七月七日。。。牛
七月七日「七夕」。
日本では、どこかもの静かなイメージを彷彿させる
この日でありますが、海の向こうスペイン・パンプローナでは、
毎年恒例の「Sanfermin(牛追い祭り)」が開幕しています。
突進してくる闘牛を闘牛場まで命がけで導く
世界的にも有名なこのお祭りの歴史は、
1951年7月7月まで遡ります。
全国的には9月開催の祭りが多いスペインですが、
9月よりも降水が少ない7月に開催が決まったというこの祭り。
実はあの詩人ヘミングウェイがその魅力を伝えたことで
今では世界中から観光客訪れる盛大な祭りへと生まれ変わりました。
ただし、500キロもある牛に跳ねられるリスクが伴うこの催し。
ここ87年間で15人の死者を出していることも
無視できない事実ではありますね。
早速行われたこと第一回目の牛追いは
闘牛場に追い込むまでに2分37秒だったそうで。
通常白いシャツに赤のスカーフというスタイルがお決まりですが、
マドリーやらレアル・ソシエダのユニフォーム姿で
逃げ惑う猛者の姿も観られます。
暴挙と化したときの闘牛は恐ろしいですが、
牛とは祭りにおける神聖なる存在。
牛に危害を加えると、もちろんお仕置きを受けます(笑)
かつてモンクラ芸人・山崎邦正が電波少年という番組で
この牛を殴り、お叱りを受けたこともありました。
スペイン生活5年の私ですが、この祭りとは縁がなく。
こんな熱い祭り。いつの日か参加してみたいものです![]()
VIVA SANFERMIN![]()
この祭り、14日まで続きます。
あれから10年
10年一昔といいますが、10年前の今日7月5日は、
あのジダン氏が大金を積まれユベントスから
R・マドリーに移籍したその日です。
『これ以上言うことはない』
という見出しはMARCA紙。
彼が移籍当初、実は全くチームの順応できず
機能などしていなかったことで多くの罵声を浴びたことなど
誰もが忘れてしまうような彼の足跡。
個人的なことですが、
2000年初頭、ベルナベウでの主催ゲームでは、
毎試合のように最前列で観戦しながら、
ジダンの動きだけを目で追ったこともありました。
グラスゴーのボレーを含めて、あの頃のジダンを
常に生で見ていられた自分は幸せ者です。
人物としても実に魅力的なジズー。
未だ彼がマドリーとの関わりを維持してくれている
ことに感謝しなければ。
大先生。
「暴言」とも取れる発言で世間を騒がせた
松本龍復興担当相がその職を辞任しました。
これまでもテレビなどで、政治家による失言を
度々耳にしてきましたが、ここまで腹立たしい
思いをさせられた政治家がいたでしょうか。
復興担当相という立場でありながら
被災地の知事を訪れると
あの態度
あの表情
どんな地位にいようとも、あのような横柄な態度では、
人の上に立つ資格などあるはずもなく。
即座にクビにして然るべき男ではなかったかと。
そして、こうした人物に相当の地位を預けた首相の
お眼鏡とはいかなるものか。
選んだ人間も同罪。
今の日本には「先生」と呼ばれる立場の人は
多いけれども、その中に一体どれだけの
『反面教師』がいるのやら。
モウリーニョがイケルから奪うもの
MARCA紙によると、マドリー監督のモウリーニョ氏は、
戦術面でのデメリットがあることを理由に、
『イケル・カシージャスからキャプテンマークを剥奪する』
見込みであることが明らかとなりました。
”キャプテンマークは、フィールドプレーヤーが巻いて然るべき”
というのが唯一の理由である模様。
何かの事態に、公式のコメントを出すべきキャプテンは、
多くのプレーを遠くから傍観する立場であるGKではなく、
フィールド内で多くのプレーに絡む選手である
というのがモウリーニョの主張であるようですが、
GKだから広い視野でゲームや選手の動きを
客観的に見ることができているともいえる気がします。
いずれにせよ、これはマドリーが継承してきた
「歴史」に関わる問題。ここ10年の間だけでも
サンチス→イエロ→ラウル→イケル・カシージャス
とEscudo(チーム旗)に重きを置く
クラブのシンボル的存在である選手達の間で
代々引き継がれてきたこのキャプテンマーク。
僅か2ヶ月前に『カシージャスの激怒』 で触れたようにイケルこそ、
現在のチームにおいて、最も”その誇り”を知る男であることは
言うまでもないでしょう。
セルヒオ・ラモスやシャビ・アロンソが引き継ぐとあっても
クラブ内において、何らかの波紋を呼ぶのは間違いないでしょう。

















