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本満寺の牡丹がきれい

以前しだれ桜で紹介した寺町今出川 本満寺です。

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この桜が今はこうなっています。
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桜の足元では牡丹が満開です。

近づくとかぐわしいにおいがします。
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牡丹って、こんなに香りのする花だったんだ!
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やっぱり牡丹って栽培するのはむずかしいのかな?
育ててみたいな。

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葉桜になっても、形のいい桜はやっぱりイケメンで、
その下に行くと、抱かれているような気持ちになります。

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毛虫がつかないように、祈っています。

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修学院離宮 上離宮

今日は家庭訪問だったため、せっせと掃除をしていました!(´Д`;)
ヤレヤレ

修学院最終回 上離宮です。
今日刈り込みの視界が開けると、こんな眺望が広がっています。
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眼下に広がる浴龍池
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一番てっぺんにあるのが隣雲亭ですが、
どうも景色ばかり見ていたようで、建物の写真がありません。
あるのは、軒下のたたきのみ。
一二三石と言われていますが、
漆喰に小石を一つ、二つ、三つと埋め込んであります。
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あら、この写真には1個が写っていませんね。すみません。

木立の中には雄瀧があります。

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ホントに後水尾天皇は風雅な方だったんですね。
池坊会館でも見ましたが、
毎月家元を御所に招いて、花の会もされていたそうです。
京都のお寺まわりをすると、その親王や内親王の入られたお寺など、
後水尾天皇ゆかりの場所がたくさんあります。

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池の中島にあるのがこの窮邃亭きゅうすいてい
扁額はご宸筆
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360度眺望できるようになっています。
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一段高くなったとこが上皇のお席ですか。

楓橋
左手に船があります。
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お天気がよかったので、水面に移る景色がきれいでした。

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しゃくなげ
色もいいですね~
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1時間半ガイドつき それも無料。
お金とってもいいと思うんですけどね。
ぜひ予約しておでましください。

修学院離宮 上離宮への道

上離宮へはこんなところを通っていきます。
御馬車道
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比叡山が近すぎて、すぐにそれとはわかりません。
(真ん中にちらっと見えているのが比叡山)
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画面 真ん中の生垣が大刈り込みといわれるもので、
上離宮にある池を石垣で留めて、その目隠しのために
たくさんの種類の木で生垣がこしらえてあります。
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生垣が切れると急に視界が開けます。
そのようにわざと作られています。
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新緑がまぶしー
知っていました?
これがもみじの花なんですよ!
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浴龍池
龍が水浴びできるくらい大きいです。
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手前の生垣 いろんな木が植わっているのがわかるでしょ?

上離宮編つづく。

幸い

新緑もまぶしい相国寺 承天閣美術館です。
携帯画像のためボケてます。
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観阿弥680年世阿弥650年生誕記念
観世宗家展
が行われています。
私も招待券をいただていましたが、
隣人も持っているということで、連れ立っていきました。
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かばんに入れてきたので、チラシまがってます。

将軍義満17歳 世阿弥12歳のとき
新熊野神社の猿楽で出会ったそうです。
そして義満は庇護者となりました。
徳川家も召抱え
徳川家康や秀忠から賜った衣装も展示されていました。
唐織の衣装がすごいのですが、
絵画とは違って、織手の名などがないのですね。

一緒に行った隣人の子供さんも「しんどい」お子さんで、
お互い大変だなあ、と言いながら帰りましたが、
ふと私はこんなことを言いました。
「うちの子は幸せ者です。
卒業した小学校の先生も、近くに来たからって、
寄ってくださる。
新学期写真を撮る時も、クラスメイトに
『真ん中おいで』って、声をかけてもらえる。
部活に入っても同級生が丁寧に指導してくれる。
道でバッタリ出会った、くもん先生も(牧師さんの奥様)は
『かしこい子だから、
きっと神様がみちびいてくださるわよ』
と、気にかけてもらっている。」
そう自分で言いながら、改めて
うちの子供のまわりには
いっぱい支えてくれようとする人がいるんだなあ
と、思いました。
本人は気付いていないのかもしれませんけれど、
幸せ者だと思います。



修学院離宮 中離宮

 中離宮は創建当時にありませんでしたが、
後水尾上皇第八皇女 光子内親王(朱宮)のために朱宮御所が建てられ、
さらに中宮 東福門院がお亡くなりのあと
女院御所が移築されました。
東福門院は徳川秀忠とお江の方の娘 和子まさこです。
和子の入内の際、徳川家が御所をかなり造営したんですよね。

女院御所だったという客殿
修学院離宮で、ここが一番華やかだったかもしれません。
天下の三棚のひとつ
霞棚
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地袋には宮崎友禅斎の友禅染めが使われているそうです。

杉戸に描かれた鯉
鯉を描いた人は不明で、網を描いたのが円山応挙(伝)だとか。
なんでも逃げ出すので、網をかけられたんだそうです。
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祇園祭を描いた杉戸
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楽只軒
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らくしけんといいます。
京都には楽只小学校というのがあるので、読めましたが、
意味を知らないので、ぐぐってみました。
「楽只」とは,詩経の「楽只君子,萬寿無期」より採られたもので,
楽しむことを意味しています。

ここは吉野の桜が描かれているので、吉野の間というそうですが、
お天気がよすぎて、部屋の中は真っ暗にしか見えませんでした。
でも、カメラのほうがかしこいので、シャッターを押すとちゃんと写っています。
狩野探幽の子、探信の画
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スゴイ樹齢の椿だなあと思って撮りましたが、
その前の燈篭はキリシタン灯篭のようです。
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雅だけど、派手ではない。
それが御所風というものなのかなあ、と思った中離宮でした。