<SHOW-YA、14年ぶり再結成ライブ>

 80年代に一世を風靡(ふうび)した女性ロックバンド、SHOW-YAが23日、東京・渋谷のNHKホールで14年ぶりの再結成ライブを行った。91年にボーカル寺田恵子(42)が脱退して、98年に活動を終了したが「やっぱりSHOW-YAがホームタウン」と再び結集した。40代の今でもハードな演奏、パワフルな歌声、太もも丸出しのパンクファッションは当時のままで、ヒット曲「限界LOVERS」など16曲を披露した。寺田が「14年前、この家を飛び出して、帰ってきたよー! 」と笑うと、ファンから「おかえりー」「若い! 」。寺田は「第2章がこれからスタートするぜ! 」と、豪快に叫んでいた。


[記事]:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051024-00000010-nks-ent
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今でも手元にある、17年前に作ったカセットテープの中に、このおネェー様方が生きている。
この頃の女性バンドの中では、一番パワーがあったよね。圧倒的に押し寄せてくるようなパワー。
いやぁ~若かりし頃、SHOW-YAのおネェー様方のムンムンとするオイロケでモンモンのクラクラしていた日々が懐かしい。。。てか、青臭いか?w
90年頃にSHOW-YAの形が変わった変わったんだけど、ちょうどその頃にデビューし、エレキぐわんぐわん言わせて高音シャウトを聴かせていたKIX-S。
σ(^-^)、良く聴いていたんだけど、多分SHOW-YAを重ねてみていたんだろうなって思う。
影響はあったと思うよ、音楽の中にも。だって相手はSHOW-YAだしねw

<ホワイトバンド 趣旨説明不足で購入者から批判>

 世界的な貧困根絶キャンペーンに合わせて国内で300万個販売された腕輪「ホワイトバンド」に対し、購入者から批判が出ている。「売り上げの一部は貧困をなくすための活動資金となる」との触れ込みだったが、食料などを送るわけではなく、細かな使途も決まっていないため。事務局は「ホワイトバンドは『貧困をなくす政策をみんなで選択する』意思表示が狙い。分かりにくかったかもしれない」と説明し、店頭で、募金活動ではないことを強調する表示を始めた。
 ホワイトバンド運動はアフリカの市民活動家らが、包帯や布などの「白いもの」を着けて貧困撲滅を自国政府や先進国に訴えたのが始まりとされる。今年7月に開かれたグレンイーグルズ・サミットへ向け、「ほっとけない 世界のまずしさ」をキャッチフレーズに、70カ国の市民団体が運動を展開し世界に広まった。
 日本では約60の市民団体が事務局を結成し、PR会社「サニーサイドアップ」(東京都渋谷区、次原悦子社長)が協力。7月から、レコード店やコンビニエンスストアなどで1個300円の腕輪を発売している。
 ところが、先月からインターネット上で、途上国を直接支援しないことへの批判が出始めた。事務局にも「途上国に募金が送られないと知っていたら買わなかった」「利益の使途を詳しく知りたい」などの批判や問い合わせが約500件も寄せられている。8月に購入した千葉県柏市の女子大生(22)は「募金にならないなんて知らなかった」と話す。
 このため事務局は、店頭に「途上国へ食料や物を届ける運動ではありません」と書いた黄色いステッカーの掲示を順次進めている。ホームページも同様の説明を強調するよう変更した。
 事務局によると、材料費や流通費などを除いた売り上げの44%を、活動の広告費や事務局の人件費、政策提言の研究費、PRイベントの費用などにあてる。今月末までに詳細な使途を決めるという。今田克司事務局長は「運動は『世界に貧しい国がある』と考えるきっかけを作るもの。政策提言や声を上げるために資金を使う。それが途上国への募金と同じような意味を持つことを理解してほしい」と説明している。【種市房子】
 ▽ホワイトバンド運動に詳しい紀藤正樹弁護士の話 (購入者への)表示法が多少変わったとはいえ、ホワイトバンド運動は自分で白い布を着ければよい。そのことを明示していないのは問題だ。日本版の運動は「貧困をなくそう」という意思表示運動の起爆剤にはなったが、今後ボランティアといった行動に結びつくのか、課題が残っている。



[記事]:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051024-00000025-mai-soci
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まあこれは前から言われていたことだが、σ(^-^)もコレを知ったときは、「新手の募金詐欺?(呆)」と思った。
認識するだけ、意思表示するだけで飯が食えるようになるのなら、この世から貧困なんて一瞬で無くなるわな。
こういうのって、間違いなく金持ちの自己満足からスタートしてる。
立ってる高さが違うと思わない? 見るからに高い位置で貧困者を見下ろしてる感じがする。
チクゼンも言ってるけど、
『偽物達が声を高らかに、「餓えを無くせ!」とダイヤつけたままで』
これだな、コレ。


