25/10/16 島田裕巳 神道はなぜ教えがないのか | ptureのブログ

この本、おもしろい!そうだよなあ、ああ、わかるわかるってな感じ。日本人ならみんな同じ感想かも。文化っていつのまにやら浸透してる。勉強したわけでもないのに。「神道には開祖も宗祖も教義も救済もない」キリスト教やイスラム教、仏教といったメジャーな世界宗教と反対に位置することの再理解。あらためて救済がない宗教ってすげえな。仏教と神道、両方への信仰心が普通の日本人。唯一無二じゃないからこその自身は無宗教という自覚。こんなだから、ついでにクリスマスもーみたいなのも不思議じゃない。おおらかだし、凝り固まらないし、苦しいときの神頼み的ないい加減さが心地よい。あー、日本人でよかったという本質がここにあるような気がする。 

 

 

以下、興味あった部分 

・八幡神が大仏建立の託宣を下す(八幡様は一番多い神社だし、神道が仏教の像をつくれってさ) 

・民間宗教は普通、世界宗教に駆逐される。 

・祇園祭って神道なのか。京都は寺のイメージがあるけど、いうあ、上賀茂神社、下鴨神社、岩清水八幡宮とか色々あるか。ほんと、寺と神社両方だ。 

・修験道、山伏とかは仏教でも神道でもない? 

・明治以降、種だった神社は国の支援を受ける。その代わり、社家の世襲が禁じられた。 

・出雲大社には社家が2つ。両方とも80代以上。そして、そのトップは生神様。天皇だけじゃないのか。風呂の水を大切に持って変えるとか。 

新興宗教はほぼ生神様だけど。ザビエルが後奈良天皇に会いに行ったら御所の中の掘っ立て小屋に住んでいた。 

・神道は宗教にあらず、と明治政府は決めた。そうしないと、宗教の自由が守られない。天皇は神道を守らねばならない。天皇に宗教の自由はない。