大相撲に興味を持つと、その歴史にもふれたくなります![]()
調べてみると、愛知・岐阜にいくつか聖地(?)があったので行ってみましたよ!
お相撲さん聖地巡礼3回目は
横綱・北の湖(きたのうみ)関
です![]()
北の湖さんは北海道出身。
東海地方出身ではありませんが、愛知県にゆかりのあるお相撲さんだったようです。
第55代横綱 北の湖
愛知県名古屋市熱田区にある「白鳥山 法持寺(はくちょうざん ほうじじ)」です。
ここは昭和32年(1957)から30年間、名古屋場所の際に三保ヶ関部屋の宿舎として使われていたそうです。
三保ヶ関部屋、それが横綱・北の湖さんの所属した部屋です。
境内には横綱・北の湖の石碑や土俵の跡などがあるようです![]()
北の湖さんは昭和49年(1974)名古屋場所において、優勝こそ逃したものの好成績を挙げ、横綱昇進が決定したとのこと。
この年の名古屋場所は7月7日(日)~21日(日)。
その翌日7月22日に横綱審議委員会で、北の湖さんの横綱推薦が決定。
※「時事ドットコム」より引用・加工
2日後の7月24日に番付編成会議と理事会で正式に横綱昇進が決定し、その旨を伝える伝達式が宿舎であるこの法持寺で行われたそうです。
北の湖さんのことは名前は聞いたことがある程度でしたが、当時ほぼ相撲に興味が無かった私が名前を知っているほどなので、よほど凄い人だったことがうかがえます![]()
調べると、北の湖敏満さんは史上最年少となる21歳2ヶ月で横綱に昇進し、生涯戦績951勝といった記録を持っており、「不沈艦」の異名をとったとのこと。
やはり横綱は憎らしいほど強くあってほしい![]()
最年少横綱の記録は今も破られていないんですね。
そして、引退後は最終的に日本相撲協会の理事長も務めていらっしゃいますね。
凄い!![]()
それでは法持寺へ入ります。
山門にある仁王像は「北の湖仁王」と呼ばれ、右側は「多聞 北の湖」、左側は「増長 北の湖」。
まずは参拝します![]()
由緒によれば織田信長が桶狭間の戦いに向かう途中立ち寄って必勝祈願したという。
さて、それでは境内を見て行きましょう!![]()
掲載は建立年順としました。
北の湖碑①
[正面]
うん ほんまに
横綱になったんや
母ちゃん
北の湖
[裏面]
昭和四十九年七月廿二日
大相撲名古屋場所白鳥山にて史上
最年少二十一才二ヶ月で横綱昇進の
傳達北海道にいる母に知らせる
北の湖の一句也
発起人 白鳥山三十四世
寄贈者 岡崎 細井石材店
名古屋場所で横綱昇進を決め、宿舎だったこの法持寺から北海道にいる母親に知らせた一句![]()
母親へ知らせるには知らせたが、
北海道出身の北の湖さんは本当に関西弁でそう言われたのか?
これについて真相は分かりませんが、北の湖さんからクレームは無かったそうで、いわば「公認」の言葉のようです。(朝日新聞の記事より)
横綱誕生の寺碑
[正面]
北の湖 第五十五代横綱誕生の寺
[裏面]
大相撲名古屋場所 昭和四十九年七月廿二日
横綱誕生の寺![]()
なんとなく上側が割れているような気がする...![]()
すりこぎ(相撲のてっぽう)
「てっぽう」の棒
解説板があります。
すりこぎ(相撲のてっぽう)
昭和三十一年からのてっぽうで力士がこの棒に体をぶつけて稽古するものです。
三保ヶ関部屋三十年来二〇〇人からの力士の汗がしみています、そして多くの関取が生まれました。
下の方がくさって寺がゆづり受けて禅寺の味噌すりこぎにしてサインをもらって残すことにしました。
永平寺のすりこぎは建築に使った棒です。当山のは相撲のてっぽう柱です。
身をけづりて人につかふるすりこぎの
この味知れる人ぞ尊とき。
昭和五十六年□月十一日
奉納 千年 森部正利
200人の力士の汗が染みこんだ棒。
思わず撫で撫でしてしまった![]()
何人かのサインがありますが、わかりません...
北の湖碑②
[正面]
印(白鳥山)
どんなにつらくても
何と云はれようと
相撲をとるのは心
自分が駄目だと
思ったら
とれるものではない
横綱北の湖 印(五十五代横綱)
[裏面]
横綱三十一歳六十場所目
八百勝を新記録二十四回
の優勝を飾った名言
発起人 三十四世 高明代
三保ヶ関部屋 名古屋後援会 友ノ会後援会
協力者 岡崎 細井石材店
昭和五十九年七月十五日建立
やはり気持ちが第一でしょうね![]()
気持ちが入らないと力が出し切れない。
逆に力を出し切った最後の最後は気持ちで勝負が決まるとも言えるかな?
今の横綱にも通じるものがあるのでしょうね!![]()
土俵の跡と碑
[正面]
三保ヶ関部屋
土俵の跡
北の湖 (印)五十五代横綱
[裏面]
昭和六十年七月二十一日
強い関取を生んだ
三十年来の土俵です
当山 三十四世 高明
謹製 清水屋石材店
駐車場の一角に土俵の跡が半面記されています。
思わず土俵に入って四股のマネしたり![]()
北の湖碑③
[正面]
横綱になったときは
土俵のことだけを
考えていればよかった
これからは
相撲界のために
努力しなればならない
すべてが現役のときとは
ちがう
理事長 北の湖敏満 印
[裏面]
日本相撲協会
第九代理事長に
四十八歳で就任した
挨拶の一言
平成十四年七月
発起人 三十四世(八十五歳)
施工 細井石材店
協会側(しかも理事長)になるとまた戦う世界が違うのでしょうね![]()
「すべてが違う」という言葉の中に、不安20%、責任感80%を感じます。
北の湖関幟、他
北の湖の幟です![]()
他には織田信長、日本武尊、松尾芭蕉とお寺にゆかりのある人の幟が立っていましたよ!![]()
まるでお相撲さんの宿舎のよう
←昔はそうでしたよ!と自分ツッコミ。
・奉納 北の湖関 江 白鳥山 法持寺 まぐろや
・奉納 松尾芭蕉 讃江 白鳥山 法持寺 妙香園
・奉納 日本武尊 讃江 白鳥山 法持寺 きよめ餅総本家
・奉納 織田信長 讃江 白鳥山 法持寺 あつた蓬莱軒
大相撲の幟に近いデザインですね![]()
大相撲の幟を見ていると軍配のところは「贈」が多いようですが、ここは「奉納」になってます。
しかし、「織田信長さんへ」って幟、サイコー![]()
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境内には他にも、名古屋城築造のための石垣の残石や、松尾芭蕉の句碑、歌舞伎役者三代目助高屋高助の墓碑などがあり、見所が多いです。
また、納骨堂の白鳥閣では座禅や写経の体験もできるようになっていて、予約もいらないようなのですぐに体験できます![]()
写経には筆ペンと紙が用意されています。
室内はエアコンが入っていて集中できそうです。
しかし、この日は外の気温が高過ぎて冷房効果も半減のようでした![]()
またねー!










































































































































