。そんな彼は、工事で訪れた家の長髪の男が不審な行動を取ったことから疑問を抱き、再度訪れると、思っても見なかったものに遭遇します。これは一瞬虚を突かれた感じになるのですが、ちゃんと伏線は張っていて、その点はミステリーとして抜かりはありません。くぎがきっかけとなって安樹が深入りするのも、幼い頃の記憶と重なっていて極めて自然な事。なかなか考え抜かれた短編でした。