レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -443ページ目

五隹矢止

スマホの電源を入れると、何人かの知人から

「地震があったけど大丈夫か?」とのメッセージが入っていた。

「えっ?結構大きかったのか? また大きな被害があったのか?」

寝起きの前頭前野が猛烈な勢いで回転を始めた。

僕は自称書斎兼仕事場で明け方まで仕事をしており(いやほんとに仕事なのだ)、

そのまま寝入ってしまっていた。

結構な揺れを感じ、小物が落ちる音がしたが、

不覚にも揺れが収まると共に再び、深い眠りに落ちてしまっていた。

子供たちも流石に目が覚めたらしく、「怖かった~」と。

地震直後、家内が僕の様子をのぞきにきたらしく、あとから

「いつもヘナヘナなくせに、こういう時は動揺しないわね」と。

「阪神の時は起きていたでしょうが」と、反論する僕。

「あの時は、寝るも起きるも、足の踏み場もなかったでしょ」



こうして今、軽口がたたけるだけでも有難い。



ところで、PCを立ち上げ、ニュースをみると、

「阪神震災の余震か?」といった記事があった。

18年も経っているのに余震?

いや、前震だろうが本震だろうが余震だろうが、

被災の状況が気になる。

被災された方が深刻な状況でなければいいのだけど・・・

こんな事がある度に、地震に限らず空を見上げる事ができず、

俯いて歩く人たちが気になる。


人とはなんともか細く弱い生き物であろうか。

か細いがゆえに、自分を守り自分を優先してしまう。

だけど、そのひ弱な生き物には、無限の能力と優しさもある。

今この瞬間に人々が、その優しさと良心に従って生きると決心したら、

世界はどんなにすばらしいものになるだろう。


昔、知人の裏庭に手水鉢があり、おかしな記号が彫られていた。

今にして思えば京都の有名なお寺のつくばいと同じものだ。

それは臼のような形をした石に彫られたもので、真ん中に四角い水溜めがあり、

その上下左右に『五隹矢止』とあった。

随分経ってから、『吾唯知足(われただたるをしる)』と読むのだと分かった。

僕はあれがほしい、これが足りないと、日々嘆いているが、

時にはこの染み入るような言葉を思い出す・・・