大陸への嫉み
リーガファンにとっては少々退屈な8月
・・・と思っていたら、ドイツではリーグ戦が開幕。
準備期間の短い選手達は、さぞ大変な思いをしている
ことでしょう。
スペインに目を向ければ、
王者はセスクの獲得に血眼になっていますが、
依然として「合意」に至ることはなく。
一方、我らがマドリーは小銭稼ぎの世界旅行で
現在は中国に滞在中でございます。
このブログでも何度も呟いてきましたが、
マドリー御一行様が来日したときは楽しかった。
少なからず中国のミーハーなサポーター達は
申し分のない数日間を過ごしているのでしょうね。
空港にも凄まじい数の人。
思えば98年、トヨタカップで来日したマドリーを
成田でお出迎えしたのは、
私を含む日本人サポーター16人と
日本テレビのカメラマンと記者。
日テレの人、誰が誰だかわからず、
一人ひとり俺に聞いてきましたよ。
良いなぁ中国人。
アジアの中心が日本から大陸に移動してしまった
弊害はこんなところにも顕著に現れております。
ただね・・・
あの当時、セサル先生やソラリ君などは
『あらゆる意味で中国には行きたくない』
と滞在中に発生した不手際や居心地の悪さに
大変な愚痴をこぼしていました。
それに比べれば東京の蒸し暑さなど問題ではないと(笑)
果たして、今回大陸に滞在しているご一行が
どのような時間を過ごしているかは推測の域を出ませんが
どうか、覇権を懸けたプレーシーズンにおいて
小銭以上の収穫を得てくれることを祈るばかりです。
Hala Madrid!!!!! a por la decima
早すぎる別れ
元日本代表・松田直樹選手の訃報には
悲しみやら驚きやら、様々な思いが交錯します。
心筋梗塞で倒れて以来、詳細を記事にしていた
スペインMARCA紙も彼の訃報を
かつての代表監督トルシエ氏のコメント共に
大々的にこれを報道。
この種の訃報を耳にすると、思い出されるのは
エスパニョールのハルケや、
セビージャのプエルタらの早過ぎる最期です。
記憶からすれば、彼らは先天性の心臓病が原因で
松田選手とは必ずしも同じ症例とはいえませんが、
強靭な肉体を持つ【アスリート】と【急死】というのは
あまりに似つかわしくない現実です。
今は、かつての日本代表をリードした
彼の冥福を祈るのみですが、
スペインで急逝した前記の両選手の場合、
所属クラブが中心となり、選手会、協会に働きかけ、
定期的に特別試合を組むなど、残された家族に対し、
金銭的な援助を送ることを約束しています。
松田選手の偉大な功績を称え、その死を悼むことも
別れを現実として受け入れるための大切な儀式ですが、
ここは長年彼が所属していたマリノスを中心に
代表の慈善試合を組むであるとか、出来得る限りの支援を
残された家族の皆さんに対して施して頂きたい。
そんな願いでいっぱいです。
思い出されるのは、局面を迎えた際の
ハードアタックとその剣幕・・・
D.E.P NAOKI MATSUDA.
Que seas feliz haya donde estés.
ねぶたの灯り
息子が1週間以上も苦しんでいた厄介な風邪君。
全快したその笑みにホッとしたのもつかの間・・・
まずは、そのマチの悪いウィルスが
見事に奥さんに伝染![]()
その後、数日の間に見事に私も罹患(笑)
さすがはタフな息子の自由を奪っていたウィルス。
発熱と頭痛で、大人の我々でさえも、
動けなくなりました(;´▽`A``ははは
家族内での、ウィルスのたらい回しも
ようやく落ち着いた今日この頃。
暦は8月ですね。
今年は『復興』という大きなテーマを掲げる東北でも
「夏祭り」という威勢の良い声が聞こえてきます。
そんな熱気とは裏腹に関東では大きな花火大会などが
自粛対象となってしまいましたが、こんな東北の様子を
見ていると、それも過剰な反応だったのかなと
思わされたりします。
こちら青森も明日からねぶた祭りが開幕。
今日は前夜祭らしく、賑やかなお囃子に誘われ
その中枢部をお散歩してきました。
今年も力作ぞろい。
明かりなど灯っておらずとも命が込められた山車たち。
すでに多くの観光客を魅了しておりました。
こんな活気が、近県の被災地の復興と
閉塞感漂う本県のカンフル剤となりますように。
「ねぶたが終われば冬支度」
青森の人なら誰でも囁くこの言葉。
日本の夏の風物詩”セミの鳴き声”
も聞かれないここ青森の、
とても短い夏が始まります。
あの若武者がバレンシアに
モウリーニョの新シーズンの構想から外れていた
スペインサッカー期待の星カナレス君。
ビジャレアルなどからラブコールを受けていた彼ですが、
移籍形態などで折り合いが合わず、
結局、バレンシアの2年間のレンタル移籍となりそうです。
状況次第で完全移籍もありえる契約に落ち着きつつ
今回の移籍は、残るは本人の承諾を得るだけとなっているそうですが、
カナレス自身は「スペイン国内なら」という条件をつけていたことから、
その合意は時間の問題です。
思えば昨シーズンは、
レンタルで古巣ラシンでプレーさせることが彼のため
と多くがマドリーでのプレーを咎めたわけですが、
結局、本人の希望もあり、選手層の厚いマドリーにおいて
出場機会のない1年を過ごしたわけで。
その才能は誰もが認めるものであるとはいえ、
まだまだ若い彼だからこそ、雑音に囲まれることなく
落ち着いて経験値を蓄積できるクラブが一番かと。
シルバやマタ、ビジャらが育ったバレンシアで
その潜在能力が開花しますかどうか。
そういえば、カナレスの保有権に関し
ラシンとデポルの金銭問題 は解決したのだろうか。。。
我が家には、彼がコパのムルシア戦で袖を通していた
実着用のユニフォームが。
いつの日か、彼がビッグになってマドリーに戻ってくるまで
このシャツは大切に閉まっておかねば。




















