レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -252ページ目

僕の情けない話をしよう

唐突に女性の声がした。

「やるべき事は分かっているのでしょ」

僕はびっくりして目をあけ、まわりを見渡した。

部屋はしんとしていた。

閉店後、事務所のソファに寝転び考え事をしていた。

が、そのままウトウトとしてしまったようだ。

夢にしては余りにも鮮明な声だった。

声は、どこか聞き覚えのあるものだった。

ふと子供の頃を思い出した。

少年kenは時おり不思議な声を聞いた。ごく短い言葉で。

母は、それは空耳というものだと言った。

事務所で聞いた声は、覚醒時の脳のイタズラだ。

人の日常は空耳で満たされているらしい。

それは、世界を認識するための脳の巧みな戦略でもあると、何かの本で読んだ。

人は絶え間なく飛び込んでくる音の塊の中から、

実に巧みに必要な音だけを掬い上げる。

そして、自分に都合のよいように理解する。

あたかも、物事の真実を突き止めたかのように。

時として自分への戒めとして、理解する事もある。






そんなに悠長に構えている時間はない。思うほど人生は長くない。

「また今度な」と言って別れた友が、

二度と戻らない人となったのを幾度か経験している。

そんな年齢でもないのに・・・

兎に角、走りながら考えろ! そんな焦りが、僕の神経を蝕む。


実はずっと以前から気付ていた事がある。

新刊屋から古本屋、そして骨董屋。

いつしか、本に携わる時間は少なくなっているが、変わらず仕事は楽しい。

果たして、僕は本屋の何が好きだったのだろう?

サラリーマンとして書店勤めをしていた時代、

僕は販売員の基本である接客的な仕事にはとんと向かず、

つまらない仕掛けづくりをしたり、仕組みづくりをするのが好きだった。

本部が僕を店舗から引き上げようとしたのも頷ける。

辞令と共に僕は社を去るのだが、恐らくそれは適切な人事だったと思う。

多分、僕は学生時代、本屋でバイトをしていたというだけで、

本屋になりたい、それが僕の天職だと思い込んでいたのだと思う。

長年本を扱っていると、それなりに知識もつくし、好きなカテゴリや作家も出来る。

本の大切さも、町の本屋の必要性も見えてくる。

今でも入手した本を検品と称して読むのは楽しい。

本の匂いも好きだ。本屋にいるのはこの上もなく楽しい。

だけど、それと我が適正とは別物だという事も分かってくる。

ややこしい事は考えず、このまま気づかぬ振りをしている方が楽だ。



とうの昔に家内は僕に言っていた。

「本当にやりたい事をやってる?」


消灯した後の誰もいない店内・・・僕は腕組みをし、しかめっ面で暗闇を凝視している。