茜さす箱根の空に誓ったこと
パソコンの画面を食い入るようにして見ていた家内が、
「超豪華打ち上げだって」と、溜め息混じりに言った。
画面を覗き込むと、
『家政婦のミタ、箱根老舗旅館にて超豪華打ち上げ』とあった。
サラリーマン時代の事である。
僕は一度だけ、ある出版社に招かれて箱根に行った事がある。
売上コンペ全国上位数十社を、招待するというものだったと思う。
浮かれた時代だった。
用意されていた宿泊先は、名の通った老舗ホテルという事だった。
当時、とりわけ宿泊客に外国の方が多く、
いちげんさんはまず泊まれないという説明を受けた。
外国人でしかも馴染みの方が多いという事だろうか?
そこのところはちょっと覚えていない。
ひょっとすると同じ所だったりして、
と思うと意味もなくニヒルな笑みが浮かぶ。
所謂、優越感というやつだ。
超豪華打ち上げ記事を読み進んでいくと、
ちょっと場所が違うようだ。
な~んだと思ったが、
同時に思い出さなくてもいい事まで
浮かび上がってきた。
その出版社のお招きで、
僕と同僚の二人がお世話になったのだが、
仕事の都合で、同僚とは現地で合流する事になっていた。
少し早めに着いてしまった僕は、
取りあえずチェックインを済ませ、部屋に入った。
部屋は古かったが、手入れが行き届いていた。
ただ、いたずらに広く、
僕はどこかしらそわそわと落ち着かない自分を感じた。
カプセルホテルの方が断然落ち着くぜと思う僕は、
なんて経済的な人間なのだろうと思う。
浴室もユニットバスではなく、
昔ながらのタイル貼りで、浴槽は猫脚の陶器製?
蛇口は真鍮製だった。
もぞもぞお尻が落ち着かないので、
僕は部屋を出て、館内を不審者の如くうろついた。
それでも、合流時間まで間が持たず、
ロビー近くのカフェに入る事にした。
見渡しのいい席を探していると、突然
「コーヒー、もう一つお願いします」
と、初老の紳士に呼び止められた。
素人目にみても、質のよい上品なスーツを着ていらっしゃったのを覚えている。
僕は「承知しました」と言って、ホールスタッフを呼んだ。
こういう時、なぜか浪速っこの血が騒ぎ、流れに乗ってしまう。
状況を理解した紳士は慌てふためいて、
同じ席を勧めて下さり、コーヒーをご馳走して下さった。
紳士は、東京から来ているのだが、
このホテルをさらに山側に上った所に休暇を過ごす家があるという事だった。
気が向けばこのホテルにも泊まる。
そして、ここの夏から秋が好きで、この時期は頻繁に来るのだとも。
ほどよい所で、いんぎんに男性が近づいて来て、ちらっと僕を見た。
そして、紳士に浅く礼をして
「お待たせして申し訳ありませんでした。奥様もご到着なさいました」
と、言った。
紳士は頷いて立ち上がった。そして僕に
「いやあ、面白い方ですね。
しかし、このホテルにあなたのようなお若い方が、
お泊まりになっているなんて思いもしませんでした。
失礼しました。機会があればまたお会いしましょう」
とおっしゃった。
ガラス越しにホテルの車寄せが見えたのだが、
その紳士はモスグリーンのジャガーに乗り込んで、
どこへやら消えて行った。
大雑把な所、そんな感じだった。
この時の事はなぜか忘れることがない。
僕には余りにも不釣り合いな場所という事かと納得もし、
ますます居心地が悪くなった。
僕は茜さす箱根の空を見上げながら、
いつの日か僕も、実力で泊まってやると、
ゆる~く決心した。
翌日はゴルフだったが、
僕と同僚は、担当者の方に辞退を申し入れ、
他の出版社との商談の為、新幹線に乗り込んでいた。
商談相手の担当者さんとは、
それまでも懇意にして頂いていたので、気が軽かった。
商談は首尾上々。
その夜は料亭にお呼ばれし、
普段口に出来ないような肉を頬張っていた。
連夜、贅沢な宿に泊まれ、ご馳走にあずかれて、
なんて幸せなのだろうと思った。
反面、いずれも在籍する会社の看板があってこその対応なんだと思うと、
若いなりにも、物悲しいものがあった。
よ~し、独立するか!と思ったのは、その時かも知れない。
「超豪華打ち上げだって」と、溜め息混じりに言った。
画面を覗き込むと、
『家政婦のミタ、箱根老舗旅館にて超豪華打ち上げ』とあった。
サラリーマン時代の事である。
僕は一度だけ、ある出版社に招かれて箱根に行った事がある。
売上コンペ全国上位数十社を、招待するというものだったと思う。
浮かれた時代だった。
用意されていた宿泊先は、名の通った老舗ホテルという事だった。
当時、とりわけ宿泊客に外国の方が多く、
いちげんさんはまず泊まれないという説明を受けた。
外国人でしかも馴染みの方が多いという事だろうか?
