ジモトザクラ満開



さてさて、このブログで何度か取り上げたこの桜。このたび満開となりました^^
去年7月の三条大洪水の仮設住宅の前の街路樹。σ(^-^)の通勤路にある桜、別に特別な名所にある桜じゃあありません。
だけど、毎日見ている桜だから、なんか感情が入っちゃってね(^^ゞ
手前味噌でスマソ(^^ゞ

面接ってただありきたりな質問だけされて、それに対して教科書通りの答えを返すだけではおもしろくない。
面接の相手は大抵偉い人なので、色々な話の中から自分の知らないことの話が聞けたり、会社で責任ある立場にいる人の考え方を学ぶいい機会にもなる。
だから一回面接を終えると考えさせられることも多いし、それに対しての答えを見つけだせると、自分自身も少し成長したようにも感じられる。
たとえ力及ばず不採用になったとしても、その時点ではまだ自分にそれだけの力や知識、仕事への意識が足りなかったというだけ。
気持ちをちゃんと前に向けて、学びと反省、答えの模索を繰り返し、少しずつでも自分を高めていくことができれば、必ず採用の道は開けてくる。
少なくともσ(^-^)はそう信じて就職活動をしてきた。
そんな中で、σ(^-^)が面接に対して出した答え。それは


「会話を楽しもう!」


良く思われようとか失敗しないようにとか、そういうことが緊張に繋がる。
しっかりと、そして着実に意識改革をして、普段の自分が面接に耐えうる自分となるよう努力したいものだ。

昨日はカノジョと一緒にもう7、8年になる馴染みの海の見える店に行ってきた。

冬の間はクローズして、4月の第一日曜からオープンするため、まさに開店日。

たぶんあのマスターなんで、初日は食べものを作りたがらないだろうから、軽く昼飯をとって行くことにした。



ちょうど近所に以前書いたラーメン祭りに出店していた、スープのないラーメンの店があるので寄ってみることに。

前回は気づかなかったのか、はたまた万民向けに入っていなかったのか、餡の具に鶏レバーが入っていた。

これ、臭みもなく非常に旨い!

カノジョはあんかけチャーハンを食べたんで、ちょっと貰って食べてみたが、こっちも旨かった。

こういう旨いものが食べられるのもありがたことだ。



腹を満たして2時過ぎに到着すると、仲間の某氏も店に来ていた。やっぱ考えることは同じらしい(笑)

マスターに挨拶して軽く乾杯したんだが、今年は珍しく初っぱなからやる気十分だったらしく、料理はすべてOKだった(^^ゞ

こっちは予定外だったな(笑) とりあえずいつものようにタコのハワイ料理を注文した。

しばらくすると、タコ料理の他にマグロの料理の試作品と菜の花の料理の試作品もでてきて、テーブルが豪華に。

いつも良くして貰っていますデス、ハイ。ありがとうm(__)m



2時間くらい談笑し、店を後にする。

σ(^-^)とカノジョはそのまま日帰り温泉へ。

カノジョも棚卸しで先週は休んでいないし、σ(^-^)も導入作業でハードな日々を過ごしていたので、これはどんなに遅くなっても外せない行動(笑)

σ(^-^)、カラダの凝りがひどくて、出張やら極酷いハードワークをすると、上半身が固まったように凝る。酷くなるとカラダを動かすだけで首のスジを伝って頭と目に激痛が走るようになってしまい、仕事どころか普通の生活にも支障を来す。

