レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -270ページ目

その声は導きか

鞄の中から何やら聞こえたような気がした。

中を覗き込んでみたが、

音の出るようなものは何もなかった。

鞄を閉じようとしたら、

「ねえ、持ち歩くだけなら本棚に戻しておきなよ」

と、今度ははっきりと声が聞こえた。

それは年齢性別のない不思議な声だった。

だけどそれがどこからやってくる声なのか、僕にはすぐに分かった。

「分かってますがな。仕事の合間に読もうと思ってますねん」と、僕は答えた。

「おいら、こんな中で無意味に傷むの、やだからね」

本はつっけんどうにそう言った。

「分かってますって」

「どうだか・・・」

「本当に、今日から読み始める予定なんだ」

「そう言って、人間は自分に都合のいいように言い訳ばかりするんだ」

「悪かった。だけど、仕方なかってんがな」

本は返事をしなかった。







一週間程前、朝方に見た夢の話である。

明け方の夢と言うものは鮮明な事が多いのか、おおよその会話も覚えている。

不思議なもので、夢の内容を口に出すと当分の間忘れない。

それを家内に話すと、自分はそんな事はないという。

目が覚めた時は、わりとはっきりとした像を結んでいるが、

時を待たずして霞の向こうに消えていくと。

それは兎も角、確かに鞄の中には遅々として読み進んでいない本が入っている。

そこで僕は考えた。

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成穂堂の開店時間は12時からと小売店らしからぬのんびりさである。

いやいやさぼり癖がある訳ではない。

理由は端折るが仕事の組み立て上、そうせざるを得なかった。

そうせざるを得ないと判断した瞬間に、物事は歩みをとめる。

これまで僕は、仕事の組み立てを真剣に見直そうとしていなかった。

例えば、10時開店にすると、本当に仕事に支障をきたすのか?

再び端折るが、何とかやり繰りできるのではないだろうか。

そうすれば、昼食時間もしっかり取れるし、本を手にする時間も増える。

自ずとお客も増えるはず。

「己の都合で店の営業時間を変えるってどうよ?」

自分でもそう思うが、営業時間を長くして不便になる人はいない。

お客も喜ぶ、僕も喜ぶ。八方丸く収まる。

多分、一石二鳥以上になるはずだ。



という事で、成穂堂は先週から10時に店を開けている。

お客への効果はてき面である。これには驚いた。

しかし、大いなる計画に反して、昼食後は見事に寝落ちてしまう。

これでは、最初の目論見と違うではないか。

ん~、では夕方にも少し休憩をとるか。

などなど、つまらない事に試行錯誤する僕であった。



「お~い、なるほど~!仕事の事で試行錯誤しろよな~!!」

鞄の中から例の声が聞こえる・・・