ワットチェットヨートから少し時計塔方面に行ったところにある。以前はもう少し時計塔側にあったのだが、いつのまにか移転して少し店も大きくなった。以前はパートンコー(揚げパン)とナムタオフー(豆乳)しか売っていなかった(あとお茶はあったか?)と思っていたのだが、移転して少しメニューが増えたようだ。店先にあるホワイトボードに日本語で「餃子1個3バーツ」と書かれていたので、試しに買ってみた。小ぶりでにんにくを使っていない焼き餃子だった。以前「中華美食」という店で、やはり美味しい餃子を売っていて仲間内では評判が良かったのだが、いつのまにか閉店してしまい、なかなか美味い餃子に出会えずにいた。待望の店の登場と言っても過言ではない。店内にはお茶やはちみつ、花粉と言ったお土産になりそうなものも並べられている。他にもメニューがあるようだが、それらについては試していないので在住者のレポートを待ちたいと思う。

1号線をチェンライからメーサイ方面に向かい、パサンというところで左折する。左折する場所はメーサロン方面の表示が出ているのですぐにわかるだろう。バスの場合、パサンあるいはメーサロンと言えば車掌は理解してくれる(車掌によっては親切に教えてくれるだろう)。ここからソンテウが出ている。人数が集まり次第出発するが、メーサロンと違ってヒンテーク行きは人数が集まりにくい。メーサロン行きのソンテウに乗って、メーサロンとの分岐点であるサームイェークで乗り換える手もある。

ここからの道のりはアップダウンの繰り返しだ。サームイェークまでは基本的に登りが続く。サームイェークの三叉路を左に上がるとメーサロン、真っ直ぐ進めばヒンテークだ。当然ここは真っ直ぐ進む。ここからは下りがメインになる。2,3箇所、舗装はされているものの、かなり急な角度の場所がある。自分はこの区間が(舗装されている道路では)最も苦手な場所だ。いくつかの集落を通り過ぎると、ようやく平地の街と言えるようなところが現れる。まだヒンテークではない。

さらに数キロ走ると、ようやくヒンテークの標識が見えてくる。街自体はメーサロンよりもずっと大きいと思うが、観光名所のようなものもなく、旅行者の姿を見たことはない。一応、ゲストハウスもあるので宿泊して、周囲を散策するのもいいかもしれない。

風景以外で唯一この街の観光名所とも言えるのがクンサーの家だ。麻薬王として名高いクンサーの軍事基地が、この街にあったらしい。市場の裏にある坂を登ったところにそれはある。行ってみると、管理人らしき人物がカギを持って開けてくれた。特に珍しいものはないが、クンサーの写真などが飾られている。かつては軍事基地(且つクンサーの自宅?)だったかもしれないが、現在その面影は残っていない。話の種に行ってみるのもよかろう。

メーサロンからヒンテークまでのトレッキングも可能(1日で十分)らしい。誰かやってみてください。

出張先の情報を出したくがないために非常にわかりにくい文章が続いてしまった。自分に宛てたメモだと思って許していただきたい。

今回の滞在先では、何人かの日本人と話をした。何度も話している人もいれば、初めて会った人もいる。以前にも書いたかもしれないが、話をする日本人と言うのは9割以上が同じ年か年長者だ。くだらない話も多いが、多少でも自分より人生経験の豊富な方の話は意外と面白い。そんな中で今回お会いした一人は、数少ない年下の日本人旅行者だ。噂には聞いていたが、人当たりの良さは見習うものがあった。会った人とすぐに仲良くなれるあの性格は、人見知りの激しい私にはうらやましい限りだ。それに純粋に旅を楽しんでいる。自分にもああいう時代があったなあ……と思わず懐かしく思ってしまった。


バンコクに戻り、通常の生活に戻る。たまたまバンコクに来ていた知人ともギリギリで会えてよかった。

最終日。100キロ近く離れた村まで行く。このエリア、地図でしか知らないのだが、道は舗装されているのでなんとかなるか?

相変わらず苦手な下りで苦労しつつもなんとかいつも休憩する場所まで到着。目的の地は事前の情報とは違った場所だという情報が入った。慌てて引き返し、ようやく目的の場所に到着。今回はこれを見るために来たのだ!というものに出会えた。来た甲斐があった!!!

しばらくして当初の目的地にも足を伸ばす。こちらはまただめだった……

それでも、最低限の目標は達成できたので、心置きなくとまでは行かなくともバンコクに戻る気にはなれた。街に戻り、お世話になった人たちに別れの挨拶を済ませ、バンコクに戻る。

本来だと遅くても今日にはバンコクに戻る予定だったが、目的が達成できないのだから滞在を延長することにした。今日もバイクで遠出。片道65キロほど、平坦な道を走る。単純で面白くない道だ。

所用を済ませ帰路に着く。いいかげんバイクの運転も疲れてきた……(楽しいのだけどね)