鬼教官は一人の落伍者も出さずに警察学校の生徒を卒業させられるか?長岡弘樹「風間教場」 | パンクフロイドのブログ

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警察学校の教官・風間公親は赴任したばかりの校長の久光成延から、新年度は落伍者ゼロの教場を作ってみようと提案されます。毎年途中で辞めていく学生は十人ばかりいて、今回入校した学生は成績優秀な者ばかりだったことから、無茶な提案が為されたものでした。しかも、万が一落伍者が出た場合は、教場の責任者も辞めてもらうというきつい条件です。風間はかつての在校生で現在は地域課に勤務する宮坂定を呼び寄せ世話係につけ、助教の平優羽子と共に仮入校の学生を指導していくのですが・・・。

 

風間は鬼教官と呼ばれるほど厳しい指導で知られ、生徒を容赦なく篩にかけ、警察官に適さないと判断すると退校を命じます。そんな彼に入校期間中に一人も落伍者を出すなと言うのですから、今回風間はかなり辛い立場にあります。しかも、彼を補佐する助教の優羽子は出来の悪い生徒もなるべく掬い取ろうとして、風間とは考えも異なります。加えて彼女の机には退職願も置かれていて前途多難を思わせます。

 

本書は従来の短編形式とは異なり、様々なエピソードを積み重ねた長篇の構成になっています。そのことによって、警察学校の日常生活が直に伝わってくると共に、一人の落伍者も出すなとの任務を課せられた風間が、様々な問題に対処し、鮮やかに解決する醍醐味を味わえます。風間が自ら手を下さずにヒントを提示し、生徒、助教、時には校長に解決を促すのがポイントです。

 

また、相変わらず伏線の張り方と回収も巧みで、優羽子の退職願、彼女が目を掛けていた巡査の紀野の交通整理、遅刻常習犯の生徒の漆原の一見関係なさそうに見える事柄が、一気に繋がるところなどは舌を巻きます。風間は校長から理不尽な要求を突きつけられながらも、淡々と任務をこなしていきます。

 

この校長は本来風間の敵役なのですが、必ずしもそうと思えない節も多々見受けられます。色々誤解を与えやすい人物ながら、中盤に風間に向かって投げかけられる「学生だけでなく助教を育てることも教官の仕事だからな」と言う校長の言葉は、終盤になって重要な意味を持ってきます。

 

また、無茶な校長の提案は、風間にとってもいい影響を与えています。警察学校に入学してくる学生には、それぞれ特殊な事情を抱えている者がいます。家族が警察官で固められている場合でも、それが重荷となり、自ら辞めるとは言えず、学校に退校するよう仕向ける者も出て来ます。こうした退校が決定になりそうな生徒でも、風間は見捨てずに、警察に必要な人材であることをさり気なく訴えることで、校長の決定を覆してもいます。

 

でも、最も警察学校を辞めたがっていた意外な人物を終盤になって明らかにしてもいて、しかも校長がそのことに勘づいて先手を打っておいたことが分かるなど、なかなか油断のならない警察小説なのです。風間は厳しくとっつきにくいにも関わらず、根はやさしく一本筋の通った男です。こうしたキャラクターは好みでもあり、その点は私の好きな『隠蔽捜査』シリーズの竜崎伸也と相通ずるのかもしれませんね。