五隹矢止
スマホの電源を入れると、何人かの知人から
「地震があったけど大丈夫か?」とのメッセージが入っていた。
「えっ?結構大きかったのか? また大きな被害があったのか?」
寝起きの前頭前野が猛烈な勢いで回転を始めた。
僕は自称書斎兼仕事場で明け方まで仕事をしており(いやほんとに仕事なのだ)、
そのまま寝入ってしまっていた。
結構な揺れを感じ、小物が落ちる音がしたが、
不覚にも揺れが収まると共に再び、深い眠りに落ちてしまっていた。
子供たちも流石に目が覚めたらしく、「怖かった~」と。
地震直後、家内が僕の様子をのぞきにきたらしく、あとから
「いつもヘナヘナなくせに、こういう時は動揺しないわね」と。
「阪神の時は起きていたでしょうが」と、反論する僕。
「あの時は、寝るも起きるも、足の踏み場もなかったでしょ」
こうして今、軽口がたたけるだけでも有難い。
ところで、PCを立ち上げ、ニュースをみると、
「阪神震災の余震か?」といった記事があった。
18年も経っているのに余震?
いや、前震だろうが本震だろうが余震だろうが、
被災の状況が気になる。
被災された方が深刻な状況でなければいいのだけど・・・
こんな事がある度に、地震に限らず空を見上げる事ができず、
俯いて歩く人たちが気になる。
人とはなんともか細く弱い生き物であろうか。
か細いがゆえに、自分を守り自分を優先してしまう。
だけど、そのひ弱な生き物には、無限の能力と優しさもある。
今この瞬間に人々が、その優しさと良心に従って生きると決心したら、
世界はどんなにすばらしいものになるだろう。
昔、知人の裏庭に手水鉢があり、おかしな記号が彫られていた。
今にして思えば京都の有名なお寺のつくばいと同じものだ。
それは臼のような形をした石に彫られたもので、真ん中に四角い水溜めがあり、
その上下左右に『五隹矢止』とあった。
随分経ってから、『吾唯知足(われただたるをしる)』と読むのだと分かった。
僕はあれがほしい、これが足りないと、日々嘆いているが、
時にはこの染み入るような言葉を思い出す・・・
「地震があったけど大丈夫か?」とのメッセージが入っていた。
「えっ?結構大きかったのか? また大きな被害があったのか?」
寝起きの前頭前野が猛烈な勢いで回転を始めた。
僕は自称書斎兼仕事場で明け方まで仕事をしており(いやほんとに仕事なのだ)、
そのまま寝入ってしまっていた。
結構な揺れを感じ、小物が落ちる音がしたが、
不覚にも揺れが収まると共に再び、深い眠りに落ちてしまっていた。
子供たちも流石に目が覚めたらしく、「怖かった~」と。
地震直後、家内が僕の様子をのぞきにきたらしく、あとから
「いつもヘナヘナなくせに、こういう時は動揺しないわね」と。
「阪神の時は起きていたでしょうが」と、反論する僕。
「あの時は、寝るも起きるも、足の踏み場もなかったでしょ」
こうして今、軽口がたたけるだけでも有難い。
ところで、PCを立ち上げ、ニュースをみると、
「阪神震災の余震か?」といった記事があった。
18年も経っているのに余震?
いや、前震だろうが本震だろうが余震だろうが、
被災の状況が気になる。
被災された方が深刻な状況でなければいいのだけど・・・
こんな事がある度に、地震に限らず空を見上げる事ができず、
俯いて歩く人たちが気になる。
人とはなんともか細く弱い生き物であろうか。
か細いがゆえに、自分を守り自分を優先してしまう。
だけど、そのひ弱な生き物には、無限の能力と優しさもある。
今この瞬間に人々が、その優しさと良心に従って生きると決心したら、
世界はどんなにすばらしいものになるだろう。
昔、知人の裏庭に手水鉢があり、おかしな記号が彫られていた。
今にして思えば京都の有名なお寺のつくばいと同じものだ。
それは臼のような形をした石に彫られたもので、真ん中に四角い水溜めがあり、
その上下左右に『五隹矢止』とあった。
随分経ってから、『吾唯知足(われただたるをしる)』と読むのだと分かった。
僕はあれがほしい、これが足りないと、日々嘆いているが、
時にはこの染み入るような言葉を思い出す・・・