2004.10.24 14:05 小千谷市内 (ぷ)



2004.10.23 17:56 後に新潟中越地震と名付けられる、新潟県北魚沼郡川口町を震源とするM6.8(同町で震度7)の地震が発生した。
この地震では51名の方が犠牲になり、一時は10万人を超える人が避難生活を余儀なくされた。
私の彼女も被災者の一人で、数週間の間車の中で避難生活を送った。
私の住む街でもこの地震で陥没などが起こり、避難指示が出た地区などもあった。
私の家では、私の部屋の壁に少しヒビが入った程度ではあったが、いつも感じている地震とは異なる揺れに驚いたことを覚えている。
一年前のこのブログでも解るように、私は地震直後の小千谷に入っている。
その時に感じた自然の大きな力と人間のチカラの小ささを、今でも恐怖という言葉で括って胸にしまっている。
まず間違いなく、人は自然の前では無力だ。どんなことをしようと、どんなに逃げようと、この地球上にいる限り決して人は自然の力に逆らえない。

絶望だよね・・・

だけど地球が出来て以来、いろいろ入れ替わろうともこの地球、この自然の中に絶えず命ははぐくみ続けられてきた。
自然も命を必要としているんじゃないのかな。
だから全てを消し去るようなことはしないんだとおもう。
そう考えると、我々は生かされているんだよね、この自然に。

人は生きていく上でもてあます脳みそを抱え、次々とモノをつくり出してきた。
山を切り開き、海を埋め、平地をアスファルトで固めた。
そして、あたかも生かされている自然をも己が支配下に置いたかのように振る舞う。

傲っちゃいけないよ、人は・・・



2005年10月23日、今日は被災地では追悼行事が数多く行われている。
地震より1年が経過した今でも、9000人を超える人が避難生活を送っている。
まだ確実に震災は続いている。終わってはいない。
私も一年目の節目として、今一度この地震から私達が何をして、何を心がけて生きていかなくてはいけないのかを考えてみたい。
この地震で命を失った51名の方々が、今生きている私達を見、口惜しい思いを感じぬよう。。。。


最後に、亡くなられた51名の皆様のご冥福をお祈り致します。

<議員年金 自民、廃止に批判噴出 民主は「19年実施」で法案>

 自民党は二十日、臨時役員会を開き、国会議員年金制度を完全廃止する方針を確認し、党改革実行本部で詳細を検討することになった。だが、同日の各派閥の総会などでは、公的年金との統合までの暫定措置で乗り切ろうとした与党の当初案を、小泉純一郎首相の意向で唐突に変えたことへの反発も相次いだ。
 谷垣派の川崎二郎会長代行は、同派総会で「小泉さんの鶴のひと声で廃止せよとなった。河野洋平衆院議長はご立腹だ」。河野グループでも、衆参両院議長のもとで検討してきた改革に首相が介入したとして、批判が噴出した。「(方針転換の)プロセスがはっきりしない」(旧亀井派)や「毎年百万円超の納付金を払っている。全額返してもらわないと横取りだ」(山崎派)との声も。
 公明党の中央幹事会でも「(議員年金がなくなると)優秀な人材が集まりにくくなる」「資産を持っている人しか議員になれない」と、慎重論が相次いだ。
 一方、民主党は、議員年金制度を平成十九年一月から廃止する法案を衆院に提出した。同党は議員年金廃止の方針を与党に先駆けて打ち出しており、来年の通常国会での法案提出、成立を目指す与党に対抗して「改革のスピード」をアピールし、議員年金廃止論議を主導する狙いだ。
 しかし、実施時期については来年四月とする与党より九カ月の「遅れ」をとっている。
 法案は、議員年金制度廃止に伴い、すでに年金を受給している議員OBへの支給は継続するものの、額を三割減らし、在職三年以上の現職議員に対してはこれまでに納付した額の五割を返還するという内容。在職三年未満の現職議員には納付金を返還しない。



[記事]:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051021-00000005-san-pol
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ツッコミ所満載の記事w

>毎年百万円超の納付金を払っている。全額返してもらわないと横取りだ(山崎派)

あれれ?年金って積立型ではなくて、世代間扶助だって言ってませんでしたっけ?
だったらこの発言はおかしいなあ・・・今払っている年金はあなた方の先輩達の貰う分でしょ??w
国会議員自らそんなことを言うようじゃ、国民が年金に対して文句言ったって批判できませんよ!??(爆)


>(議員年金がなくなると)優秀な人材が集まりにくくなる(公明党)

へぇ・・・じゃあ今の年金体制では、一般の会社には優秀な人材が集まらないってことですよねぇ?
おかしいなあ・・・民間には優秀な人、たくさんいますよ??
てか、そんな金につられてやってくるのは優秀な人材じゃなくて、金まみれ予備軍の人材なんじゃないですか???w


>資産を持っている人しか議員になれない(公明党)

だからね、普通の稼ぎで議員活動ができないということが問題なわけ。
「政治は金がかかる」という考えから抜け出さないと、いつまでたってもホントに改革しなきゃいけないところがみえないよ!?