昨日もその状態になりかけていて、心配したカノジョが風呂上がりにマッサージをしてくれた。

今回が特別ではなく、結構マッサージしてくれるんで、非常に感謝している。こちらもありがとうだなm(__)m



疲れていたり、仕事に追われていたり、いろいろと余裕が無くなってくると、人は負のパワーに翻弄される。

負の感情が強すぎると、それが周りにも伝播するし、それを察知できる人には敬遠されてしまう。

そうすると今までうまくまわっていたものもまわらなくなる。だからまたまわりにそれが伝播するし、人も離れていく。

まさにこれって負の連鎖だと思うんだよね。

否定的なことばかり言ったり、自分さえよければ的なことばかり言ったり、悪口言ったり・・・こういうのもね、負の連鎖に巻き込まれる要素なんだと思う。

負のパワーって低気圧みたいな物だから、とにかく周りの物を何でも吸い込んでしまう。

吸い込めば収まるかと思えば、全然その逆でどんどんその負のパワーは強くなっていくだけ。

そして強くなればなるほど周りを吸い込むから、別の負の要素も近寄ってくる。

コワイよ、負の連鎖は。



σ(^-^)もねぇ、それを解っているんだけど、ついつい辛くなっちゃうとその連鎖の罠にはまりそうになってしまう。

だめだねぇ・・・(^^ゞ

だから今日はいっぱいありがとうを言ってみた。

「ありがとう」は間違いなく正のパワーだからね。

 再び変身の体制に入った響が、精神集中を始める。
 どこからともなく低いドラムの音がドンドコドンドコと鳴り響き、なんだなんだと智鳥
とセリカが目をキョロキョロさせる・・・・・怪しい。
 そして二人の見ている前で、響の体が柔軟に変化を開始した。
 ゆっくりと波打つように身体が形成されていく。まるで蛙の卵の細胞分裂を見ているよ
うだ。
 その不思議な存在が、だんだんと人の形になりつつあるのを二人は見て取った。
「にゃあ」
「うん?なんだセリカ?」
 そういえば変身するのはいいとして服はどうなるんだろう、とセリカは言いたいらしか
った。今まで智鳥がこれっぽっちも疑問に思わなかったことである。
 そんなことを考えている間に、みるみる変身が完了に近づいていく。
「わあああああああああ、ちょっと待ったああああああああああああああああああ!!」

 だがその一言は既に遅かった。





      一、大宇宙の法則 --- 了


「あのー・・・・・、響さん」
「はい?」
「その・・・、ウイスキーのボトルが海に行くわけだよね。普通はありえないことだから
・・・・・。ちょっと周りから変な目で見ら
れちゃうんじゃないかな・・・・・。いや、僕は全然気にしてないんだけどね」
「そんなに、変ですか?」
「いや、だから別に、でっかいボトルに手足が生えて言葉喋ってトコトコ歩くのはかわい
いと思うけど、やっぱり非現実過ぎるから、・・・・・外に出るのはマズイんじゃないか
と」
「セリカさんもそう思います?」
「みゃあ」
 そう思う、と返事しているらしい。
 響はちょっと考え、そして思い立ったかのようにすくっと立ち上がった。
「つまりこのボトルの姿がいけないんですね。わかりました。それじゃあ姿を人間に変えま
す。それならいいですよね?」
「へ?人間になれるわけ?」
「そう、人間です。全ては大宇宙の・・・」
「ああっわかった。わかったから早く変身しちゃってちょうだい。頼むからっ」
 智鳥はもう大宇宙のうんたらかんたらは聞きたくなかった。懸命な努力である。その努
力も報われて、響は「では、いきます」と、すぐさま変身の体制に入った。
 胸を反らせ、手足をピンとまっすぐにする。
「あ、でも魔女っ子アニメみたいに恥ずかしい呪文を唱えたりして変身するわけじゃない
ですからね」
 はいはいと智鳥とセリカが、気の抜けた声をあげる。できればそこで茶々を入れないで
ほしかった。
<卒業アルバム 最後のページは白紙>





 小6同級生殺害事件が起きた長崎県佐世保市の市立大久保小学校(188人)で17日、卒業式があり、卒業生は最後のページが白紙の卒業アルバムを手にした。加害女児の写真を張れるようにしたためだ。御手洗怜美さんの命を奪った少女の写真をどうするか。一緒に過ごした時間を残すのか、消してしまうのか。子供たちは答えを探し求め、教師も親も考えた。その結果が白紙のページだった。

 昨年6月1日の事件後、教室には加害女児への反発と憎悪が渦巻いていた。ある男児は「『子供だから』と許されるのか」と激高した。2学期から担任になった男性教師は「事件に触れるだけで子供たちの心が崩れてしまいそうだ」と感じた。だから「(施設送致は)本音が分かる環境で糸をほぐすためだよ。彼女の罪を軽くしたのではないよ」と児童たちを諭した。

 一方で、卒業アルバムを巡り、怜美さんの父恭二さんは「怜美と彼女が教室に存在した『形』を残してほしい。彼女を憎む感情を子供が持つのはつらい。憎しみをどうしたらいいのか知らない子が起こした事件だから」と担任に告げていた。

 怜美さんと加害女児をアルバムに載せるのか、子供たちは何度も議論した。それぞれが結論を出したのは2月4日。「両方載せる」15人、「怜美さんだけ」15人、「両方載せない」1人。答えを出せない子もいた。

 「両方載せる」とした子は「私たちは強くなった」、別の子は「幼稚園からずっと友達。忘れられない」と言った。「怜美さんだけ」とした子は「(加害女児を)載せたら戻ってきた時に彼女の気持ちがきついんじゃない?」と推測した。「両方載せない」とした子は「新しくスタートを切りたい」と訴えた。

 担任と保護者が話し合い、怜美さんの写真は載せて、加害女児については希望者に写真を提供することにした。希望した児童は10人。2人とも運動会での姿。子供たちはアルバムのタイトルを「We Can(やれば、できる)」と名付けた。そんな子供たちが、担任の目にたくましく映る。

 子供たちの議論を聞いた恭二さんは「何の話し合いもなく2人の存在を消し去ることは許されないと感じた。事件と向き合うことにつながる大切な過程になったのではと感じている。逃げずに意見を出してくれた子供たち、保護者の方々に感謝します」とコメントした。






[記事]:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050318-00000024-mai-soci

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今の子は、殴られれば痛いとか、刺されれば死ぬということをわかっているのだろうか?

