若者へ
このブログを始めた頃、長男は16歳だった。
それが、いつの間にやら21歳になり、
今日は入社テストを受けに行っている。
繰返し思うが、時の流れとは戸惑うほど速い。
長男の友達の数人はすでに内定を貰っている。
また、他大学に再入学したり、大学を退学して進路を模索中の友達もいるのだとか。
何かにつけてスローペースの長男は、就活というものに随分戸惑いを感じているようだ。
僕は「就職先がなくても悲観する事はない。例え職を得ても、精神が病むほど、就職先にしがみつく事もない」
と、漠然とした精神論しか話していない。
仕事観と人生観は密接に絡み合っていると思う。
何に重きをおくか、何を大切にするかと言うような事がその人間の生き様になる。
物事を必要以上に大層に捉えない事だ。
大層に考えると、悲観的になる。
悲観すると心が病む。心が病むと身も病む。
乱暴な言い方だが、人の命はたかが100年にも満たない。
いずれ、我々は儚くも消えていく。
我が得た地位や富なんて、砂粒ほども残らない。
残るとすれば、その精神性や技術だと思う。
生きる術はいくらでもある、と僕は思っている。
そして、それはたぶん間違っていない。
希望の仕事に就ける人なんてほんの一握りだ、と世間は言う。
もしそうだとしても、その一握りに入れる可能性はある。
例え、希望の仕事に就けなくても、興味を引く仕事に就ける可能性は充分にある。
果たしてその職が天職になる事だってある。
何らかの事情で泣く泣く就きたくもない職に就いている人もいると思う。
だけど、諦める事はない。
きっと道は拓ける。
子供たちには、面白そうだと思う事は何でも試してみればよいと思っている。
僕が子供たちに願うとすれば、「健康でいてください。まっすぐでいてください」という事だ。
星の瞬きにも満たない短い人生だ。
やりたくもない職に就き、日々悶々と暮らすのは余りにも勿体ない。
若者よ、つまらぬ顔をした大人になるな。
Twsitin' The Night Away
それが、いつの間にやら21歳になり、
今日は入社テストを受けに行っている。
繰返し思うが、時の流れとは戸惑うほど速い。
長男の友達の数人はすでに内定を貰っている。
また、他大学に再入学したり、大学を退学して進路を模索中の友達もいるのだとか。
何かにつけてスローペースの長男は、就活というものに随分戸惑いを感じているようだ。
僕は「就職先がなくても悲観する事はない。例え職を得ても、精神が病むほど、就職先にしがみつく事もない」
と、漠然とした精神論しか話していない。
仕事観と人生観は密接に絡み合っていると思う。
何に重きをおくか、何を大切にするかと言うような事がその人間の生き様になる。
物事を必要以上に大層に捉えない事だ。
大層に考えると、悲観的になる。
悲観すると心が病む。心が病むと身も病む。
乱暴な言い方だが、人の命はたかが100年にも満たない。
いずれ、我々は儚くも消えていく。
我が得た地位や富なんて、砂粒ほども残らない。
残るとすれば、その精神性や技術だと思う。
生きる術はいくらでもある、と僕は思っている。
そして、それはたぶん間違っていない。
希望の仕事に就ける人なんてほんの一握りだ、と世間は言う。
もしそうだとしても、その一握りに入れる可能性はある。
例え、希望の仕事に就けなくても、興味を引く仕事に就ける可能性は充分にある。
果たしてその職が天職になる事だってある。
何らかの事情で泣く泣く就きたくもない職に就いている人もいると思う。
だけど、諦める事はない。
きっと道は拓ける。
子供たちには、面白そうだと思う事は何でも試してみればよいと思っている。
僕が子供たちに願うとすれば、「健康でいてください。まっすぐでいてください」という事だ。
星の瞬きにも満たない短い人生だ。
やりたくもない職に就き、日々悶々と暮らすのは余りにも勿体ない。
若者よ、つまらぬ顔をした大人になるな。
Twsitin' The Night Away