>在職三年以上の現職議員に対してはこれまでに納付した額の五割を返還

へぇ・・・5割も返すんだ。。。
痛みを訴えている人にしては、自分たちには痛みを和らげるようなことをするんだね。
こういう人たちは、いざ苦しくなったとき、自分の立場を忘れて真っ先に自分だけ逃げ出すタイプだね。口ではなんとでも言えるからね。
小泉さんよぉ・・・アンタ、詰めが甘いよ。。。結局パフォーマンスだ。

久しぶりに平松愛理のCDを聞いた。

このCD、すでに干支を一回り以上している。
15年16年も前のCDを後生大事に持っている自分も自分なんだけどね(^^ゞ

平松愛理の歌詞の中ってよく電話が出てくる。
で、その電話、公衆電話なんだよ。
今の時代から考えると、電話が公衆電話というのが、死にそうなくらい息苦しいね。苦しい、うん。。。
この息苦しさは経験したことのある年代しかわかんないかなあ。。。

色恋沙汰は平安貴族の時代の世から本質はかわんないと思うけど、その手段は飛躍的にかわってるよねぇ。。。

我が家の庭には、まだこんなんが咲いています(^^ゞ





種蒔いたの5月だから、たぶんこれはその時蒔いたヤツじゃないと思う。
ソイツらの子供だね、これは。

比較的あさがおは寒くなっても咲く。
この時期に咲いていても、桜の狂い咲きほど珍しくはないだろね。
せいぜい、「あ・・・まだ咲いてるんだね(^^ゞ」って程度。

昔、毎年ひまわりを育てることが習慣になっていた頃があるんだけど、そのときひまわりを11/23に咲かせたことがある。大きさは指を抜いた手のひらくらいの大きさだけどね。
8月の末に鉢に種まきして、しばらく暑い間は外で育て、その後は家の中(茶の間)に入れてあげたんだよ。
そのひまわり、結局12月の上旬まで咲き続け、そのあとは種を付けることなく枯れてしまいました。
その姿を見たとき、ちょっと切なくなってね。
それ以来時期外れにひまわりを咲かせるようなことはしていない。
ひまわりってさ、友達がいっぱいいて、一生懸命競いながら大きな花を咲かせてるようなイメージがあるの。
だからひとりぼっちのひまわりを見たら、なんかさ、すっごく淋しそうだったんだよね。。。(^^ゞ

今朝出勤途中にラジオから流れていた曲。
なんかどこかに引っかかっているんだよね。
音楽なんて大抵は右から左に通り抜けていくだけなんだけど、時々σ(^-^)の中に引っかかってなかなか取れない曲ってのに出会う。
前々回は平原綾香のjupiter。
前回はAIのSTORY。
そして今回は、

平井堅のPOP STAR

これも音の使い方かなあ・・・
こういう懐かしい感じの使い方は、妙に引っかかる。
STORYの時もそんな感じがしたんだよなあ。
たぶん、切ないとか、苦しいとか、ココロの周りの気圧が妙に高くなって、きゅ~んと縮まったとき、そんな感じの音の使い方をした曲を聴いたんだろうな。

BBSやCHAT、blog(以下Community)なんかの寿命は、だいたい1年~2年程度、長くて3年、人が集まりまとまって絆を深め、輪を形成するのに十分な時間。
輪のできたCommunityでは、必然的にそこでしか通用しない理論や話がはびこり、新人参加が困難となり、静的な参加者への侮蔑や疎外行為などが無意識的に行われていくようだ。
そうすると匿名による苦言や中傷誹謗が横行、やがてはCommunityの質が低下していき衰退していくという図式が成り立つ。

だけど世の中には上手に何年も継続して生き続けるCommunityが存在するのも事実。
それはメンバーがWEBの特性を理解しているか、もしくは「輪」が独自の居場所へ移動するか、そんなところ。

私も多くのCommunityを渡り歩いてきた。
そこで学んだ教訓めいたこと、それは


表は裏を否定したら、裏の『表』であるという己をなくす。
裏は表を否定したら、表の『裏』であるという己をなくす。

つまり『表裏』


自分と違うものの存在を慈しみたいものだ。
夢。

私、子供の頃から夢らしい夢を持ったことがないんだよ。
夢と言われてもすぐに現実と結びつけてしまうから、「夢見る夢」でなく現実目標になってしまって・・・
スレたガキだったのかなあ・・・(^^ゞ