こういうのは躾けがベースだと思うが、「加減」というものは経験じゃないかと思う。

どのくらい殴ったらヤバイとか、刃物を振りかざした先にあるものはなにかとか、相手の追いつめ方とか、私達はそういうものを子供社会のなかで経験し学んできた。

だから肉体的に痛い思いもしたし、痛い思いをさせたりもした。精神的に追いつめられたり、逆に追いつめたりもした。

きっと大事が起こるというのは、その狭間のほんの少しのさじ加減なんじゃないか?

だから思う。

オトナは子供を守ってはいけない。

危険なことや醜いこと、辛いことや痛いことなんかを取り上げちゃいけない。

みんな人間形成の教材なんだよ。

オトナは経験して結果を知っているから、先を予知して子供からそういうものを遠ざける。

これ、全くのオトナのエゴ、子供を守っていますという自己満足にすぎない。

本当に子供を守るというのならば、自分と同じように子供にも経験というものをさせてあげないと。小さな過ちをたくさんさせてあげないと。

でないと、いつまで経ってもさじ加減がわからず、あげく許されないおおきな過ちを犯すことになるよ・・・


「そうそう、二人とも今日はひまかしら?」
「まあバイトは夜からだし、昼間はヒマだけど」
「それじゃあ海に行きません?私ずーっと前から行ってみたいと思っていたんです」
 ずっと前からって、いったいいつからなんだ。
 とは、智鳥は言わなかった。
「ああ、青い砂浜。白い海(逆だ逆ッ)。今にもその情景が目に浮かぶよう・・・・・。
きっと海も私が来るのを、遥かな過去からずっと待っているんですわ」
 あさっての方向を向きながら、響がまたもや自己陶酔に浸る。どうやら自分に酔う性格
らしい。いったいアルコール分は何パーセントあるのだろうか。
 しかししばし待て。智鳥は思った。セリカも同じことを考えたらしく、智鳥の服をちょ
いちょいと爪で引っ掻いている。
 智鳥とセリカが、気味悪いほど同時に首を傾げる。
「なんとなく?」
「そうです。人間の『なんとなく』には必ず本人の意識が働いているものですが、私の場
合は純粋で混じり気のない『なんとなく』なんです。これを『大宇宙なんとなく』と言い
ます。全宇宙の不思議なことや神秘的なことには、全てこの『大宇宙なんとなく』の法則
が当てはまります。私が知性を持ったのも、つまりは大いなる宇宙の法則にしたがっての
ことなんです」
 朝日を受けて中身のウイスキーがキラキラと輝く。祈りを捧げているようなポーズをと
るところからして、自分の台詞に酔っているのだろう。
 そんな自己陶酔している響を横目に、智鳥はセリカにボソリと呟いた。
「きっと、なんとなく生まれた法則なんだぜ」
「にゃあ」
 同感するセリカ。しかしそうすると、宇宙人が人をさらうのも、ネッシーがビッグフッ
トと同窓会するのも、真夜中の学校で音楽室
のピアノがひとりでに『君が代』をひいたり、保健室の骨格標本が盆踊りを踊ったりするの
も、みんな『大宇宙なんとなく』の法則にしたがってのことなのだろう。
 それから響が自己陶酔からさめるのに、たっぷり一分間を要した。そして思い出したよ
うに二人に向き直る。
1400キロ超の日帰り出張の帰路新幹線での出来事。

まだ産まれてまもない赤ん坊を抱いた若夫婦。

この時間の新幹線は実に静か。まあ当然。みなさん寝ているから。

突然むずがる赤ん坊。

しばらくするとその泣き声も聞こえなくなった。

トイレに立ったσ(^-^)、若夫婦は他の乗客を気遣ってデッキへ移動していた。

奥さんだけでなく旦那も一緒にデッキへ出ていた姿を見て、なんかちょっとうらやましかった。



歳をとったのかな、σ(^-^)も・・・


「おはようございまーす。そういうわけで今日から知性を持ちました、サントリーウイス
キー『響』です。響と呼んでください。今後ともヨロシク」
「あ、その、草切智鳥(くさぎりともとり)です。こっちは友人のセリカ」
「みぁあ」
「それで、いったいどういうわけなんですか?」
 智鳥は至って正常な疑問を投げつけた。少なくとも非生物が動いて、しかも口もないの
に喋っているのだから当然の疑問と言っても過言ではない。
 それに対してウイスキーのボトル…響(安易な名前である)は、およそ緊迫感の欠片も
ない返事を返した。
「はい?」
「いや、だからね。なんで酒瓶が動いてんの?」
「そりゃ決まっていますよ智鳥さん。なんとなくです」
 と、響は台詞の語尾に力を込めた。