あるアカ族の村に行くようになって4年近くになる。といっても、年に1,2回、通算で10泊もしていないと思うが、この4年で様変わりしている。そんな村の話を書いてみようと思う。
この村はチェンライから公共機関を乗り継いで3時間(乗り換え時間含まず)、そこからバイクタクシーで10分前後(以前聞いたときは40Bという話だった)のところにある。今は道も整備され、時間も短縮されていると思われる。
幹線道路?から逸れた道沿いにアカ族特有の急坂に集落といった感じで、家々が連なっている。初めて行ったとき、この村には電気が来ていた。これは村の篤志家?が費用を負担して、村の下にある中国人村(なぜかここまでは電気が通じていた)から、電気をわけてもらうようにしてもらったという話だった。といっても、その電気は村で最も裕福?な家のみに繋がっていて、蛍光灯が1本とテレビを見るのに使うだけで精一杯だったらしい。それまでは蝋燭やランプで生活していた。テレビがあるといっても、アンテナがないと番組は見ることができなかった。夕食後、村人がこの家(ちなみに私はこの家にお世話になっている。篤志家とは私ではないことをはっきりと言っておく)に集まって、海賊版VCDなどを鑑賞するのが当時の村人の楽しみであった。
当時、村にはバイクはほとんどなかった。お世話になっている家に1台か2台(これも篤志家が買ったものだ)、あとの家には全部合わせて1台あったかどうか、だったと記憶している。この村はキリスト教に改宗しており、現在は信仰心の厚いクリスチャンといっても過言でないのだが、毎週日曜日のミサには若者は歩いて、年齢が上のものはバイクで教会まで連れて行く、というのが慣わしだった。
初めて行ったときから2ヵ月後に再び訪れると、電気は通っていなかった。中国人村となにかもめごとがあったらしく、契約が破棄されたということだった。1,2ヶ月と短い期間だったが、村人はわずかではあるが電気の恩恵を受けることができた。電気のない生活を不便と思うようになっているのでは?と思っていたが、期間がそれほど長くなかったせいか、村人達はそれが当然とばかりこれまでどおり淡々と1日を過ごしていた。