レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -330ページ目

平和がいいんだよ!番外編

実家には何枚かの感謝状と贈呈品が飾られている。

「先の大戦に於ける軍人軍属の・・・」と、いった内容のものだ。

画像の銀盃はその贈呈品の一つである。

国が慰労の意味で、父に贈った。

そこに至る理由はいくらかあるが、政治的なおべっかがみてとれる。

父はどんな思いでこの品を受け取ったのか。


銀杯



僕はその品々を見る度に、父の言葉を思い出す。

「アシは訳の分からないまま、戦地に赴いた。

理屈もくそもない。明日、自分が生きているかどうかも分からんのや。

そらあ、神経がもたんで。

今、戦地の最前線に行く覚悟のある政治家が、一人でもおるか?」
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「政治家ほど、拡大解釈に長けた人種はおらん。

そんな屁みたいな連中が、理屈をこねくりまわしてんねんや。

法律に針の穴でも開けようものなら、そこに理屈を流し込んできよる。

また、戦争にならんかと、アシは心配する」

心に突き刺さるような言葉だ。


少しだけ父の戦争体験に触れたい。

父は沖縄本島から東400kmの所に位置する南大東島に赴任した。

日本最後の部隊で、特別編成隊と呼ばれた。

島には島民が去った後の住居と焼け焦げた砂糖倉庫があったという。

食糧は何もなく、手榴弾を海に投げ込んで魚を獲ったり、

竹槍のようなものを作り蟹を獲ったり、

時には洞窟に入り、蝙蝠を獲ったりして食したという。

焼け焦げた砂糖を食べようとしたが、

臭くて口に出来なかったらしい。

父が助かったのは、島の形状が幸いしたからだという。

南大東島は岩礁でできた島で船を寄せられる場所がなく、

クレーンで船を吊り上げたらしい。

結果、日本最南端の砦は米軍が上陸できず、空爆のみで済んだ。

「アシは恨みも何もない米軍を砲撃した。

米軍も同じだろう。

そんな馬鹿げた話があるか?

戦争をするなら、害の及ばぬ孤島に行き、政治家同士でやればよい」

父はそんな事を言っていた。



父は時折戦闘機に追いかけられる夢を見、

墜落する米軍飛行機の悲痛な叫びで目が覚める事があるとも言っていた。

生涯、戦争が残した傷を背負い続けた父。

戦争が為に、職にも苦労し、遅い結婚を余儀なくされた。

二度と同じ思いをする人間を生んではならない。