夢と目標。
夢は必ずしも達成しなくても満足できる。それは夢だから。夢は見るものだからね。
だとしたら、それを達成させるには、夢のままでおいていちゃいけない。
夢を叶えようとしたとき、そこに係わる現実の障害や己の力量、周囲の環境などを鑑み、それら全てをクリアしていかないと達成はできない。
それはふわふわ浮いている夢に手足を付けて現実の大地を歩ませるってこと。
大地をしっかりと踏みしめ、夢を目標へと歩ませていく。
それを怠ってただ夢見る夢子ちゃんでは、夢は永遠に見るもの以外の何物でもなくなってしまう。

多くの人はそれを具体的に言葉にできなくても、心ではわかっている。
だから夢を叶えようとするんだね。
叶えようとすることが夢の目標への転化だから。


ああ・・・
そういえばひとつだけ私にも夢があるかな。。。

何年後になるか解らないけど、死ぬ間際、やり残したことが寿命を全うすることだけになりたい。

でも。。。これって案外難しいよね(^^ゞ
焼酎は、特になにが好きってことはない。
何でも呑むよ。
珍しいところだと、ゴマやニンジンなんてのも呑んだことある。
あと、焼酎は臭ければ臭いほどウマイというけど、あながちそれも間違いではないな。

ワインで好きなのは、カッツ。黒猫のラベルのドイツワインだ。
甘いんだけどね、σ(^-^)にはしては珍しく、するすると呑める。
あ・・・ドンペリも一回だけだけど呑んだことある。
仲間の結婚式の2次会に何本か持ち込んだんだよ。


ウィスキーは、リザーブとカティサークがいいな。
特にカティサークは小学2年の時に初めて呑んで、「甘い」って感じた酒。
それ以来虜になってしまった(^^ゞ


そのほかの酒では、ズブロッカなんかはいいねぇ。。。
桜餅の風味と、あのトロッとした感じが非常にイイ。
それ以外にはジンとかも呑むよ。

あ、でもね、テキーラだけはちょっとダメ。。。なんかσ(^-^)には合わないみたい。





③最近最後に飲んだお店は?


居酒屋だな・・・・「村さ来」って店。
20年来の仲間とサシで呑んだ。
ボトル入れてしこたま呑んでも3000円ちょっとだった。
σ(^-^)ら、ほとんどつまみ食べないんだよね。
食べても刺身とか、漬け物、冷や奴や煮物。
油物は食べなくなりました(^^ゞ




④よく飲む、もしくは思い出の5杯


ま、当然「生ビール」だろうな。
これはデフォルト。
何処いってもまずはコレ。

あとは焼酎だね。
σ(^-^)はロックかソーダ割りで呑む。
呑みに行った場合、ソーダ割りなら1:1で割ってジョッキで5杯くらいのむ。
で、当然γが上がる(爆)

思い出の酒といえば・・・若かりし頃、野外打ち上がる花火の下でシェイカー降って、オリジナルのカクテル一杯でオニャノコを落としたこと・・・(激しく謎
あとは、会社の泊まりがけの忘年会のとき、激しく先輩の男性、先輩の女性、σ(^-^)の3人で20分の間に、お銚子27本呑んだことかな。。。
鍋のふたの穴を指でふさいで大杯代わりにしてガブガブ。。。。
当然その後、先輩の男性と共にぶっ倒れてしまった・・・(^^ゞ でも不思議と二日酔いはしなかったなあ。
方や先輩の女性は、その後また呑みに行って浴衣はだけまくらせて、みなさまにパンツみせまくってたとのこと。。。。
いやはや・・・こんなに呑んじゃいけませんなあ・・・




とまあ、色々武勇伝ちっくなことはあるけど、今では肝臓に爆弾抱えたただのオヤジです(^^ゞ
カラダのことを考えて、ちゃんとつまみも取るようになったしね。
そういうこともあって、σ(^-^)のカラダにあった、簡単で美味いつまみを手作りするようになったわけ。
たぶんσ(^-^)、呑んだら死ぬと言われても、回数を減らして酒を飲み続けるんだと思う。
それがたとえ一月に1回しか呑めなくなったとしても。
いざ呑むときは、最高に美味しいシチュエーションで、最高に美味しいおつまみと、最高に気の合うヤツと一緒にね。

人はそんなσ(^-^)を、「ろくでなし」と呼ぶ。
ああそうさ、ろくでなしさ。
でもそれは、σ(^-^)にとって褒め言葉。
酒を愛する物にとっては、最高の褒め言葉なのだよ・・・