レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -7ページ目

顎が外れるほどの驚き

今年に入って一番の驚き。

いや人生最大の驚きかも知れない。
 
2月のとある日のこと。

店先のメダカ水槽を覗いているところに、通称モモ婆が通りがかった。

モモ婆が「こんな寒いのにメダカ生きてるんか?」と話しかけてきた。

僕は頷いて、「大丈夫みたい。ところで、モモ婆、元気? 此間、モモ婆の家の斜向かいに救急車がとまってたやろ。ひょっとして、モモ婆かと思ったりしててんな」と。

モモ婆は「うちは元気やがな。あれは化粧品屋や」と。

化粧品屋と言うのは、モモ婆の隣家のKばあちゃんの事だ。

その昔、Kばあちゃんちが化粧品屋を営んでいたので、昔馴染みは未だにKばあちゃんの事を化粧品屋と呼んでいる。

「化粧品屋って? Kばあちゃんのこと?」と聞くと、そうだと言う。

その日、昼前になってもKばあちゃんが起きて来ない。

おかしいと思い、息子さんが部屋をのぞきに行くと、すでにKばあちゃんは天に召されていたらしい。

「化粧品屋、95歳やがな。まあよう生きたし、寝込む事もなかってんから、幸せなこっちゃ」と、身振り手振り口角泡を飛ばして、モモ婆が説明してくれた。

つい先日、息子さん夫妻と和かに雑談をしたばかりだ。

何かあったような様子は全くなかった。

モモ婆から話を聞いた夜、家内と話し合って御供えは持っていかない事にしようと決めた。

今後もわざわざその話題に触れるのもよそうと。

そんな事から4ヶ月が経った6月上旬。

家内と店先の掃除をしていると、Kばあちゃんの息子さんの奥さんが通りがかった。

奥さんの陰からちらっと人影が見えた。

奥さんが「こんにちは」と会釈をすると、その向こうにニコニコ顔のKばあちゃんの顔があった。

もう驚いたどころの騒ぎではない。

人が心底驚くと、ぽっかりと口があき、言葉を失うようだ。

平静を装い、「こんにちは」と言うのが精一杯だった。

家内はまだ唖然としている。

奥さんは「んっ?」と言うような困ったような笑顔を見せていた。

やっとの事で「おばあちゃん、元気やった?」と言葉が出た。

おばあちゃんは、「おーきに。ずっと家に籠っててんわ。お陰さんで元気やで」と。

奥さんに付き添われて歩くおばあちゃんを見送りながら、これは現実か?と。

ひょっとすると、僕たちが見ているのは幻?

モモ婆のあの真に迫った言動はなに?

よくよく思い出すと、救急車と同時にパトカーも見た。

何かしら起こっていたのは間違いなかったが、それはKばあちゃんではなかったという事だ。

もう何が何だか分からなくなってきた僕と家内は、兎に角、事務所に戻って落ち着こうと。

百歩譲って考えても、Kばあちゃんはピンピンしている。

僕たちがおかしな世界に引き摺り込まれたという事でもない。

という事は、モモ婆か・・・

モモ婆も90歳を超えている。何があってもおかしくない。

モモ婆は一人暮らしだが、近所に娘夫妻、孫夫妻が住んでいる。

案じる事もないのだろうが、やはり気掛かりだ。

6、7年前はモモ婆とKばあちゃん2人連れだって、よく店にやって来たものだ。

その度と言っていいくらい、お裾分けや手作りおやつなど頂いた。

お2人共、達者に歩いていたが、いつしかシルバーカーを押して歩くようになり、やがてそれもおぼつかなくなった。

こうして時は流れていくのだろうが、あまりにも淡々と流れる時に戸惑う。

もう一度、時を巻き戻す事が出来たらと思ってしまう。