貴志祐介 ミステリー・クロック | パンクフロイドのブログ

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私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

ゆるやかな自殺

関東侠気会塗師組の野々垣二郎は、自分のアリバイを工作しながら、事務所の中で舎弟の八田三夫を巧妙な手口で殺しました。塗師組の事務所は対立組織の殴り込みに備え要塞化しており、休日だったために、貸金庫に預けてある合鍵も使えず、旋錠された扉を開けることを専門にする榎本径が呼ばれます。悪戦苦闘の末鍵は開けたものの、金を受け取って立ち去ろうとした際、塗師組の組長の娘・美沙子に引きとめられ、無理矢理立会人にさせられてしまいます。事務所の中には三夫の死体があり、密室であったことから自殺として片づけられるかに見えました。しかし、榎本は三夫が禁酒していたこと、野々垣から香ってきたウィスキーの匂いから、他殺である可能性を思いつきます。

 

鏡の中の殺人

榎本は美術館の館長・平松から美術館のセキュリティの相談を受け、実際に侵入できるかデモンストレーションすることを依頼されます。ところが、榎本が執務室に侵入すると、平松は殺されており、すぐにその場を立ち去らなければならなくなります。彼は、知り合いの弁護士・青砥純子に自分の身の潔白と犯人捜しの協力を求めます。純子は美術館の関係者に当たって行き、監視カメラに映されずに殺害現場から立ち去るには、稲葉透の手掛けた迷路を通るより他ないと結論づけます。しかし、迷路のある展示室の出入口には監視カメラが設置されています。カメラからの死角もあるのですが、正面の“ハンプティダンプティの顔”が邪魔になって、監視カメラの目を逃れて通り抜けることはできません。彼女は、ルイス・キャロル研究の権威であり、相貌失認症の萵苣根から、迷路が「鏡の国のアリス」のコンセプトから程遠い出来になっていることを聞かされます。やがて、榎本は純子と合流し、迷路の中でG-SHOCKの文字盤が一時的に真黒に見えたことから、犯人の仕掛けたトリックに気づきます。

 

ミステリー・クロック

榎本径と青砥純子は、著名なミステリー作家の森怜子の山荘に招かれます。その山荘には、怜子の現在の夫・時実玄輝、前夫の熊倉省吾、怜子の甥の川井匡彦、大手出版社の編集長で怜子と不倫の噂のあった木島浩一、老ミステリー作家の引地三郎もいました。怜子が仕事のために自室に引き上げた後、時実は8つのアンティーク時計を一同に見せ、価格の順位を当てるクイズを催します。制限時間が過ぎ、答え合わせをするために、お手伝いの佐々木夏美が怜子を呼びに行きますが、そこで彼女の死体が発見されます。怜子の飲んだコーヒーに猛毒のアコニチンが混入されていたことや、夏頃に彼女が喫茶店のコーヒーフレッシュを持ち帰ったことから、小説のトリックを着想しているうちに誤って飲んだ可能性が高くなります。一度は事故死の可能性に辿り着いたものの、時実はその結論に納得せず、猟銃で一同を脅しながら犯人を指摘するゲームを始めます。

 

コロッサスの鉤爪

布袋悠一は日本潜水工業のダイバーでしたが、親会社の大八洲海洋開発の社長令嬢・近江有里を射止め、現在はネオ・シートピア計画の責任者となって凱旋してきました。彼は実務をかつての上司・安田に押しつけ、夜のイカ釣りを楽しんでいました。その頃、布袋の同僚だった蓬莱弘明は、実験船うなばらから深水300メートルの海底で飽和潜水をしていました。やがて、布袋の乗っていたゴムボートが、浮上する大量の泡に包まれ転覆し、布袋も海中に投げ出され死体となって発見されます。警察は誰も現場に近づけなかった状況で事件性はないと判断し、事故死として処理します。しかし、布袋の婚約者・有里は納得せず、青砥純子に調査を依頼します。純子は榎本と共に関係者の聞き込みをし、布袋が蓬莱の恋人の白井渚を妊娠させたこと、渚が夜の海で不可解な事故を起こして死んでいること、渚の事故の数日前にサラマンダー・スーツ(大気圧潜水服)が盗まれていたことなどを突きとめます。榎本はある人物に絞って、殺しの方法を探っていきます。

 

防犯探偵・榎本径シリーズの新作です。「硝子のハンマー」「鍵のかかった部屋」同様、榎本径と青砥純子が、難事件を解決していきます。私はミステリー好きではありますが、密室もの、アリバイものは苦手です。それでも横溝正史の「本陣殺人事件」のように、機械的なトリックを扱っていながら別の要素を織り込むことで、密室になりにくい日本家屋の概念を変えたり、ジョン・ディクスン・カーの「火刑法廷」のように、論理的な解決をするかと思わせておいて、最後は読者に背負い投げを食わせたりと、プラスアルファーの部分があれば、こちらも興味を持って読むことができます。

 

本作もこのプラスアルファーの部分に工夫が凝らされていて、密室ものでありながら、アリバイ崩しの要素を絡ませることで、犯人の仕掛けた謎を解く面白さを味わえます。「ゆるやかな自殺」では、銃声が聞こえた時、犯人は子分と共に駐車場にいますし、表題作では犯人が携帯電話の電波の届く外にいて室内に入ることは誰も見ていない状況、「コロッサスの鉤爪」では衆人環視の下、誰も近づけない状況での殺人と言った具合に、犯人は特定できるものの、確実にアリバイがある中で、如何に不可能犯罪を立証していくかが肝となっています。

 

加えて、榎本径と青砥純子による掛け合い漫才のようなやり取りも、このシリーズの魅力のひとつ。毎度、純子が頓珍漢な推理を披露して、榎本が頭を抱えるパターンがお約束になっていて笑かしてくれます。貴志祐介は私とは2歳違い(彼のほうが年上)ですから、もしかしたら若林豪主演のテレビドラマ「新十郎捕物帳 快刀乱麻」を見ていた可能性がありますね。このドラマでは、池部良演じる勝海舟が素っ頓狂な推理を披露し、若林演じる新十郎が論理的な推理で覆すパターンでしたから。

 

密室のトリックは文字だけだと伝わりにくい面があり、視覚化するには格好の題材。映画化もしくはドラマ化されるならば、是非とも、榎本径を西島秀俊、青砥純子を綾瀬はるか、ハゲコウこと鴻野光男警部補をでんでんのキャスティングでお願いしたいですね。