レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -260ページ目

春霞たなびく

春霞。

そんな言葉を聞くと、日本語というのは、とても情緒があり美しいと思う。

昔、暇に任せて、日本大歳時記という本のページをめくった事がある。

春を表す季語だけでも、分厚い本一冊分あった。

これだけ細やかな情をもつ人種はそうそういないような気がする。

昨日はそんな靄のかかる和泉山脈に向かい、車を走らせた。

花見のような風情のあるものではなく仕事だ。

日が差す車内は、少し窓を開けるかエアコンを入れないと暑いくらいだったが、

一旦外に出ると身震いするくらい寒い。

平地と違い、どこからか運ばれた冷たい風が、

地面をなめるように吹き抜けるせいなのかも知れない。

こんな花冷えのする日は、学生時代のある春の日を思い出す。



北大阪の丘陵地の一角にコブのように突き出た小山がある。

その急な坂道を上ると、風景が一変する。

夏場は竹林が風にそよぎ清々しい。

その竹林を見下ろすように従弟の下宿はあった。

下宿は叔父が僕も寝泊りできるようにと、少し広めの部屋を選んでくれていた。

そんな部屋に少々の荷物を運び込んだのは、

3月下旬の昨日のような日だった。

遠くから見ると、荷物を乗せた軽トラが

朝霞の中に消えていくように映っていたかも知れない。

下宿の窓を開けると、肌寒い空気が流れ込み、

窓の向こうの竹林の手前に桜がちらほら咲いていた。

遠い昔の事だが、その時感じたピンと張りつめた空気と桜は今でも忘れない。

何もかもが新しく始まり、不安と希望が入り交じる季節。

時は巡り、景色も移り変わるけど、

こうして変わらない心の風景もある。

春なんだなあ。