チラシより
帰れない事情を抱えた少女・更紗と、彼女を家に招き入れた孤独な大学生・文。居場所を見つけた幸せを嚙みしめたその夏の終わり、文は「誘拐犯」、更紗は「被害女児」となった。15年後。偶然の再会を遂げたふたり。それぞれの隣には現在の恋人、亮と谷がいた。
製作：UNO-FILMS ギャガ UNITED PRODUCTIONS
監督・脚本：李相日
原作：凪良ゆう
撮影：ホン・ギョンピョ
美術：種田陽平 北側深幸
音楽：原摩利彦
出演：広瀬すず 松坂桃李 横浜流星 多部未華子 趣里
三浦貴大 白鳥玉季 増田光桜 内田也哉子 柄本明
２０２２年５月１３日公開
女児誘拐事件として引き裂かれた更紗と文は、15年後にほんの偶然から再会を果たします。ただし、二人とも知らない振りをしたまま、手探り状態で相手の出方を窺います。更紗は文と引き裂かれた後に、彼がどんな生活を送っているのか気になり、文の経営する喫茶店に通い詰めます。彼女の行動に対し、文は自分と関わることで更紗が不幸になるのを怖れ、容易に声をかけられず、あくまで客として接します。そんな膠着状態のところに、亮に二人の“逢引き”が知れたことから事態は一変し、更紗と文は苦難の道を歩むことになります。
大人と女児による純粋な交流が世間には受け入れられず、二人が誤解を受けて悲しい目に遭う点では、フランス映画の「シベールの日曜日」が思い浮かびます。更紗もシベールも親に見捨てられた部分は共通項があり、その上、更紗は引き取られた親戚の家でトラウマを植え付けられ、その後の彼女の人生にも多大な影響を与えています。こうした不幸な少女を見過ごせず、青年が手助けしようとする展開も「流浪の月」と「シベールの日曜日」は似通っています。
ただし、同じ少女を助けようとする青年でも状況は少々異なります。「シベールの日曜日」のピエールは、戦時中に戦闘機で少女を誤射したことから心に傷を負い、退役しても正常な生活を送れておらず、恋人のマドレーヌは彼を心配しています。一方、文の背景は終盤になるまで一切悦明されず、何故彼が世間の非難を浴びる危険を冒してまで、少女を匿う生活を選んだのかは理解し難いものがあります。終盤に文の秘密が明かされ、ある程度腑に落ちてはくるものの、個人的には最後まで真相を伏せたまま、余白を残して終わったほうが色々と想像を掻き立てられ、二人の前途多難な人生がより響いたように思われます。
更紗が見ず知らずの文の家までついていく気になったのは、勿論親戚の家に問題があって帰りたくなかったこともあるでしょうが、短時間のうちに文に自分と同じ匂いを本能的に嗅ぎ取ったのではないでしょうか？実際、文は更紗をありのまま受け入れ、彼女は今までに味わったことのない居心地の良さを感じています。アイスクリームの件ひとつ取っても、文は彼女の望むようにしてあげています。更紗が他人である大人の文と子供の自分が、同じ屋根の下で暮らすことに不自然さを自覚していたとしても、この居心地の良さを手放したくない気持ちは理解できます。
また、更紗が文の愛読書のポーの詩集を執拗に読もうとするのは、恋心の表われとも読み取れます。文は子供には理解できないと言うのですが、物を介して相手のことをもっと知りたいと思うのは、恋の初期段階としては自然な流れ。映画の後半には、文が更紗のバイト仲間の娘梨花にポーの詩集を読むようねだられるのも同じ理由かもしれません。彼が大人の理屈を強要せずに少女と同じ目線で接するがゆえに、彼女たちに警戒感を抱かせず好意を持って受け入れられるのでしょう。
文とは対照的に、更紗の同棲相手の亮はなかなかのクズっぷりを見せて、ダメンズ好きを満足させます。彼は更紗に保護者気取りで接し束縛も激しいです。更紗の過去を知った上で、そのことを利用して、彼女を雁字搦めにしていたことも卑怯な面が滲み出ています。
その一方で、文も常軌を逸した行動がしばしば見られます。文と恋人の谷あゆみが一緒に歩いているところに、いきなり声をかけてあゆみを不審がらせ、亮と別れた後に、文の隣の部屋に引っ越す辺り、更紗の内なる狂気の部分も垣間見えます。こうした一般人と異なる感覚が、世間の理解を得難くして、SNSにおける誹謗中傷が拍車をかけ、結ばれそうもないメロドラマの要素を濃くしています。更紗と文にとってはかなり痛手を被る物語ですが、覚悟を決めた二人のラストを見る限りでは希望の兆しも感じ取れました。