そこのところはちょっと覚えていない。
ひょっとすると同じ所だったりして、
と思うと意味もなくニヒルな笑みが浮かぶ。
所謂、優越感というやつだ。
超豪華打ち上げ記事を読み進んでいくと、
ちょっと場所が違うようだ。
な~んだと思ったが、
同時に思い出さなくてもいい事まで
浮かび上がってきた。
その出版社のお招きで、
僕と同僚の二人がお世話になったのだが、
仕事の都合で、同僚とは現地で合流する事になっていた。
少し早めに着いてしまった僕は、
取りあえずチェックインを済ませ、部屋に入った。
部屋は古かったが、手入れが行き届いていた。
ただ、いたずらに広く、
僕はどこかしらそわそわと落ち着かない自分を感じた。
カプセルホテルの方が断然落ち着くぜと思う僕は、
なんて経済的な人間なのだろうと思う。
浴室もユニットバスではなく、
昔ながらのタイル貼りで、浴槽は猫脚の陶器製?
蛇口は真鍮製だった。
もぞもぞお尻が落ち着かないので、
僕は部屋を出て、館内を不審者の如くうろついた。
それでも、合流時間まで間が持たず、
ロビー近くのカフェに入る事にした。
見渡しのいい席を探していると、突然
「コーヒー、もう一つお願いします」
と、初老の紳士に呼び止められた。
素人目にみても、質のよい上品なスーツを着ていらっしゃったのを覚えている。
僕は「承知しました」と言って、ホールスタッフを呼んだ。
こういう時、なぜか浪速っこの血が騒ぎ、流れに乗ってしまう。
状況を理解した紳士は慌てふためいて、
同じ席を勧めて下さり、コーヒーをご馳走して下さった。
紳士は、東京から来ているのだが、
このホテルをさらに山側に上った所に休暇を過ごす家があるという事だった。
気が向けばこのホテルにも泊まる。
そして、ここの夏から秋が好きで、この時期は頻繁に来るのだとも。
ほどよい所で、いんぎんに男性が近づいて来て、ちらっと僕を見た。
そして、紳士に浅く礼をして
「お待たせして申し訳ありませんでした。奥様もご到着なさいました」
と、言った。
紳士は頷いて立ち上がった。そして僕に
「いやあ、面白い方ですね。
しかし、このホテルにあなたのようなお若い方が、
お泊まりになっているなんて思いもしませんでした。
失礼しました。機会があればまたお会いしましょう」
とおっしゃった。
ガラス越しにホテルの車寄せが見えたのだが、
その紳士はモスグリーンのジャガーに乗り込んで、
どこへやら消えて行った。
大雑把な所、そんな感じだった。
この時の事はなぜか忘れることがない。
僕には余りにも不釣り合いな場所という事かと納得もし、
ますます居心地が悪くなった。
僕は茜さす箱根の空を見上げながら、
いつの日か僕も、実力で泊まってやると、
ゆる~く決心した。
翌日はゴルフだったが、
僕と同僚は、担当者の方に辞退を申し入れ、
他の出版社との商談の為、新幹線に乗り込んでいた。
商談相手の担当者さんとは、
それまでも懇意にして頂いていたので、気が軽かった。
商談は首尾上々。
その夜は料亭にお呼ばれし、
普段口に出来ないような肉を頬張っていた。
連夜、贅沢な宿に泊まれ、ご馳走にあずかれて、
なんて幸せなのだろうと思った。
反面、いずれも在籍する会社の看板があってこその対応なんだと思うと、
若いなりにも、物悲しいものがあった。
よ~し、独立するか!と思ったのは、その時かも知れない。